出立
「准将、朝ですよー」
朝の一番の鐘は日の出と同時になる。
士官学校に入学するとこの時間に起きることを余儀なくされる。
二番の鐘と同時に授業が始まるために準備を考えるとこれくらいが妥当なのだ。
「朝ですってば! 早く起きないと置いていきますよ!」
砦からの出立は二番の鐘。
准将は鎧を着たり、色々準備も多そうだというのに未だに起きてこない。
鍵が向こう側からしか開けられないのが恨めしい。
ドアを何度も叩きながら叫んでいるにもかかわらず、部屋の中の気配は動く様子がない。
執務室でもそうだったが眠りが深い方のようだ。
「もう分かりました。最終手段行きますからね。他から文句が出ても准将の責任ですから」
紋章術式を書き込んだメモ帳の中から『大声』と『無音』を探す。
『無音』を丸めて耳に詰め、取り出した『大声』に術力を込めると、左手で軽く口に当てる。
空いた右手の指を反対側の耳に詰めると息を吸い込んで思い切り声を張り上げた。
「朝のアレ、凄かったよな」
「あの副官の仕業らしいぜ? おっと……」
兵士達が口々に話している横を通りかかると皆が一斉に口をつぐむ。
そんな中をフラフラと歩く黒騎士の手を引っ張りながら砦の北門を目指す。
「准将のせいですからね!」
腹立ち紛れに言うと、フラフラしていた准将が恨めしそうな声を上げる。
「いや、そんなことはないとおも……ごめんなさい(性的な意味で)」
やがて暗かった通路に朝の光が差し込んできた。
北門にたどり着くと、ミラ少尉を始めとして遊撃部隊が出立準備をしていた。
これが今回の遠征に同行する部隊。事前の打ち合わせでは二十人と聞いている。
少ないと思われるかもしれないが、黒騎士に随行するには機動力が必要なのだそうだ。
あまり人数が多くても邪魔になるということらしく、本来は五十人単位で一部隊なのだが選抜されてここにいる。
「おはようございます! ……准将は、その、大丈夫でしょうか?」
ミラ少尉がこちらに気付いて挨拶をしてくれた。
准将に対して気遣わしげなのは仕方がない。
「大丈夫です! しっかり目覚めておいでですから!」
それはそうだろう、と呟く声が周りから聞こえる。
至近距離からアレ食らったんだろうな、などという声も聞こえてくるが無視する。
死人だって目覚めるぜアレ、という声も聞こえてきたが関係ない。
「いえ、そういう意味ではなく……」
戸惑う彼女を安心させるように准将の言葉を伝えようと思う。
ふらつく准将の口元に耳を当てて言葉を聞く……振りをする。
「少し休憩させて……(性的な意味で)」
「准将はすぐに出立せよ、と申しております。予定通り、二の鐘と同時に出発するのが軍人の責務であると。まさに軍人の鑑、尊敬すべき上官であります!」
背筋を伸ばし、敬礼をしながら告げる。
さすがに英雄の言葉となれば重みが違うのか、部隊員の動きも二の鐘に間に合わせようと早くなった。 ミラ少尉もその言葉に敬礼を返す。
「申し訳ありません、准将。直ちに出立の準備を完了させます」
隊員たちに指示を出す彼女を見ながら耳元で准将が囁く。
「君ね……(性的な意味で)」
咎めるようないやらしい声色が聞こえてきたが、これだけは言っておきたい。
「准将がねぼすけなのが悪いんですよ」
せめて鍵を開けておいてくれたら直接起こしに行ったものを。
何が恥ずかしいのかは分からないが素顔を見られることを非常に嫌うのだ。
夜中にこっそり入って来られたら嫌だからという理由で鍵を掛けられた昨晩のことを思い出すと、これくらいは仕方ないんじゃないかと思うんだが。
「目の前に雷でも落ちたのかと思ったよ(性的な意味で)」
私もまさかドアが歪むとは思わなかった。
何度叩いてもビクともしなかった扉が歪んで開かなくなったのだ。
准将が蹴り開けることでその困難は乗り越えたわけだが。
被害はそれ以外にもあったらしいが割愛しておこう。
「これからも起きなかったら、アレ使いますからね」
「これからはちゃんと起きるようにします(性的な意味で)」
子犬のように身体を震わせる准将をどこか母親になったような心持ちで見詰めていると、視線を感じた。
振り向いた先にはミラ少尉。
温かい眼差しで微笑んでいる。
「おふたりは兄妹みたいですね。お声は聞こえませんが、そのような雰囲気がとても心地いいです」
弟と二人暮らしだという彼女にとっては懐かしい光景なのか。
喋らなくても英雄の威厳が薄れているのは私のせいではないと思いたい。
「目的地は商人街。六の鐘が鳴る頃に到着する予定です」
六の鐘はちょうど昼と夜の中間くらい。
一般的にはお菓子を食べる時間とされている。
「では、行きましょう!」
私の一声で部隊が動く。
もちろん隊長はミラ少尉だが、指揮権は当然のことながらエンテッザ准将。
喋らない准将に代わって、必然的に私が命令を下すこととなる。
ミラ少尉に頼んだのだが、これも勉強と取り合ってもらえなかった。
休憩とかは彼女が指示を出すと言ってくれたので勉強と思ってやってみよう。
隣で馬を歩かせる准将が囁く。
「何も起こらなければいいね(性的な意味で)」
英雄の言葉が引き寄せたのかどうかは定かではない。
目的地に着くまでにとんでもない事態に巻き込まれるわけだがこの時の私はまだ何も知らなかった。




