誓い
「あの、私の住居の話はどうなってるんでしょうか?」
帰り際、准将に尋ねてみた。
「……僕の部屋に住む?(性的な意味で)」
「憲兵隊に寄ってから帰ろうと思います」
にっこりと笑って言ってみると慌てて否定する。
冗談だったようだが一応「セクハラに当たるんですよそれ」と忠告しておいた。
申請自体は中佐にしたのでそちらに寄ってみよう。
「……准将と一緒に住むんじゃないのか?」
「憲兵隊の詰所ってどこにありましたっけ?」
軍には既にセクハラが蔓延しているらしい。
中佐ともあろう者がまさかあの真っ黒鎧と同じ事を宣うとは。
「冗談だ。……申請自体は通ったんだが、上の方から待ったが掛けられていてな。てっきり准将の仕業かと思ったんだが」
「は?」
まさか、あの真っ黒鎧はセクハラのためにそこまでするのか?
中佐の部屋から退室した私は怒りに震えながら再び執務室のドアを叩いた。
「どうしたの? 忘れ物?(性的な意味で)」
「どうしてこんな酷いことばかりするんですか?! 私に何か恨みでもあるんですか?!」
怒りに任せてぶちまけると、驚いてもつれたのかいつぞやのように椅子ごと真後ろにひっくり返る。
と、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きると「まずは落ち着いて(性的な意味で)」と言ってくる。
その動きに怒りが削がれた私は事情を説明した。
「すまない(性的な意味で)」
床に突っ伏して許しを請う姿に、失望の想いが広がる。
やはり、准将の仕業だったのか? セクハラのためにここまでするのか?
英雄なんて仮の姿で、一皮むけば権力を乱用するセクハラ人間だったのだろう。
「謝られたって……困ります」
それでも平身低頭するその姿に絆されてしまう私はどこまでも甘いのだろう。
困惑する自分に気が付く。
「まさか、僕の冗談でそこまで傷付くとは思わなかったんだ。許して欲しい(性的な意味で)」
「……冗談? 住居申請の差し止めの件じゃないんですか?」
何か微妙に会話がすれ違っている。
准将の謝罪はどうやらセクハラ発言に対してのことだったらしい。
「差し止めの方は僕じゃない。けど、心当たりはある(性的な意味で)」
しばらく学生寮から通えるように申請しておくから、と言う准将。
心当たりについて聞いておくべきかとも思ったのだが、ピンと張り詰めた空気に緊張して声が出ない。
「大丈夫だよ。君の悪いようにはしないと僕の剣にかけて誓う(性的な意味で)」
いつものほんわかな口調ではなく凛とした声。
軍人にとって剣とは誇りの象徴。
剣にかけて誓うという常套句は最上級の約束の言葉。
「お願いします」
そう言って頭を下げることしか私には出来なかった。
「おかえりー」
気落ちした私を迎えたのは脳天気なルームメイトの声。
准将に酷いこと言っちゃったな。
時間が経って落ち着くに連れ、自分の言葉がどれほど准将を傷付けたのだろうと気が滅入ってきた。
准将がやったに違いないと決め付けて土下座までさせて、結局の所は私の勘違い。
元々はセクハラ発言のせいではあるが、それだって呪いのせいとも言えなくはない。
今までその呪いでどれだけの不利益を被ってきたのか私には想像も付かない。
「シャロ……私、どうしたらいいんだろ?」
事情を話すと、ルームメイトは「あー……そっちに飛び火しちゃったのかー」と独りごちる。
意味は分からないが、私に至らない点があってそれに気が付いた故の発言なのだろう。
「アイナ、泣いてる?」
「泣いてない」
「泣いてるってば」
「泣いてないって言って……る?」
同じようなやり取りが最近あったような気がして思い出した。
昨日見た夢の中での出来事。
あれは過去に実際にあった出来事だったはず。
ならば「お兄さま」と呼ばれていた人物は誰だったのか。
「ねえ、シャロ? 変なこと聞くけど、お兄さんっている?」
「え?」
彼女は私の問いかけに愕然とした表情を浮かべたのだった。




