罠か挑発か・魔術の痕跡
「では説明を開始。及び今後の行動についても説明するぞ」
ギルドで言われたことを交えて、新たな「デリバー班」としての今後の方針を話し合うことになった。
「ではまず。ギルドが掴んだ情報。そいつの説明をする。よく聞けよマイルス」
「ああ」
いつになく真剣な様子のマイルス。流石に顔のこけ具合は治らなかったが、以前のように少しだけ健康味を感じさせる姿を思い出させるほどまでは回復した。
さっぱりしたマイルスのその様を見て安心しつつ、作戦についてもう一度、頭に叩き込むために耳を傾ける。
「では第一に。俺たちは街の中で魔術の痕跡を発見した。空間魔術の類いだ。一つがここ。お前らが襲われた場所だ」
「っ!! ここは......。ジジイの死んだ場所か」
一瞬胸を詰まらせるも、すぐさま「なんでもない。続けろ」と促すマイルス。
「そんで問題は魔術の痕跡具合だ。これと似た反応が後三つ、それもいまだに居座り続けている。一つは街の中。そして残りが街の外だ」
「外か......」
「何か意図を感じるよね」
ギルドで説明された時も思ったが、ロウが襲われて亡くなった時から、敵の行動が活発になったように思える。
これは個人的な考えだが、まるで挑発しているように感じるのだ。
今まで尻尾すら掴めず、まるでこの街に蔓延る霧のように静かな活動の足跡が、突如として大胆になった。
痕跡のカケラも残さず、現にロウが実際に襲われるまでは誰かの意図すら感じさせず、誰かが陰でコソコソ動き回っているという考えすら頭に無かった。
「......誘っている。ウチはそう感じるんだ」
「三つ全てに行くと親玉が姿を現すってか? 演出家気取りかよ」
(どっちかって言うとゲームみたいだけど......)
マイルスは不満を隠そうとせずチッと舌打ちをして、眉間に皺を寄せて地図の三つの点を睨む。
アンナの言うことは信憑性が高いと感じているようで、敵の不可解な痕跡の残し方。その思惑と思われる意図に対し、苛ついているようだ。
「......誘っているか。確かにそう感じるな」
一方、ギルドからの情報をマイルスに説明しつつ、アンナの意見に共感の反応を示しているデリバー。腕を組んで、地図を見ながら考え込んでいる様子だ。
「とにかく行ってみないとわからないのが現状だ。だからギルドは俺たちを遣わしているってわけだな」
「話はわかった。んで、オレたちはどこに行くんだ?」
地図に示された三つの点。そのうち一つ、街の右下あたりにある点を指さして「ここだ」とデリバーが示してくれた。
その場所は見覚えがある。
一度、まだロウが死ぬ前の時。彼の班に属しつつ、空いた時間に一人で探索したことがある。
「遺跡......か」
古びた遺跡と人が住むには適していない大地。かなり寂しげな雰囲気を感じた場所だ。
「よし。行くぞ」
地図を丸めて片付けて、デリバーの後に続いて、マイルスとアンナも行動を開始した。
〜〜〜以前、一人で訪れたことのある遺跡。
わざわざここが目的地となるのも、なんだか妙な因果を感じる。
(......本当にここか?)
