治療
事件が起こったのは四の鐘が鳴る頃だっただろうか。
前方に微かに砂煙が上がったのが見えた。
斥候として三騎向かわせるというミラ少尉を止めて、術式を探す。
『遠見』と書かれた紋章に術力を通わせ、筒状に丸めて目に当てる。
「君の紋章術、もう何でもありだね(性的な意味で)」
呆れたような准将の囁きを聞きながら目を凝らす。
砂煙の中には争う姿。
ずっと昔に見た魔物達と戦う人間の姿がそこにあった。
「魔物の襲撃のようです!」
聞くか聞かずか飛び出していく准将。
ミラ少尉が声を張り上げる。
「抜刀! 突撃!」
一歩遅れて最後尾を追いかけることとなったが、おかげで戦い振りが見て取れた。
馬の背を蹴り、地面と並行に飛ぶように駆ける准将。
その先には魔物の群れ。
ミラ少尉の馬よりも早くその中に飛び込んでいくと、砂煙の中に血煙が混ざっていく。
遊撃隊員は襲われていた人々の保護に回り、それを指揮する少尉は背中から大剣を抜くとすれ違いざまに巨人のような魔物を斬り倒す。
目の前で行われる殺戮劇に身がすくむ。
想像と違うのはやはり音が聞こえることだろう。
出来る事なら近づきたくない私とは裏腹に馬は事前の命令通りに近づいていく。
襲われていたのはどうやら商人の荷馬車だったらしい。
皆が皆、緊張の面持ちで安堵と驚愕の表情を張り付けていた。
「怪我人はいませんか?」
軍人だと証すと壊れた馬車の方に案内された。
即席の診療所のように何人かが木の板に寝かされている。
中には既に事切れている人間もいれば、年端もいかない子供もいた。
血まみれで倒れる父親らしき男性に少女が縋っている。
「お父さん、お父さん! 目を覚まして!」
まだ息はあるが瀕死の重傷。
胸に受けた傷からは血が流れ続けている。
容態を見た隊員たちも他のより軽い怪我人の方へ散っている。
死んでいくだろう怪我人よりもまだ助かる可能性の高い者を助ける。
士官学校でもそう教わった。
でも……それでも、可能性があるなら、それに賭けたい。
「どいて!」
少女を押しのけ、患部に手を当てる。
やはり、傷は深い。
間に合うかは分からないが、私にはまだ手段が残っている。
血にまみれた指で術式を探す。
『止血』と『治癒』、字を間違えてないことを祈る!
それを破り、傷に押し当てて両手のひらを重ねて術力を流し込む。
「つうっ……やっぱりキツい」
身体の熱を手のひらに集めるように注ぎ続ける。
小さな傷を治す時でさえかなりの術力を消耗した。
これだけの怪我を治すとなればきっと昏倒してしまうだろうことは想像に難くない。
それでも……それでも!
心配そうに見つめる少女に声を掛ける。
「大丈夫、絶対に助けてあげるから……」
全身の感覚が鈍くなってきている。
つま先の方はもうほとんど感覚すら無い。
ただ手のひらだけが熱く、やがて全身が冷たくなってきたのを感じた。
「何をしているの!?」
この声はミラ少尉か。
私だけでは力が足りない。
私の命ではこの人のこぼれ落ちそうな命には足りない。
「手伝って……ください。私だけじゃ……。手のひらを」
私に差し伸べられようとしている手を取り、挟むようにして彼女の手を重ねる。
「熱っ?! ……術力? 注ぎ込めばいいのね?」
果たして私はその問いに応えられただろうか?
彼女の術力が流れ込むのを感じながら、私はそのまま眠るように意識を失った。




