第十話 〈大召喚士〉ラスタ・アーヴェリーク、本気を出す
ダンジョンボスがいる広間に近づくラスタ。
ラスタが歩いても、広間前の通路で機材を広げていた自衛隊に動きはない。
〈隠形〉の魔法の効果である。
広間まであと数歩のところで、ラスタは人差し指を足元に向けた。
左右に、すうっと腕ごと動かす。
と、床がわずかに隆起した。
およそ50cmほどの段差が洞窟の壁から壁をつなぐ。
「おっさん? 何してんの?」
「防衛ライン、かな。ここから出るな、入ってくるな、的な」
「待て待て、後ろにも段差ができてる」
「というか自衛隊が騒ぎ始めました。そりゃそうだよねいきなり目の前に人工物っぽい段差ができたんだもん」
ラスタは何も語らない。
ただ、広前の手前から、背後の自衛隊まで含めて段差と壁で囲われた空間が完成した。
地面に向けた手を胸元へ。
何事か呟くと、ラスタの胸に小さな魔法陣が生まれる。
先ほど教室で見せた〈召喚〉のための魔法陣と同じように見えて、色や模様が違う。
「ここを我が家とする!」
「あの、ラスタ先生? どうしました?」
「家って。めっちゃダンジョンなんですけど」
「それは! ヨーロッパで生まれた悪魔の呪文!」
「いや待て変形だぞ。キャンプ地じゃなくて我が家になってるぞ」
ラスタの背後では田中ちゃん先生と生徒たちが騒ぎ出し、その背後では突如現れた段差に自衛隊が慌て、その横で伊賀が生徒に羽交い締めされている。
後ろを気にすることなく、ラスタは続けた。
「〈我がマナを捧げて彼の地より此の地へ。契約に応え我が家を守れ。出でよ、ラファエラ〉」
ラスタの胸元の魔法陣から、ぬるりと姿を——
「わーっ、ひさしぶりラスタくん! ややっ、なんだかお家が小さくなってるよ!? わたし、貧乏になっちゃったラスタくんのお家をちゃんと守るからね!」
——ぴょこぴょこと騒々しく姿を現す存在があった。
特注のメイド服を着て頭飾りをつけて、ニコニコと笑顔でラスタに話しかける小さな女の子。
ラスタの三体目の召喚獣。
家妖精のラファエラである。
「か、かわいい……」
「おっさんまさかロリコン!? 聖なる童貞じゃなくて童貞でしかいられないヤツ!?」
「そ、そんな、だからラスタ先生は……」
「落ち着けみんな! 田中ちゃん先生も落ち着いて! あれはラスタ先生の趣味じゃなくて召喚獣だぞ!」
「召喚獣……つまり人間ではない……? 法に触れない……?」
「おいやめろ〈変態紳士〉。紳士性を取り戻せ」
「いつもありがとう、ラファエラ。よろしくお願いします」
「はーい! ねえねえラスタくん、今日もたくさんお話ししてくれる?」
「そうだね、帰ってきたら、お話ししようか」
「やったあ!」
「じゃあ、いってきます」
「うんっ! いってらっしゃい、ラスタくん!」
家妖精のラファエラはニコッと満面の笑顔で、段差を越えるラスタを見送った。
それにしても「ここを我が家とする」と宣言するだけで家扱いでいいのか家妖精。突っ込む者はいない。
生徒たちはいきなり現れたメイド服の小さな女の子の可愛らしさにやられている。あと姫様と侍女も。
「私の全力をお見せしましょうと言いましたね」
段差を越えたラスタが、今日三度目の魔法陣を胸元に輝かせる。
一度目、スカルウィザードを喚び出した時は暗褐色。
二度目、家妖精を喚び出した時はライトブルー。
三度目のいま、魔法陣は鮮やかな赤の光を放つ。
「万能型のゴブリン。搦め手のスカルウィザード。守りの家妖精。そして、攻撃は……」
言いながら、ラスタは広間に侵入した。
骨で作った装飾品を身につける醜悪なゴブリンが、杖をラスタに向ける。
魔法が放たれてもラスタは動じない。
阻害することもない。
ただ、魔法陣から、今日三体目の召喚獣が顕現した。
胸元からぬるりと——いや、ぐぱっと勢いよく、ありえないほどの大きさで。
