変態さん?
なぜ私はあんなことを言ってしまったのだろう。
着替えている時はまだ良かった。
興奮で頭が回らなかったのだと思う。
ただ、こうして落ち着いて考えてみるとよりにもよってデートだなんて。
恥ずかしい思いをさせてやろうって、私の方が恥ずかしいじゃないですか。
「何やってんだろ、私」
初めて来た王都以外の街。
砦の外だというのに活気に溢れ、老若男女様々な人が行き交っている。
商人街はその名の通り、商人たちが造った街。
この国と隣国との貿易の拠点となっている。
もちろん、この街の歴史は浅い。
黒騎士が現れ、戦線を北へ押し戻してようやく確保した通商路。
しかしながら隣国への道は険しく遠い。
さらには昨日のように散発的な襲撃もあり、そこに商人たちは新たな拠点を必要とした。
これが誕生の経緯である。
「お姉さんっ」
ぼーっと街を眺めていると突然抱き付かれた。
腰の辺りには女の子。
はて? この街に知り合いがいた記憶はないのだが。
「お父さんを助けてくれてありがとう」
その言葉で合点がいった。
先日助けた父娘の娘の方だ。
「どういたしまして。お父さんの具合は大丈夫?」
頭を撫でるとくすぐったそうに笑う。
「うん! 今日もご飯いっぱい食べてた!」
内臓にもダメージは行っていないようだ。
大丈夫だとは言われていたが気になっていたから安心した。
実はあんな大怪我を治したのは初めてだと言ったらどう思うだろうか?
「そう、良かったね」
「お父さんも動けるようになったら、お礼がしたいって」
あの時、この力があったなら私もこんな風に笑っていられたのだろうか。
暗い想いが胸の中に溢れてくる。
何故この子の父親は助かって、私の父親は助からなかったのか。
きょとんとこちらを見つめる少女は不思議そうに首を傾げている。
「背後ががら空きだよ。軍人たるもの常に気配に注意してね(性的な意味で)」
耳元で囁かれた声に飛び上がりこそはしなかったが心底驚いて振り向く。
「何してたんですか? 遅いですよ……准、将……?」
振り向いた私の前にいたのは見慣れた真っ黒鎧ではない。
ありふれたデザインでありながらも仕立ての良い平服に身を包んだ中肉中背の男。
半袖シャツから伸びた剥き出しの腕には程よく筋肉がつき、それでいて細い。
スラっとしたスタイルは筋肉質な印象はなく、しかし格好は良い。
「ごめん、待たせたね(性的な意味で)」
もっと筋肉質でムキムキした大男という私の想像を超えた姿で現れた准将は澄んだ声で謝罪する。
しかし、問題はそんなところではない。
私が絶句したのにはもっと確固とした理由がある。
「変態さん?」
少女が呟く。
私もその言葉に同意したいところだが、これでも我が上司である。
さらにはこの街の人々が敬愛する黒騎士様でもある。
何故か首から上は黒い覆面に覆われてはいるが。
「変態はひどいな。これでもバッチリキメてきたつもりなんだけど(性的な意味で)」
確かに私は鎧は脱いでこいと言った。
だが、覆面をしてこいとは一言も言わなかったはずだ。
おそらくは爽やかに笑っているだろう覆面を見て、私は呟いた。
「治安部隊の詰所ってどこにありましたっけ?」
「こっちだよ、お姉さん」
街というからには犯罪も起こる。
当然のことながら街の治安を任された軍の部隊がここにも存在している。
私達がお世話になっているのは駐留軍の宿舎。治安部隊の詰所は各所に点在しているのだ。
「ちょっと待って!(性的な意味で)」
「待ちません。人通りが多くても変態さんはどこにでも現れるから気を付けなきゃダメだよ」
「はーい」
女性を狙う覆面男が出没するという噂になって治安が強化されたのは後々の話である。




