さらば、安寧が約束された日々
学校から送られてきたメール。その添付資料に書かれている新しいクラス表を見て、自分の名前が書かれてあったクラスに入る。
黒板で席を確認し、窓際の一番前の席に座る。
思わず溜息が出る。
私は今回、自分の名前の他に三人の名前を探した。見つけるのにそう苦労はしなかった。
できれば苦労したかった。
「花恋ちゃん、おはよう。同じクラスだね」
優華は挨拶を済ませると、一つ席を挟んだ後ろの席に荷物を下ろした。
これに関しては不幸中の幸いと言うべきなのだろうか。
「花恋、おはよう」
違和感と馴染みが同時に襲う。
見慣れた顔、見慣れた声、見慣れたシチュエーション。
しかし、そこに同じクラスというたった一つのスパイスを加える事で、思わず顔を顰める要素が追加される。
「席に戻りなさい」
「まだ時間あるよ」
怜は首を傾げ、いつものように言葉に隠れた意図に気づかず、純粋な事実をぶつけてくる。
「おはよ〜。くうちん〜、これから二年間よろしくね〜」
悠優はよく私が教師に離れたいと訴えていたのを知っているためか、皮肉を込めて挨拶してくる。
「うるさい。今傷心中。一人にして」
「大して傷ついていないでしょ〜」
「傷ついてる」
「じゃあ〜ハグしてあげようか〜? ハグはね〜ストレス軽減になるらしいよ〜」
「あんたにされたら増幅だよ」
「じゃあ私やろうか?」
「なんであんたは大丈夫だと思ったの? 悠優と同じで無意味に決まってるでしょ」
何を思ったのか怜は私の頭を撫で始めた。
ハグはダメだけど撫で撫では良いなんてわけないでしょ。
「怜ちゃん、悠優ちゃん、先生来たよ」
「じゃあまた後でね〜」
「もう来るな」
「同じクラスだよ?」
「そういう意味じゃない。さっさと戻れ。優華も」
優華は少し残念そうに、私に笑いかける。
「席、離れちゃったね。少し残念」
私は後ろの席を振り向く。
後ろの金髪女子はきょどり、明らかに動作が陰キャである。
来た時もずっと髪色気にしていたっぽいし、心機一転で髪の毛染めたんだろうなっていうのがなんとなく見て取れるほどの陰キャちゃんの手を握る。
「君には感謝しているよ陰キャちゃん。つきましては、今後はこの悪魔を私に寄せ付けないように頑張ってほしい」
「え、へ、え? いや、その、ウチ、いや、わたしは……」
「花恋ちゃん、あまり人困らせちゃダメだよ」
「それあんたが言う? いいから戻りなさい」
優華が席に着いたので、私も前を向く。
陰キャちゃんは未だに後ろで狼狽えている。
チャイムが鳴り、先生がまず自己紹介をする。
去年まで大学生だったらしく、早速担任は荷が重すぎて可哀想と珍しく同情した。
本来担任になるはずの先生が産休で急に欠けてしまったのが原因であるらしい。
「他の先生曰く、このクラスは一番苦労がないだろうって言っていたので、心配はありません。逆に皆の方が先生に対して不安に思うかもしれませんが、信頼してもらえる頼りがいのある先生になれるように頑張ります!」
だから三人が集結してるのか、なるほど。そりゃ、あの三人がいて馬鹿やる奴はここにはいない。
「それでは、今度は皆さんに自己紹介してもらいたいと思います。それじゃあ出席番号順で、空瀬さんからお願いします。皆の方を向いて、名前と空瀬さんの事が分かる一言をお願いします」
溜息を溢しながら立ち上がり、体の向きを変える。
「空瀬花恋。一人が好きなので誰一人として構わないで下さい。以上」
そんな自己紹介をされると思わなかったのか、先生は困惑している。
私としてもやり直しとか言われたら困るから、陰キャちゃんの机を叩く。
「次、陰キャちゃんだよ」
それだけ伝えて席に座り、窓の景色に視線を移す。
「あ、秋野、紅葉……です。あ、アニメ研究会に所属しています……。よ、よろしくお願いしましゅ……」
秋野紅葉か、これほどまでに季節を感じられる名前はそうないだろう。
そして、やはり陰キャ。つまり私に突っかかってこない!
これほどまでに素晴らしい後ろの席の住人はそうそういない!
「天乃優華です。最近は恋愛作品にハマっています」
(女同士の)でしょ。参考にしているのか何なのか分からないけど、とりあえず見た作品を私に薦めるのやめてほしい。おかげで最近優華からのメッセージほとんどURLなんだから。
「氷冬怜。……何言えばいい?」
参考例なら沢山あったでしょうが。
「氷冬様、好きな物はありますか?」
ま、ファンの女子がいるから問題はないだろうけど。一般人が何言えばいいとか言ったら、一気に冷たい視線が注がれるよ。
「花恋が好きだよ」
私は物じゃない! あと面倒そうな解答をするな! とりあえず同名の別人という事に私の中でしておこう。
無視だ無視。反応した方が厄介。
「持無勇気です! 今年こそは彼女作って青春したいです!」
あいつ何気に友達多いからあんな事言えるんだな。ていうかあいつもいるのかこのクラス。
ますます碌でもない。
「安蘭樹悠優です。妹が今年から小学生なので、一緒に登校できるのが楽しみです」
小学生か。意外と時が流れるのは早いな。これから容姿の良さ故の愉悦と面倒の板挟みに遭うのだろう。
ま、妹ちゃん強いから問題なさそうだけど。
「和木愛です! 去年同じクラスだった人と結構離れちゃったので、仲良くしてもらえると嬉しいです!」
あんたもいるんかい! 何なの先生、なんで私に特に絡んできた五人を同じクラスにぶち込んでいるの! 迷惑! あまりに迷惑!
はぁ、今年も私に安寧の日々は来ないのか……。




