シャロ
「アイナってば、疲れて変な夢でも見たんじゃないの?」
確かに夢に見たのは事実だ。
しかし、先ほどの質問を投げ掛けた瞬間のシャロの表情は覚えている。
それが無ければ私も所詮は夢だと笑い飛ばしていたことだろう。
「シャロ、本当のことを話して」
彼女の顔を両手で挟んで瞳をじっと見つめると、やや間を置いて目を逸らす。
頬がほのかに赤く染まっているのは何故かは分からないが、何かを隠しているのは間違いない。
「アイナも知ってるでしょ? うちには両親と妹しかいないよ。あとは使用人が少しと」
何度も招待されたから、彼女の言っていることは正しい。
それは分かっているつもり。
だけど、違和感がある。
「初めて会った時のこと、覚えてる?」
「忘れるわけないよ。だってアイナのことだもん」
即答したシャロには悪いが、実はほとんど覚えていない。
文字を覚え終わり、色々な本の世界を知り、惨劇の記憶を塗り潰そうとしていた私はそれ以外のことを頭から締め出していた。
母に抱かれた温もりさえも、友と語らうことさえも、ただ惨たらしい記憶を呼び覚ます鍵でしかなかった。
故郷の村で生き残ったのは私と母の二人だけ。
父は私達を逃がすために剣を振るい、魔物達を喰い止め、そして、首を刎ねられた。
噴水のように吹き出す真っ赤な血。
村を覆い尽くす真っ赤な火と、全身真っ赤に血で染まった父の亡骸を遠くに見ながら、母に抱かれることしか出来なかった自分。
胸の中に渦巻く悲しさと悔しさと怒りをどうすればいいのか、幼い私には分からなかった。
忘却することで全てをどうにかしようとただ本を読みあさる毎日。
殻の中に閉じこもった私を連れ出したのがシャロ。
本の中のお姫様みたいに真っ白なドレスに身を包んだ彼女が、いや彼女だからこそ、私は居場所を見つけることが出来たのだろう。
しかし、今になって思う。
王立図書館は一般開放されているが、幼い子供が一人で通うような場所ではなかったはず……私が言うのもなんだが。
難民である私ならともかく、良家のお嬢様であるシャロが一人で来られるような場所ではない。
使用人ともなれば私のような薄汚れた難民に近付けさせるとも思えない。
間違いなく、誰かがそばにいたはずなのだ。
「私は……あの時、誰かに抱き締められたはず」
なのに、思い出せない。
殻の中から飛び出した私を暖かく受け止めてくれた人がいた。
おそらくは、『お兄さま』を認識できたのはその時が初めてだっただけで何度も出会っていたのだと思う。
そして、それが最後の機会だったのだ。
「ごめん、アイナ。その人については……言えない」
目を逸らしたまま、悲しそうに言う彼女。
それが本当に彼女の兄だったかは分からないが、シャロは存在だけは認めてくれたようだ。
「言えないってどうして?」
しばらく逡巡した後、ようやく口を開く。
「とにかく、それだけは言えない。言えば……アイナに迷惑が掛かる」
なぜその人の事を聞くだけで私に対して迷惑なことが起きるのだろう?
疑問には思ったが辛そうな彼女をそれ以上見たくはなかった。
「もういい、もういいよ、シャロ」
「私は、アイナを守るって剣に誓ったから……だから! だから……ごめん」
剣に誓う、か。
辛そうに目を伏せる彼女を抱き締めながら、私は何故か准将のことを思い出していた。




