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アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第二章 霧の街のミステリー
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夜の狩り・魔術の実戦投入

 ギルドに行って一悶着あり、行動指針を得られた日の夜。


「おやすみ」


「いい夢見てね」


 本日は二人とも簡易的な飯を済ませるだけで、デリバーもいつもより早めに就寝した。


 残されてしまったアンナ。

 連日連夜、ある人との約束をしているのを思い出し、宿の外に出たところで、壁に背を預けてただひたすら待つことに。



 時々体勢を変えて時間を潰しつつ、三十分くらい経過した頃。


「今日は遅かったね」


「お前が待ちきれないだけだろうに......」


 すっかり夜の暇潰しに付き合ってくれることになったロットが、今日は何やら大きな荷物を持って現れてきた。


 右肩から左の腹にかけて斜め掛けバッグの帯を伸ばしている。そして大きなバッグの中身は想像もつかない。


「えっと......。今日は何用で?」とバッグを指さして聞いてみる。


「今日やることが詰まっている。行くぞ。ついてこい」


「ええっ......」


 相変わらず口数や説明が少ない奴だなと思いつつ、素直に彼の後ろについていくことに。




 そうしてしばらく歩き続け、気がつくと街の西門を出て、最近訪れたばかりのキャンプ場近くまでやってきた。


「ここは?」


 周りを見渡しても、時々夜行性の大型ネコみたいな生物が視界に映るだけで、辺りに人間は存在しない。平坦な緑の大地が広がる場所だ。


 時々木が生えて小さな森があったり、逆に障害物が一切ない平原だったり、花畑と湖があったりと自然豊かな土地である。


 昼間にピクニックやキャンプをするのに向いていそうな自然ばかりだ。


「夜もいいところだね」と、前を先導していたロットに感想を求めるように呟くと、突然彼が立ち止まってしまったので勢いよくぶつかってしまう。


「ご、ごめん」と一応謝りつつ、なぜ立ち止まったのか尋ねる。


「ここらでいいか。さて、狩りの時間だ」


 そう言ってロットは、バッグの中から見たこともない、折り畳まれた道具を取り出して組み立て始めた。


(そういえばハンターだったな、この人......)


 彼がハンターであることを思い出したが、なぜ人間が活動しにくく、夜行性の肉食獣には手も足も出ない時間帯に狩りをするのかが気になる。


(ハンターズギルドの仕事か?)


 もしかすると彼らにしかわからない事情があるのかもしれない。


 あえて理由を深く追求せず、道具を足元に広げて、自分はスコープ付きライフル銃を組み立てているロットに何をすればいいか聞いてみる。


 すると帰ってきた返答は「ピンチになったら逃げる準備だ」と物騒なことだけを言ってきた。


 思わぬ回答が返ってきて不安になってしまう。


「は、外さないでよ......」


 真剣な顔して準備を進めるロットに、まるで神頼みをするように言葉を投げかける。


 既にライフル銃を構えて地面にうつ伏せになって構えるロット。狙う獲物は先ほど見た大型ネコだ。髭が仙人みたいに長いのと髭すら生えてないのがいる。


 ライフル銃のすぐ側には色々な道具をあえて散乱させていて、何を考えているのか全く理解できない。


(今カチャっていった!)


 銃の弾を装填する時特有の金属音が鳴り、その僅かな音に獲物と思われる大型ネコが反応した。


「ここからでも聞こえるのか?」


「行くぞ。準備しろ」


 準備と言われても、そもそも戦闘するとは想定していないのでアンナは私服の上に風よけの上着を着ているだけだ。


 さっき言われたように逃げる準備をするならば、せめて身軽になっておこうと思って、上着を脱いで腰に巻いておく。


「いいよ」


 一応合図をしつつ、ネコに見つからないようにアンナも身を低くし地面に這いつくばって、ロットの隣でじっと様子を伺うことに。


 打って当たればなんとかなる。頼むから当たってくれと胸の内で切実に願った。


(ロットならいける。ハンターだし、それにいつも冷静だし......)


 隣のロットの様子を伺うが、手汗一つもかいていない。これは期待できる。


(......あたるよね)


