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黒騎士と私  作者: みあ
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悲しみと痛み

 黒騎士の剣が振り下ろされる。 

 

「散開っ!」 

 

 その言葉を合図に武装した男達が散り散りになって逃げていく。 

 剣の先から目に見えない何かが出ているかのように、地面に亀裂が入る。 

 やがてその亀裂は真っ直ぐ直線状にある建物まで到達し、縦に真っ二つに切り裂いた。 

 

「すごい威力ですね」 

「ええ、そうね……」 

 

 隊員達が囮になってくれてる間に少し遠くまで避難している私とミラ少尉。 

 准将の動きを観察している私とは違って彼女は心ここにあらずといった雰囲気だった。 

 英雄黒騎士と相対することへの不安、というわけではない。 

 

「ねえ、アイナちゃん。私の愛剣、こんなんなっちゃった……」 

「ミラ少尉、素に戻ってます。素に」 

 

 軍から離れるときっとこういう人なんだろう。 

 半ばから真っ二つに斬り落とされた大剣を抱えてオロオロしている様はちょっと可愛い。 

 

「准将におねだりするといいですよ。きっとミラ少尉相手なら断れません」 

「そう? そうかなー?」 

 

 そうですよ、間違いなく。 

 今のミラ少尉以上にオロオロする姿が目に浮かぶ。 

 でも、まずは准将を元に戻さなくっちゃ。 

 

「ビュートがいれば、後ろからの飛び蹴りで一発なんだけどなー」 

「ビュート? ああ、先任のことですか」 

 

 そういえば、准将と殴り合いしたんだっけ。 

 と思って聞いてみたのだが、この狂戦士状態は初めてのことではないらしい。 

 ……魔王、あんまり関係ないじゃないですか。 

 元々あった素養を魔王が無理やり促進して今の状態になっているだろうことは容易に推測できるが、そうならないように事前に対処して欲しかったところである。 

 でも、衝撃を与えれば元に戻るという情報は嬉しい。 

 問題は衝撃を与える方法である。 

 

「とりあえず、ミラ少尉は私の剣を使ってください」 

「……アイナ少尉はどうするの?」 

 

 私の剣を握らせると少し軍人らしさが戻った。 

 これはこれで面白い。 

 

「私にはこれがあります」 

 

 メモ帳を取り出す私に向かってきたミラ少尉の目は生暖かかった。 

 何故涙ぐんで頭を撫でるのか。 

 だから何故「もう大丈夫だから」などと言い聞かせようとするのか。 

  

「作戦を説明します。私が准将に近づいて衝撃を与えます。援護してください。以上」 

 

 目当てのページを千切って丸めて剣を持ってない右手に握る。 

 返事を待たずに走り出すとミラ少尉も仕方なくついてくる。 

 ずっと見ていたが准将の動きは遅い。 

 狂気に支配されているせいなのか、それとも准将の良心が抗っているおかげなのか。 

 どちらでも構わない。今、この時に賭けるだけ。 

 あの剣撃には少し溜めが必要なようだ。 

 だから一度振り下ろした後、次の攻撃まで若干の遅れがある。 

 もちろん、常にあの衝撃波付きの斬撃とは限らない。 

 しかし、それならばおそらく私の盾でも対処が可能だろう。 

 

「ミラ少尉、お願いします!」 

「分かった。でも無理はしないでね」 

 

 そう念を押しながら前に出るミラ少尉。 

 残念ながらその約束は出来ない。 

 ここで無理をしなくては准将を元に戻すなんてことは出来ないだろう。 

 ましてや魔王を倒すことを考えれば、こんなところで立ち止まるわけにもいかない。 

 

「行きます!」 

 

 振り下ろした瞬間に飛び出す、私とミラ少尉。 

 彼女が振り下ろす剣を力を込めていない剣で振り払う一瞬。 

 がら空きになった胴体に飛び込む。 

 もう少し手を伸ばせば届くだろう距離で私に気付いた准将の剣が振り下ろされる。 

 咄嗟に小さく縮めていた私の左腕の盾で受け止めた。 

 みしりと嫌な音と共に激痛を発する左腕。 

 あと一歩! 

