胸を張って
「はい、ここ乗って」
示されたのは馬の背中。
手綱を握れない私としては馬車に乗りたい所なんですが。
馬車を見る私に気付いたのだろうミラ少尉に笑顔で言われた。
「馬車の方は荷物で一杯ですから」
暗に我慢してくれと言っているのは分かる。
何しろほとんどが私の荷物だったりするのだ。
准将を荷物持ちに古本屋に繰り出した私は買い過ぎたのだ。
自分の乗るはずの空間を食いつぶすほどに。
「本捨てるのと馬に乗るのとどっちがいい?」
そんなにイイ笑顔で微笑まれたら選ぶ道は一つしか無いじゃないですか。
「馬に乗ります。ごめんなさい」
隊員の皆がそのやり取りを見て声を上げて笑う。
そこにはもう悲しみなんて一欠片もない。
これが日常。
死すらも日常なのだ。
いつまでも引きずるような軍人は私だけだろう。
いつかは慣れると皆が言うけれど、人の死に慣れるようになるまでに私は何人の死を目の当たりにしなければならないのだろうか。
「ハイハイ、早く出立しないと夜が来るわよ」
ミラ少尉がパンパンと手を叩きつつ急かすと隊員たちは自分の馬に乗る。
少尉の助けを借りながら何とか馬に這い上がる。
「はい、出発ー」
彼女の号令に従って部隊の皆が馬を進める。
そこには黒騎士の姿はない。
しかも私は手綱が握れない。
こうなるのは必然だったのだろう。
慌てる私の後ろに誰かが乗ってきた。
「はい、出発出発(性的な意味で)」
その人物は私の耳元でいやらしく囁いた。
「じゅ、准将ー?!」
「はい、准将ですよ(性的な意味で)」
私を後ろから抱きすくめるようにして伸びてくる黒い装甲に包まれた腕。
手綱を握ると少し早足で部隊の後ろに付ける。
私達が追い付いてきたのに気付くと皆が手を振ってくれる。
「暖かいでしょ?(性的な意味で)」
「そうですね」
暖かくなった心を抱えて、周りを見渡した。
仕事をしていた住人たちも手を止めて見送ってくれる。
その中には服屋の店員さんや杖をつく父親に手を貸しながらこちらに手を振る女の子の姿もある。
母親に連れられた男の子もこちらに手を振ってくれる。
「君が、僕らが守った人達だよ。さあ胸を張って(性的な意味で)」
「はい!」
准将に答えながら、彼らに応えるために手を振る。
今私がこらえている涙は悲しみではない。
感謝の気持を込めて、自由に動く右腕を振り続けた。
「うぇー……」
砦に戻った私達を出迎えたのはしかめっ面の先任だった。
思わずうめき声が漏れたのは仕方のないことだろう。
「何だその顔は? バカがバカをやったからと駆け付けてやったのにこの上バカ面を晒す気か?」
先任の言葉が心に痛い。
そんな私達の間にミラ少尉が割り込んでくる。
「ビュート、そんな言い方は無いでしょ。アイナちゃんだって頑張ったのよ」
私だって、とはどういう意味だろうか?
そっちの方が力が足らないと突き付けられているようで心が痛むんだが。
ところで、ミラ少尉と先任はえらく仲が良いように見えるんだがどういう関係なんだろう?
恋人同士、とかだろうか?
「シャリム少尉、自分は中尉であります。今はまだ任務中であることを忘れないで頂きたい」
「むぅ……いつの間にか私よりも上になってるし。はいはい、了解しました」
ミラ少尉は姿勢を正して敬礼すると、任務終了を告げる。
「ミレーニア=シャリム、ただいま遠征任務より帰還しました。これより待機に入ります」
「ご苦労。一日の待機の後、特別休暇が与えられる。存分に羽を伸ばせ」
形式的に言葉を交わすと、ミラ少尉は先任に抱き着く。
先任は機嫌悪そうだが振り払う気は無いらしい。
「あの、おふたりはどんな関係なんでしょうか?」
「姉弟だ」
短く答えられた返事に思考が止まる。
いや、確かに弟と二人暮しだとは聞いた。
もっと小さい子かと思ってたけど、そういえば年齢を聞いた覚えはない。
あれ? でも……?
「姓が違いますが?」
「姉さんは結婚してるからな」
本日三度目の衝撃。
ちなみに一度目は前触れ無く後ろに乗ってきた准将である。
「結婚してたんですか?!」
「うん。夫は軍務局で働いてるから見たことあるかも」
シャリムって姓の軍人さんなんていたかな、と思い出そうとして止めた。
我が事ながら、私が名前を覚えていられるとは思えない。
そうか、結婚してたのかー。
ホッと胸を撫で下ろす。
って何故?! ホッとする理由なんてないじゃない?!
「お前はこっちに来い。まだ話がある」
混乱する私の襟元を先任が掴む。
手を振るミラ少尉に見送られて砦の奥へと引き摺られた。
「魔王と出会ったというのは本当か?」
「あっはい! これを……」
胸元のペンダントを示そうとする。
だいぶ治ったとはいえ細かい動きは出来ずに四苦八苦していると突然立ち止まった。
「うぷ……」
「話はまとめて聞く。サイオン参りました。シューストーも連れております」
背中にぶつかった私を気にすることなく、先任は扉を開く。
そこには砦の入り口で別れた准将と、何故かルクセン中将の姿があった。




