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黒騎士と私  作者: みあ
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はじめての

「誘ったのは私ですから、私が払います」 

「こういう時は男が払うものだよ(性的な意味で)」 

 

 准将と私の伝票の奪い合いは向こうの勝利。 

 まだ給料もらってないでしょ、の一言に沈黙せざるを得なかった。 

 確かに給料日まではまだ二週間はある。 

 士官学校時代は小遣い程度なら毎月支給されていたのでお金がないわけではない。 

 ただ、本に消えて行くだけなのだ。 

 王立図書館の蔵書数は多いが、新書に限ってはあまり入って来ない。 

 無料なのであまり大きくは言えないが。 

 そこで、行商人や貸し本屋に頼んで新しく出版された本を見せてもらっている。 

 もちろん、そちらは無料ではない。 

 しかし新しい知識を常に仕入れ続けるのは軍のためになるはず。 

 今度、経理に掛けあってみよう。 

 

「私、ここの駐屯地に配属希望していいですか?」 

 

 商店街、と言っても元々商人の街だからどこに行っても商店街なわけだが。 

 その一角に古本屋を発見、即時突入。 

 見たことのない本がいっぱい。 

 ボロボロになって擦り切れてる本もあるが、そういう本こそ読んで記憶に留める必要がある。 

 だが、本は重い。物理的に重い。寮にも置いていたがあまりに圧迫するので王立図書館に無料寄付したほど。 

 無料だからいつでも読める、と強がっていたが寝台の上にまで広げていたそれらを手放すのはまさに断腸の思いだった。 

 

「ダメだよ、アイナは僕の副官なんだから。そ、その、ずっとそばにいてくれないと(性的な意味で)」 

 

 囁いてくる准将は放っといて目に付いた本を抜き取る。 

 紋章術式と同じ文字を使った絵本。 

 大きな動物と戦っていたら偉い人に見初められて部下になるというお話だった。 

 この謎の国でもこういう立身出世があるらしいことに親近感がわく。  

 

「そういえば、さっき何か言いました?」 

「……なんでもない(性的な意味で)」 

 

 何故か気落ちする准将の姿に首を傾げながら、店主のもとに向かう。 

 座ったまま本を読み続ける小さなお爺ちゃん。 

 私も将来はこうやって本に囲まれて過ごしたいものだ。 

 

「この絵本、ください」 

「お嬢ちゃん、読めるのかね?」 

 

 浮かれている私の姿を見て察したのか、それ以上何も言わずに会計してくれる。 

 意外と安かった。この街に永住したい。 

 

「また来てもいいですか?」 

「うむ、待っとるよ」 

 

 やはり同好の士は良い。この距離感が大切なのだ。 

 いつか大切な人が出来たら、同じ部屋で本を読んで互いに批評し合いたい。 

 しかし、私の想像の中の大切な人の場所に何故か真っ黒鎧が出て来て頭を振り払う。 

 ない! それはない! 確かに准将も本は好きみたいだけど。 

 当の本人はというとフードを深く被ったまま、何やら読み耽っている。 

 これが怪しい本だったりすると完全におとぎ話に出てくる悪の魔法使いだ。 

 残念ながら手元にあるのは「はじめての恋愛講座」。怪しいことは怪しいが方向性が違う。 

 

「ほら、行きますよ」 

「ちょっと待って! 今いい所、今いい所!(性的な意味で)」 

 

 上着を引っ張ると、フードが外れるのが嫌だったのか大人しく付いてくる。 

 私が准将を恋の相手に選ぶなんて絶対にありえない。 

 

「あ、あれなんか面白そう(性的な意味で)」 

「うわ、こんなのまで売ってるんだ(性的な意味で)」 

「ねえねえ、これ美味しいよ(性的な意味で)」 

 

 つ、疲れる……あっちにフラフラこっちにフラフラ。 

 その度に怪しい風体の准将と店主の間で危険な空気を感じては仲裁。 

 

「もう勝手に離れられないようにこうします」

  

 手をつないでいるだけだとどこに行くか分かったものじゃないので腕を組む。 

 その途端に大人しくなる准将。 

 気分は犯罪者を連行する治安部隊員だ。 

 おそらくは向こうも自分が犯罪者になったような気分を味わっているだろうことは想像に難くない。 

 

「アイナ、これって周りからどう思われてるのかな?(性的な意味で)」 

 

 犯罪者気分を味わうのが苦痛になったのか、准将が私に問いかけてくる。 

 

「決まってるじゃないですか、そんなの。こ……」 

 

 この街の治安部隊員と連行される犯罪者ですよと続けようとした途端、誰かが叫んだ。 

 

「魔物だーー! 魔物の襲撃だーー!」 

 

 街の外に目を向けると、荒野の向こうに大きな砂煙が立っているのが見えた。 

 つい先日に見た群れよりもずっと大きいのがわかる。 

 逃げる人々の流れに逆らって、北の入り口まで走った。 

 

「アイナ、君は鎧を着てない。ここは僕に任せて(性的な意味で)」 

「准将だって……」 

 

 反論の声を上げる私を制して静かに呟く。 

 

「『展開』(性的な意味で)」 

 

 胸の辺りに手のひらを当てると、黒い何かが身体を覆い始める。 

 数瞬後にはいつもの漆黒の鎧に身を包んだ黒騎士の姿があった。

 

「……そういう方法があったか」 

「戦いは僕の役目だから。アイナは皆を呼んできて欲しい。絶対に無理はしないでね(性的な意味で)」 

  

 凛とした声でそう言うと凄まじい速度で走り去る。 

 みるみるうちに遠ざかっていく黒い影。  

 接敵したのか進軍が止まったのを確認すると、私は駐屯軍の宿舎まで急いだ。

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