義息子の葛藤
「な、なんだ?」
「誰だあの女......」
唐突に現れたアンナの一連の行動に、マイルスに喧嘩を売っていた人たちですら驚き困惑している。
「目。覚めた?」
「......くっ」
右の頬を押さえてこちらを睨んでくるマイルス。
しかし怒りはある程度身を潜めたようで、少なくとも銃を取り出そうとする素振りは失せていた。
最後に別れて以降、まさかこのような形で再開し、そして再度話すことになるとは思っていなかった。
「起きて」
馬乗りの状態から立ち上がって、起きろといいつつ彼の手を無理やり引っ張って起こしてやる。
「行くぞお前ら。こんな危なっかしい奴と一緒の場にいられるか!!」
アンナが割って入ったことで呆気に取られていた男が、仲間を数人連れてギルドから出て行った。
マイルスに心のない言葉を言うだけ言って消えていった彼らだが、その考えに辿り着いた理由がわからないわけでもなかった。
マイルスの報告書を参考に伝えられた情報。
例えば「一瞬で黒い世界に飲み込まれた」と言う情報が、多くの者たちにとっては出鱈目にしか聞こえず、しかも不確かな情報ゆえにより不安を煽っていった。
そのせいで自然と彼らはロウとマイルスを「話を盛っている」と決めつけ、「化け物相手にヘマして死んだことを言い換えている」と思い込んだのだろう。
情報が曖昧で少ない。そして現場のあの光景を見たことがなければ、信じられるようなことではない。マイルスには、圧倒的に理解者が少ないのが現状だ。
「なんであいつらを庇った」
「まだそんなこと言う? ちょっとこっちに来なよ」
再びマイルスの手を強く握り締めて、とりあえず誰もいないギルドの片隅に連れていく。
まだ他人の視線は感じるものの、ここなら誰かにとやかく言われることもないだろう。
「離せ!」
手を離せと言われつつ既に振り払おうとしていたので、望み通り解放してやる。
自分が何をしようとしていたのか。それを教えるため、マイルスの腰あたりを指さして冷静に指摘した。
「その銃で何をしようとした?」
「っ!」
「感情に任せて殺そうとしたよね?」
視線を上へ下へと動かし動揺するマイルス。そんな彼に一歩。また一歩と近づいて、近づくたびに口を開き指摘した。
「銃は武器にも凶器にも、持ち主の感情で簡単に使い所を間違えてしまうんだよ」
「正論が好きなのか? お前も言いたいことだけ言うのか!?」
一歩後退しつつ、両手の拳に力を込めてこちらを睨むマイルス。
しかし負けじと一歩ずつ近づき、ついに壁の方へと追いやって、両手を壁に貼り付けてマイルスを取り逃がしまいとする。
「な、なんだよ」
「銃は使用者を簡単に犯罪者へと落とす可能性を持っている。今の君がやろうとしたようにね」
「......」
少々強引だったかもしれないが、こうして話すことで少しは冷静になれたようだ。
アンナに言われたことで、何か思い当たることでも思い出したのかハッとなり、目を横へと逸らす。
「......昔。ジジイにも同じこと言われた」
「どうしてそんなことを言ったのか。その理由、考えてみ?」
「.......」
壁に追い込まれたマイルス。視線を落としロウの教えを思い出したお陰で冷静になったように思えたが、小さく舌打ちをするとアンナの両腕を力づくでほどき、足早にギルドから出て行った。
「あっ。......行っちゃった」
ギルドの扉を勢いよくブチ開けて出て行った彼の姿を最後まで見て、何を言えば正解だったのだろうかと思い悩む。
すると、誰かの足音が迫っているのを聞き、その方向へ向けて体ごと向き直る。
こんな状況下でアンナに接触してこようとする人間なんて、一人しかいないだろう。
「他人を諭す。正論をぶつける。悪くはないが、奴には少々薬が効きすぎたかもな」
「......人殺しは良くないから」
アンナとマイルスのやりとりをちゃんと見ていたようで、何を思っているのか分かりづらい表情でこちらにゆっくりと、デリバーが迫ってきていた。
(生きてる年数だけで言うと、ウチの方が年上だし)
外見はとても若く見えるが、精神年齢はちゃんと大人のアンナ。
友人を偉そうに諭すことなんて、昔からことあるごとに兄弟や友人の相談相手をしていたので余裕だ。
つまり、まだ説得できるという自信はあるということだ。
「とりあえずこの場での話を聞こう。とんだ土壇場になっちまったが、やっと先に進めそうだ」
デリバーが両手を組んだまま、クイっと顎で皆が集まる場所を示す。
マイルスのことも気になるが、今はとりあえずギルドの方針に従い、自分たちの行動指針をどうするか表明しなければならない。
ギルドの指示をよく聞くため、話の聞きやすい場所まで移動することに。
「......残ったのはこれだけですね」
どうやらマイルスとアンナが会話している間、さらに人が減ったようで、残ったのはたった数人だけとなっていた。
数人しかいないので、さっきまでとは違いあまり騒ぎ立てる人もおらず、さらに職員さんの姿が簡単に目に見えるところまで行っても人混み特有の息苦しさは感じないほどスカスカになっていた。
(両手で数えるのが早いな。それだけしかギルドに残ってないのか)
たった数人の怖いもの知らずたち。そんな彼らに、職員さんが再び説明を挟んでくれる。
「では、ここにいる皆さんに我々の考えと今後の方針を交えて、色々とお伝えします。まず最初に。皆さんはあえて敵の挑発に乗ってください。それでは説明の方を......」
こうしてギルドの考えや犯人の意図に対する考察。それらを踏まえた作戦などを聞き、説明が済むとその日はギルドを解散することになった。
〜〜〜最後にマイルスと揉めてから数時間が経過している。
今、彼はどこにいるのか。
ギルドから出る直前、職員さんに「マイルスさんのこと。お願いします」と頼まれてしまい、元々彼を放っておくわけにも行かなかったので必死に後を追っているのだが。
「どこに行ったんだ......」
「家にもいなかったな。それにあの感じだと、しばらく家に帰ってないんじゃないのか?」
一度デリバーと二人で、マイルスの家を尋ねてみたのだが、鍵は空いていて中は驚くほどに綺麗だった。
恐る恐る二人で家に侵入し、部屋という部屋を開けて見たのだが、どこもかしこも最後に掃除したきりといった様子だった。
しかも、整理整頓がされている割には埃が舞っていたりと、まるで部屋が手入れされず放置されているように感じた。
「街の中で野宿なんて、そんなの褒められた行為じゃないぞ......」
「奴が精神的に参ってる以上、早く見つけないと後戻りできなくなるか......」
精神的に参っている。その言葉通り、今のマイルスは正常ではないだろう。
身内の死によって日に日に追い詰められ、ロウを殺した犯人への憎悪を募らせ、復讐を急がせている。
今回のギルド内での一件で、彼が今どんな気持ちなのか。そういったことは、ある程度予測することができた。
「早く見つけないと......。あいつ......。多分考えもなく、突っ走ってるし......」
「まあ、銃を片手に持って街を歩いたところで、獲物がそう都合よく見つかる訳ないからな」
二人で小さな一本道を歩きながら、どうしたものかと考える。
時刻は夕方。もうすぐ日没で、夜になると捜査も難航する。
「......どうする?」
「できるところまでやろう。暗くなる前まで探すか」
二人で探す決心はするものの、手がかりも何もない捜索は無意味なものと成り果てるばかりだ。
結局、その日はなんの尻尾も掴めないまま、二人は宿に戻ることにした。