 そのままの勢いで右足を踏み出し、同時に黒騎士の兜に右の手のひらを押し当て術力を込める。 

 パンッという軽い破裂音と同時に黒騎士の兜が外れてフードに包まれた頭を露出させる。 

 これでもまだ足りないか! 

 左足をもう一歩踏み込む。 

 そして激痛に苛まれる右手をギュッと握り締めて、拳を後ろに引く。 

 

「アイナ……? 僕はいったい……?(性的な意味で)」 

 

 准将が正気に戻ったのか、私の名を呟く。 

 だが、拳は急に止まれない。 

 呆けた様な無防備な女顔に私の拳を叩き付けて、戦闘は終了したのだった。 

 

 

「無理はしないでって言ったでしょ!」 

 

 両手を包帯でグルグル巻きにされた状態で寝台に横たわる私にミラ少尉の説教は続く。 

 准将の一撃を受けた左腕は盾では衝撃自体を受け止めることは叶わず、見事に折れたらしい。 

 医者の見立てでは綺麗に折れてるから後遺症も残らずに繋がるだろうということ。 

 厳重に添え木を当てられ、三角巾で首から吊っている。 

 右手は『破裂』の術式を手のひらの下で発動したのだ。 

 破裂の衝撃がほとんど手のひらの側に抜けていたらしく、かなり酷い裂傷だったらしい。 

 しかもその手で殴りつけたものだから色々ととんでもないことに。 

 幸い『治癒』の術式が私にはある。 

 例のメモ帳は准将に取り上げられてしまったのだが、包帯を替えるたびに少しずつ治してくれるそうだ。 

 私なら加減を気にせずに倒れるまでしそうだからとは部隊全員から言われた。 

 准将を相手取った時ならまだしも、そんなに無理をしているような覚えは無いのに。 

 

「ねえアイナちゃん、聞いてる?」 

「聞いてまーす」 

 

 空返事を返しながら、私の目は寝台脇の床に釘付けである。 

 誰が入ってきても、皆がそれを見て驚くものがそこには鎮座していた。 

 

「准将もいいかげんにしてください!」 

 

 ミラ少尉の怒声を浴びて、土下座していた真っ黒鎧がビクッと身体を震わせる。 

 身体の下で忙しなく手を動かすと、そーっと黒板を掲げる。 

 

『でも、僕のせいで怪我したわけだし』 

 

 顔を伏せたままで黒板だけが小刻みに揺れている。 

 これが英雄の姿だとは誰も思わないだろう。 

 

「准将」 

 

 声を掛けるとビクビクと震える。 

 いくら何でもこの反応は酷いだろう。 

 

「許して欲しかったら、ミラ少尉の剣を直して上げてください」 

「アイナちゃん?」 

 

 今回の准将による被害は私の怪我と彼女の愛剣のみ。 

 他は全て魔物のせいである。 

 

「紋章術式いっぱい組み込んで、もう二度と折れないくらいのをお願いします」 

 

 准将はそれを聞くと弾かれたように立ち上がり、ミラ少尉の手を引っ張って病室を出て行った。 

 普段なら女性の手を握るのも嫌だとか言いそうな准将ではあるが、狂気が去った今は罪悪感に支配されているらしい。 

 

「アイナちゃん、絶対病室から出ちゃダメだから! ……ちょっと准将、引っ張らないでください」 

 

 私はどこまで心配されているのか。 

 彼女の言葉に苦笑が漏れる。 

 静寂を取り戻した病室で私はふと胸元を見下ろした。 

 そこに輝くのは紫色の小さな石が嵌めこまれたペンダント。 

 魔王いわく、報酬なのだそうだ。 

 外すことは出来るが、私以外の人間だとすり抜けてしまって持つことも触れることも出来ない謎のペンダント。 

 術力を込めると大まかなこの世界の地図が現れる。 

 白く光る光点は私がいる位置、赤く光る光点が魔王の居城らしい。 

 魔王はワールドマップと呼んでいた。 

 准将を殴り倒した私の首にこれが現われ、そして耳元で囁かれた魔王の言葉。 

 

「君たちが来るのを待ってるよ」 

 

 嫌味な口調ではあったが、そこに込められていた感情はなんだったのだろうか? 

 窓の外、取り戻された街の喧騒を眺めながら思う。 

 あれは悲しみと痛みでは無かったかと。

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