 神に縋る思いでロットとネコを世話しなく観察し、いよいよロットが発砲した。


 大きなライフルに見合った大きな銃声が鳴り響き、街中で発砲したら間違いなく騒ぎになるなと思いつつ、獲物が仕留められたか気になりガバッと体を起こす。


「どうだ!?」


「......」


 上半身だけを地面から浮かせ、前方をじっと観察する。


 さっき見えた大型ネコの数は二匹。そして今見えるのも二匹だけ。

 一見、シルエットだけでは怪我がないように見えるだけで、もしかすると当たったのかもしれない。


 ロットだって一端のハンターのはず。標的はピクリとも動かないので、脳天を撃ち抜いたのだろうかと思う。


「や、やったよね?」


 という希望を抱きつつ、微かに恐れの混じった震えた声でロットに尋ねる。


 するとライフル銃を丁寧に分解し、あっという間に片付けたロットは、散乱させた道具をいくつか拾ってこちらを見て冷静な様子で。


「ああ。外した」


 と問題ないと言った感じで、堂々と言い張った。


「なっ、な、マジか......」


 声が震えつつ、どうして良いか。何を言っていいかわからず、とりあえず大型ネコがどうなったか確認する。


 すると想定通りというべきか、もし自分が同じ目に合わされたらこうするだろうなという行動を、大型ネコ夫妻だかファミリーだかがとっていた。


「......ウチ。今まで君のことを誤解してたかも」


「何言ってる。早く準備しろ。逃げるぞ」


 大型ネコ二匹が、暗闇でもわかるくらいに鬼の気迫を纏って、こちらへ向かって突っ走ってきていた。


 これにはアンナすら、例え徹チェナットをキメた仲だろうが、許せるものと許せないものがあると感じさせていた。


 とりあえずロットの荷物を持って街の方へとダッシュ。


 我先にと逃げようとしたのだが、なぜかロットがゴソゴソと拾ったモノを片手に携えたまま立ち尽くしていた。

 こうしている間にも一気にネコたちが迫ってきている。


「何してんの!? 死ぬよ!! 早く!」と必死に叫び、ロットを遠く離れたところから見守る。


「......」


 しかしロットは無言のまま、残り数十メートルという距離まで迫られていた。


「なんで!? 何してんのさ!!」


 アンナがいくら叫んでもロットは逃げる素振りすら見せない。一瞬だけこちらをチラリと見たが、目立った反応はそれだけだった。


 あの瞳。なんの意思があってこちらを見たのか。その理由は全くもってわからない。

 しかし、このままでは確実に死ぬ。ロットが何を企んでいるかわからないが、助けに行かなければならない。


(また目の前で人が......っ!)


 過去の記憶がほんの一瞬だけフラッシュバックする。


 かつての世界にて絶命の間際、アンナに助けを求めた人が目の前で死んだ映像。そしてつい先日までは一緒にいたはずの仲間、ロウの死亡。


 二つのトラウマが脳裏に蘇った瞬間、アンナは叫ぶよりも早く、本能で体を動かしていた。


「走れっ! 足に力をっ!!」


 脳から足へと命令した言葉が、口から出てくる。


 我が全身全霊をかけて、両足がもげる勢いで地面を蹴り飛ばす。


「くっ!」


 しかし届かない。ロットとアンナとでは距離がありすぎる。


 そして大型ネコとロットの距離が近すぎる。これでは走るだけでは間に合わない。


「ハァッ、ハァッ、っぁ! (どうすれば......。どうすればっ!!)」


 今の速度では間に合わない。風邪を切るように、化け物のごとく強靭な肉体を走らせても間に合わない。


 速度を上げなければ。単純な考えだが、助けるにはこれしかない。


 ロットと大型ネコの距離。互いに接触するまで残り二十メートル。接触まで十秒。

 もう既にお互いに目と鼻の先まで迫っている。


 彼らの間合いに入り、攻撃を止める方法は一つだけ。


「走れ、足に、魔力をっ!!」


 習ったばかりの身体強化の魔術。これを試す時がきたのだ。



「魔術の習得ってのは、更に実戦経験を積めばもっと早くにマスターできる。体が感覚として覚えやすいからな」



「やってやる!! うああああ!」


 両足を動かしながら必死に魔力を足に注ぎ込む。


 その間わずか一秒。魔力を注ぎ込む練習を、デリバーから渡された紙を使って繰り返す練習によって、早くも魔力を流す技術が上達していた。


 しかし問題はコントロールだった。


「うぐっ!?」


 心臓が急に痛み、両目が霞む。足に流し込む魔力量が多すぎた影響だ。


「もっとも、ロクに使えない魔術を命の危機がある実戦で使えば、それこそ死ぬだけだがな」というデリバーの言葉を思い出す。


 魔術は失敗の代償に体の一部を持っていかれる危険性がある。


(怖い......)


 アンナだって、元はただの一般人。今や強靭で再生する肉体や呪いの如く強大な力を持つ左腕があるが、そんな化け物となっても恐れは心の中に残っている。


 怖い。どの臓器が吹っ飛ぶのかわからない、再び死んでしまうかもしれない恐怖。


「......それでもっ!」


 叫びながら、ロットと大型ネコの距離、互いに接触するまで残り十メートル。接触まで五秒というところまで来ていた。


「ガァ!!」


 獣二匹が高く飛び上がる。そしてロットに向かって咆哮しながら飛びかかる。あと少しすれば、ロットがバラバラに引き裂かれるだけだ。


「うぐぅあああ!」


 心臓を右手で押さえながら、強化された両足で一歩一歩足を踏み出す。


 しかし踏み出した時には、ロットに飛びかかった二匹の獣の姿が目に映り込んでいた。


 間に合わない。と、以前までならそう思っていただろう。実際、魔術なしなら間に合っていなかったかもしれない。


 だが限界ギリギリまで引き出した脚力によって、その速度は想像以上のものへと強化されていた。


「キャウンッ!!」「グガァ」


 大きな打撃音が聞こえたと同時に、二匹の獣は痛みによって悲鳴を上げた。


 獣どもが跳躍して飛びかかったお陰で、僅かな時間と隙間が生まれた。よって、なんとかロットの前に立ち、左腕で獣二匹を殴り飛ばしたのである。


 左腕は元から鋼鉄以上の硬さを誇る。刃を通さない腕。その異常な硬さに殴られたことで、自慢の爪と牙を砕かれた二匹の獣は、そのまま地面の上でピクピクと痙攣し始めた。


「はぁ、はぁ......」


「......逃げろと行ったはずだが」


「へ、へへ......。そ、そこは、ありがとじゃ......ないか?」


 身体強化の魔術によって、人並外れた速度で走ったことで、アンナはなんとか獣二匹からロットを守り通すことができたのだった。

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