現れたその身はラスタよりも大きい、どころではない。
大きさは10mもないだろう。
それでも、直径にして20mほどの広間は一気に狭くなった。
赤いウロコはボスゴブリンの魔法を受けても、ダメージを受けた様子もない。
ぎろりと睨みつける瞳孔は縦長で、一種の爬虫類のようだ。
鼻面、額、頭頂から背中、尻尾にかけて一直線に大小の角が並ぶ。
「おいおいおいおいなんだよアレまじかよおっさん」
「えっどこが〈できそこない召喚士〉なのでしょうか。学園の者たちは何を見ていたのでしょうか」
「姫様、お気を確かに!」
「あー、そうか、そういえば、姫様もニーナもびびってたのにラスタ先生は『ここは安全』だって」
「大丈夫、大丈夫だから。そんな怯えなくても大丈夫だから。くっ、しがみつかれて爪が刺さる! これが愛の痛み!」
「おっさんそういうの喚ぶ時は一言くれ! ウチの子たちをなだめるの大変なんですけど!」
その姿を見て、生徒たちは阿鼻叫喚だった。
〈隠形〉の効果が続いているのか自衛隊に変化はない。伊賀は目を丸くして口をぽかんと開けている。
田中ちゃん先生はキラキラと目を輝かせて、家妖精は笑顔で手を振っている。
「攻撃は、火竜ミカエラの担当だ」
喚び出したラスタは平静だ。
火竜がニヤッと口を歪めて牙がむき出しになって口内の炎がチロチロと漏れる。
ダンジョンボスの魔法使い系ゴブリンは、後ずさってつまづいて地面に尻もちをついた。
「ミカエラ、軽めにな。本気でやったらダンジョンごと消滅してしまう」
ラスタの言葉に火竜が小さく頷いて口を開けた。
ゴオッと炎を吐き出す。
すぐに口を閉じる。
火竜ミカエラのブレスの後に残っていたのは、溶解した地面だけだった。
「守りの家妖精は必要なかったか。敵の力を見誤るとは、私もまだまだだな」
静寂に包まれたダンジョンに、ラスタの独り言が響く。
「えー? すっごく強くなったよ、ラスタくん! がんばったね!」
段差の向こうから家妖精に褒められてラスタがわずかに顔をほころばせると、一瞬遅れて生徒たちが騒ぎ出した。
「うおおおおおおおおお! ドラゴン! ドラゴンかっけえええええええ!」
「チートを手に入れたと思ったら幻想でした。上には上がいました」
「もうなんか名前とかどうでもよくなっ……ダメダメなんで異世界人のおっさんがその名前つけてんだよ。おかしいだろ」
「火竜山の主がこんなところに……」
「ひ、ひめさまー! しっかりしてください姫様! どうやら味方のようです!」
「ドラゴン、か。おっさんに頼んだら戦らせてくれるかな」
「いま『やる』がそう読まない漢字にルビだった気がする」
「どうしたの〈ラノベ作家〉、職業病?」
「ドラゴンかあ。おっさんに頼んだらやらせてくれるかなあ」
「へ、へんたいだー!!!」
「待って、ドラゴンといえば女体化でしょ? せめて変化させない?」
だが、生徒たちや異世界組よりも、自衛隊の方が騒がしい。
彼らからしてみれば、突然ダンジョンの最深部が燃え上がって、「倒せばどうなるかわからない」と言われたダンジョンボスが焼滅したのだ。慌てるのも当然だろう。
慌てて駆け寄るも、なぜか段差は越えられなかった。
ラスタが家妖精を喚んだのは、ボスの魔法や戦闘の余波から守るためではなく、侵入を許さないためだったのかもしれない。
家妖精は、招かれざる客を「家」にあげない。
「さて、では本来秘宝があるべき場所を確認しよう。繋がりを断ち切るために」
いまだ〈隠形〉は続いている。
自衛隊員からは姿の見えないラスタと田中ちゃん先生と生徒たちと異世界組は、ダンジョンのさらに奥に進んでいった。
ちなみに火竜ミカエラはあっさり送還されている。
狭いダンジョンでは邪魔なので。
ブレス一発、ボス焼却の短い出番である。