三人で遺跡の入り口となる大きな門の前に立つ。そこから見たり感じたりしたところ、前と変わった気配は何一つ感じない。不思議と門が一つあるだけだ。
「やっぱりここじゃないんじゃ?」
「いや、ここだ。この扉は閉じてるな。横を通っていくぞ」
アンナの疑う声を聞いても、軽く否定されてしまう。しかもそのままズカズカと、以前アンナが入って行った時のように閉ざされた門の横を通っていくデリバー。
彼の後を追って、無言でついていくマイルス。
「ああもう......。なんでわかるんだ......」と、その自信はどこからくるのかわからないが、大人しく愚痴を一言いうだけ言って後を追うことにした。
歩いても目にするのは、以前見た時となんら変わらない変な柱と刻まれた文字があったり、古代の生活を感じる物が多少あったりするだけだ。
低地ゆえに霧だまりとなっているせいで視界は最悪。おまけに地面はぬかるんでいて、歩くのもままならない。
「ねぇ〜! どこなんさ〜〜!!」
「そうイライラすんな。体に悪いぞ」
「うぅむ......(そうはいうけどさぁ)」
先ほどから後をついていっている感じからして、恐らく先頭を歩くデリバーにしかわからない何かがあるのだろう。
だが、だからと言って何も変わらない景色の中、どれだけ歩いたかわからないほど足を動かせば、不満の一つも言いたくなる。
「......なんか臭うな。おい。これは何かわかるのか? 前にも来たんだろ?」
「えっと......」
途中、一瞬だけ妙な臭いが鼻を刺激した時、マイルスも異変を感じたようで、後ろを歩くアンナに尋ねてきた。
「そういえば前も変な臭いがしたような......」
前はもう少ししつこい臭いだったような気がするが、今は悪臭が時々臭ってくるくらいだ。例えるなら、確か腐卵臭に似ている。
「......あったぞ。集まってくれ」
先頭を歩くデリバーの足がついに止まった。
辺りの臭いの正体を探っていたが、それを中断。
彼の横に並ぶように、マイルスと揃って移動すると、頂点が丸みを帯びた膨らみを持つ奇妙な棒が突っ立っているのを見かけた。
あの丸みと形状からして、どこからどう見ても杖である。木製で頂点にはまん丸の赤い宝石のようなものが埋め込まれており、「何かある」と感じさせる代物だ。
今までどれだけ探しても、霧の濃さに隠れてわからなかったのと、そのせいか近づいた途端に突然姿を現したように見えた。だから、こんな杖一本探すのに手間取ったようだ。
「災難だったね。霧のせいで、うまく隠れてたんだ」と、今までの地味な苦労を思い返しながら一息つくと、首を横に振って否定するデリバー。
どういうことかわからず、腕を組んで彼を見つめると「そんな困った顔で見るな」と、困ったような笑みを浮かべてを言ってくる。
「見つからなかったんじゃない。見つけられないよう、隠されてたんだ」
「ってことは......」
「やはり罠と考えるべきか」
この杖と、恐らくこの杖が発生させている妙な魔力反応という痕跡。それを辿ってやってくる者を誘き寄せる罠ということだろうか。
今、言われたことから、アンナとマイルスは全く同じ考えを抱き、先にマイルスが銃を片手に戦闘態勢を取った。
「前のようにはいかねえぞ......」と恨言を吐くように呟き、あたりを注意深く観察し始めている。
「そう慌てるな。このタイプの魔力反応は一定のパターンしかない。魔術の性質や種類から予測する。覚えておけよ、そこの銃使い」
戦闘態勢をとるマイルスとは違い、一方でデリバーは思ったより冷静な反応を示す。
どうしてそう意見を割り切れるのか尋ねると「まあ、学園でみっちりしごかれたからな」と苦笑いする。
そして杖の方へ向かって歩き始め、マイルスと二人で見守る中、なんの躊躇いもなく杖を拳でぶっ壊した。
「はっ!?」「なっ......」と二人で絶句する中、杖が壊されたと同時にすごい風が上空から吹き荒れる。
「な、なんだ!?」
「マイルス、大丈夫!?」
マイルスが銃を構えようにも、強風によって尻餅をついてしまい彼を補助することに。
そして吹き荒れる風が、高さ十メートルはあろう宙から突如として空いた、大きな黒い穴から吹き荒れていることに驚きつつ、「デリバー!」と彼の名前を呼んで色々と助けを求めた。
「おうよ!」と言って、彼にしかできない猛スピードで二人を咄嗟に抱き抱え、風の及ばない範囲まで退散する。
「あれは......」
「杖を破壊すると発動する仕組みだ。......やっぱり召喚じゃないな。こんなもん仕舞ったままにしておくなんて、相手は相当の手だれだな、こりゃ」
皆で見上げた先にある、大きな黒い渦のようなもの。
そこからは、ただならぬ予感を感じる。
「......おっ。出てきたぞ」
「なんでそんな面白そうな顔してんの......」
まるで余興のように感じているのか、大きな黒い穴を指さして余裕の笑みを浮かべるデリバー。
彼の奇妙な様子にツッコミを入れつつ、アンナも黒い穴を注視することにした。




