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黒騎士と私  作者: みあ
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砦の夜

「すみません、どうして続き部屋なんでしょう?」 

「どうしてって、副官が取り次ぎするんだから当然でしょう?」 

 

 とりあえずの居室に案内してくれた女性に尋ねるとそんな答えが返ってくる。 

 当然といえば当然。非常に理にかなっている。 

 

「ひょっとして初任ですか?」 

「はあ、恥ずかしながら」 

 

 そう答えると、彼女はにっこり笑うと背中を叩く。 

 

「恥ずかしいことなんてありませんよ。これから覚えていけばいいんです」 

 

 頑張ってね、と一言残して去って行く彼女の背中に一礼する。 

 士官学校を出たら全員が先輩。 

 改めて気付かされた。 

 

「彼女、けっこう良い子だろ? ああ見えて遊撃隊の隊長でもあるんだ(性的な意味で)」 

 

 准将の言葉にも驚かされた。 

 人って見た目で判断しちゃ駄目なんだ。 

 通路の向こうに消えていく、大人しそうな美人さんを見送る。 

 

「身長くらいある大剣を片手で振り回すんだ。僕も初めて見た時は驚いたよ。人は見かけによらないね(性的な意味で)」 

「人それぞれ、外見に騙されることってありますよね」 

 

 本当に。 

 誰よりも身につまされているはずなのに。 

 

「私がいいって言うまで絶対に入って来ないでくださいね」 

 

 准将を奥の部屋に追いやると一息つき、先程のことを思い出す。 

 

 

 大歓迎ではあったが誰一人そばに近寄らず、まさに動物園の珍獣扱い。 

 耳元で囁く上司に従って鋭く声を発する。 

 

「各自、直ちに持ち場に戻れ!」 

 

 私じゃなくて准将が言ってるんですよ、と内心呟く。 

 だからそこの人、私を睨みつけるの止めて下さい。 

 慌ただしく去っていく人々がいる中で動かない人達もいる。 

 私のような新米少尉に命令されたところで聞くつもりはないということだろう。 

 だが、私も大人しくするつもりはない。 

 

「准将の命令です。ここは戦場だということを忘れないようにお願いします、先輩方」 

 

 上官に対する命令違反は上官の裁定に委ねられることとなる。 

 英雄に睨まれるようなことはここの軍人であれば避けるべき事態だろう。 

 先任ならまだしも、若い女だからと舐められているのは分かる。 

 だからといって准将を前面に押し出す私も性格が悪いのは自覚する所。 

 さすがに上官命令に反抗する気概もないのか、そんな人達も散っていった。 

 

「お疲れ。あとでマッサージしてあげよう(性的な意味で)」 

「謹んで辞退させて頂きます」 

 

 准将と二人でこそこそと話していると、女性が近づいてくる。 

 茶色がかった金髪を長く伸ばした若い女性、年の頃は私よりも少し年上といったところか。 

 第一印象ではここの司令官の秘書かなと思っていたが、まさか遊撃部隊長だったとは。  

 

「エンテッザ准将、シューストー少尉。部屋まで案内します」 

「ありがとうございます、少尉」 

 

 階級章を見ると少尉。 

 私と同じだが、経験は向こうの方が多いのは間違いない。 

 私はまだ正式任官してから数日ほどしか経ってないのだ。 

 

「ミレーニア=シャリムです。ミラとお呼び下さい」 

「では私もアイナでお願いします、ミラ少尉」 

 

 笑顔で自己紹介する彼女に握手を求められたので、握り返しながら返す。 

 

「では改めまして。エンテッザ准将、アイナ少尉。王都北砦、通称:地獄の入口へようこそ。我ら兵士一同、心より歓迎いたします」 

 

 そんな言葉を聞きながら、砦の入り口を潜るとひんやりとした空気を感じた。 

 石を組み上げて造られた砦は山の谷間を塞ぐように建造されている。 

 そのために雨が降ると水が溜まり、鉄砲水となって押し寄せてくることもあったというが今は昔。 

 現在では十年にも渡る大規模な治水工事のおかげで砦の機能は損なわれることなく存在している。 

 さらには雪に覆われる冬でも太陽に照らされる夏でも内部の気温はほとんど変わらないという。 

 

「昔は最前線だったんですよね?」 

「そうですね。5年ほど前まではここが最前線。王都最終防衛線でした」 

 

 5年前に現れた英雄。 

 私の後ろを歩いている黒騎士の出現によって戦線が押し上げられ、今に至っている。 

 

「私が軍に入ったのはちょうどその頃でしたが、戦場での黒騎士の活躍は素晴らしいものでした」 

 

 完全に敗戦ムードだった王都が盛り返し、隣国との国交が回復したおかげで物資も豊富になって生活が向上したのも英雄のおかげ。 

 戦績だけ見れば確かに素晴らしい人物であることは想像に難くない。 

 ……戦績だけ見れば。 

 

「あんまり褒められると恥ずかしくなっちゃう(性的な意味で)」 

「我慢して下さい」 

 

 耳元でそっと囁いてくる英雄に素っ気なく返す。 

 平常心、平常心、内心で呟きながら、彼女の後を追った。 

 

 コンコン 

  

 ノックが鳴る音で現実に戻された。 

 

「どちら様でしょうか?」 

「ミラです。食事の用意ができましたのでお持ちしました」 

 

 扉を開けると、先程別れたばかりのミラ少尉。 

 こんな人が遊撃部隊長なのか、と思わず凝視してしまう。 

 

「何か至らない点でもありましたか?」 

「い、いえっ、申し訳ありません! 准将がミラ少尉を非常に褒めておいででしたのでつい!」 

「まぁ。そうでしたか。准将が私を……ふふふっ」 

 

 うわぁ……大人だ。大人の女性だ。 

 私でさえゾクッとした色気を感じた。 

 ……絶対怖がるだろうな、准将。 

 

「それではこちらが食事ですので、終わったら戻しておいて下さい。頃合いを見て片付けますから」 

 

 扉の外には食事を載せたカートのような物。 

 ような、というのも車輪が付いていないからである。 

 どうやって持って来たんだろう? 

 

「ここじゃちょっと邪魔なので端に寄せておきますね」 

 

 疑問に思う私の前でミラ少尉はカートのような物を持ち上げて壁に寄せる。 

 呆気に取られた私を尻目にそれではと去っていく彼女を見送った後、試してみる。 

 

「重っ……何?! こんなの持てるの?!」 

「だから、人は見かけによらないって言ったじゃない(性的な意味で)」 

 

 自分の分をひょいと取り上げて准将が奥の部屋へと戻っていく。 

 

「軍人ってすごい……じゃなくて、何勝手に出て来てるんですか准将! あっ、まだ話は終わってないですよ!」 

 

 そそくさと扉の鍵を閉める准将に声を荒げる私。 

 砦で過ごす初めての夜はこうして更けていった。

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