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黒騎士と私  作者: みあ
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親友

「え? アイナ、この部屋出てっちゃうの?!」 

「そりゃそうだよ。だって正式に少尉に任官されたんだもの」 

 

 学生寮に住めるのは研修が終わるまで。 

 校長もとい中佐との約束だから反古にするわけにも行かない。 

 ただ、任官が決まってすぐに住居の申請をしたにも関わらず、未だに返事が帰ってこない。 

 

「でも、どこの部屋になるかまだ決まってないんだよね」 

「じゃあ、しばらくはここでいいじゃない!」 

 

 語気を強めるシャロには悪いがそうも行かない。 

 学生寮を出るのは上官命令でもあるのだ。 

 さすがに准将を殴った時のようになあなあで済む問題ではない。 

 

「シャロには悪いけど、しばらくは実家から通うことになるかも……」 

「……せっかく二人部屋にしてもらったのに」 

 

 二人部屋にしてもらった? 

 元々は四人部屋だったこの部屋だが入学早々候補生が二人辞めるという珍事によって二人部屋になったはず。 

 まさか、そこにシャロの関与があったとか? 

 それこそまさかだろう。たかが一候補生にそんな力はない。 

 シャロの友好の念から出た言葉をそんな風に思ってしまう自分の馬鹿さ加減が嫌らしく思えてくる。 

 

「シャロが卒業して任官されたらまた一緒に住もうよ。どこかに部屋借りてさ」 

 

 確か、軍務局近くに士官専用の宿舎があったはず。 

 卒業までは四ヶ月くらい。そうそう長い期間ではない。 

 

「今までずっと一緒だったのに、今さら離れたくないよ」 

 

 そう言いながら、私の右腕をぎゅっと抱きしめるシャロ。 

 そのまま私の胸に顔を埋めながら「誰の仕業かしら……」とか「いっそのこと……」とか呟いているのはきっと空耳だろう。 

 彼女の顔を上げさせて頬を撫でるようにして宥める。 

 

「一生離れ離れになるわけじゃないんだから、ね?」 

「むう……」 

 

 不満顔のシャロだったが一応は分かってくれたようだ。 

 クラスのまとめ役を任されることの多い彼女はいつも笑顔を見せていることが多い。 

 二人きりの時にだけ彼女は色々な表情を見せてくれる。 

 私にとってシャロが特別であると同時に彼女も私のことを大切に思ってくれていることがとても嬉しい。 

 

「朝までシャロの抱き枕になってあげるから機嫌直してよ」 

 

 眠る時の彼女はとても人懐っこく、昔からよく抱き合って眠っていたものだ。 

 惨劇の記憶を思い出して一人で寝るのが怖かった時、いつも一緒にいてくれた。 

 今までずっとお世話になってばかりで何も返せていないような気がする。 

 子どもに戻ったかのように胸元に吸い付いてくる彼女を抱き締めながら昔の夢を見ていた。 

 

 

「ねえ、アイナは誰が好き?」 

 

 舞踏会で着るようなドレスに身を包んだ幼い少女が問いかけている。 

 場所は王立図書館。奥まった机に本を広げて貪るようにして読んでいるのは幼い頃の私だ。 

 想像の世界に身を置くことで安寧を手に入れた私に、何度も問いかけているシャロ。 

 正直言うと、この頃は外界の全てが煩わしかった。 

 母の手すらもあの夜に繋がってるような気がして恐ろしかった。 

 もちろん、目の前にいる少女もその例外ではない。 

 

「皆キライ。話しかけないで」 

 

 無表情のまま、にべもなく返す私。 

 そんな私に懲りずに話しかけるシャロ。 

 

「どうして?」 

「話しかけないでって言ったでしょ?」 

「どうして?」 

「むーー」 

「ねえ、どうして?」 

「どうしても!」 

 

 我ながら何と可愛げのない子どもだろう。 

 それでもへこたれないシャロの頑張りにはエールを贈りたい。 

 

「そっちこそ、好きな人はいるの?」 

「私? アイナのことが好き」 

 

 臆面もなく言ってのけるシャロに気圧されたように声を荒げる私。 

 

「嘘だ! そんなの嘘に決まってるよ!」 

「どうして? 私はアイナのこと好きだよ?」 

 

 何度もどうしてと問われて少しずつ胸の内を吐露していく。 

 

「本ばかり読んでて気持ち悪いって皆が言ってる……」 

「皆って誰?」 

「皆は皆だよ! 笑わないとか泣かないとか、子どもらしくないって皆言うんだ……」 

 

 この頃の私は感情が凍結していた。 

 突然の出来事に、あの日見た惨劇に、子どもだった私は耐えることが出来なかったのだと思う。 

 本を読んで、その世界で塗り潰そうと足掻くしか方法を思い付かなかった。 

 

「ねえ、アイナ。今、泣いてるよ」 

「泣いてない!」 

「泣いてるって、ねえ、お兄さま?」 

「泣いてないって言ってるのに……ふぇぇぇ」 

 

 確か、分かってもらえない怒りと悲しみで泣き出したんだっけ。 

 あの時は誰かが私を抱きしめて宥めてくれて、シャロはそれを見てて……あれ? 

 誰だっけ? シャロはさっき何て言った?  

 お兄さま……? そんな人いたかな? 

 あれからすぐにシャロとは何でも話せる仲になって、何度もシャロの家にお邪魔して。 

 でも「お兄さま」と呼ばれた人物に心当たりはない。 

 起きたら聞いてみようと思いつつ、朝を迎えた。 

 

「どうしたの? 訝しげな顔して」 

「何か夢見てたんだけど、忘れた……」 

 

 夢ってそういうもんだよねーと上機嫌に話すシャロを見ながら、何だったっけと首を傾げ続ける。 

 胸元と首筋にくっきりと小さな内出血の痕を見つけるのはそれからしばらく経った後のことだった。 

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