亡くなった人の代弁者
こんな場所で何をしていたのか。その理由を尋ねると、悔しさで顔を歪めて両手を強く握りしめたマイルス。
「......痕跡なら見つかる。そう思って必死こいて探した。なのに......」
首を横に振って、何も無かったと口にはせず動作だけで伝えてくる。
「心がどっぷりと......沈んでいくんだ。そして抜け出せない。そんな気力も起こらない......どうしようもないんだ」
とても弱々しい声で、プルプルと震える両手で頭を抱える。身内がすぐそばで死んでしまったことへの恐怖か、それとも怒りに震えているのか。そのどちらかだろう。
今の彼には心の支えが無い。ロウの代わりが務まるとは思えないが、少しでも力になってやりたい。
無理やりかもしれないが、「なあ」と呼びかけて思い切った言葉を投げた。
「一人で無茶して、そんで苦しむ姿なんて、ロウは見たくないと思うよ」
「なら......どうすりゃいいんだよ!」
こんなことを言えば怒るだろうと思って言ったことだったが、想像通りマイルスは立ち上がって、見下しつつ怒鳴って反論する。
無責任な発言だっただろう。しかし周りくどいフォローは苦手だ。怒られるのに耐えて、話を進めた方がやりやすい。
「忘れろとは言ってない」と、上から見下ろすマイルスの瞳をじっと見て言う。
「でも考えれば分かるだろ? ロウはマイルスを想って、何年も一緒にいたんだから。今の自分の姿を見て、ロウはどう思うかな?」
これはかつて、身内を無くし悲しんでいた時、家族に言われた言葉だ。
例えばもし仲の良い人が亡くなったとして。深く落ち込み悲しむ姿を目にすると、誰でも「自分のことは気にするな」と一言くらい言いたくなるだろう。
当時は幼かったアンナですら、その言葉の意味は理解できた。
事実、亡くなって別世界で生まれ変わったアンナは、かつての家族に言葉を投げかけるならば「気にするな。前を向いて欲しい」という言葉だけだ。
亡くなった人の思いを理解し、そして代弁できる権利を一般人よりかは持っている。
無論、アンナとマイルスが同じ考えや状況だとは思わない。それでも、あの時言われた言葉を、今度はマイルスに言った。
彼はどのような反応を見せるのか。見上げて様子を伺っていると、嘲笑するように鼻で笑った。
「はっ......まるで経験したかのような言い方だな。その口じゃあ、お前も家族を無くした経験があるんだろ? オレと同じで守れなかったって感じか?」
ロウを守れなかったこと。それと同じなのではないかと、自分を皮肉って嘲笑的に言うマイルス。蔑みの意味合いを含むこの笑みは、何もできなかった自分自身を笑っていたということだろう。
かつての人生。その思い出を脳裏に蘇らせる。
家族。祖父と祖母とは病気が原因で別れた。二人ともかけがえのない存在だった。
そのことを思い返し、「ああ、まあね」とマイルスを真っ直ぐと見て答えた。
「祖父母が亡くなった。病死だったけど、言い方を変えると、何もしてやれず守れなかったとも言えるね」
淡々とかつての思い出を話すアンナの姿を見て、マイルスはどう感じただろうか。再び座り直した彼の瞳をチラリと見るが、虚なままであった。
何を感じてるのか察しづらいが、ありのまま心に従って話し続ける。
「まっ。昔の話さ。確かに当時は色々と後悔したよ。兄弟とも一緒に悲しんだ」
祖父母が亡くなった時の状況を思い返す。
仲の良かった兄弟たち。両親。皆が悲しんでいた。
まだ幼かった頃の記憶だが、心の中に強烈なイメージとして焼き付いている記憶だ。
「ああ、でも......」
しかしそんな家族の皆とは、どう願っても会うことはできないのだ。
言うべきかどうか迷い、一瞬言葉を詰まらせる。
突然口を慎むアンナを不思議に思い、意図を勘くぐるような目で見てくるマイルス。
彼の目から一瞬だけ視線を落とし、小さく深呼吸をしてもう一度向き直った。
「......でも、ウチはもう家族に会えない。絶対に」
そして包み隠さずに伝える。胸の内がキュッと引き締まる思いに耐えて、言葉を口にした。
すると怪訝な様子でマイルスが見つめてくる。それもそうだ。
今の話が身内の死とどうして関係あるのか。どうして二度と会えないのか。そういった疑問が脳裏に浮かんだに違いない。
死して別れた故郷。そこで平穏に生きていると思われる家族。
しかし、アンナにとって家族は別世界の存在。手を伸ばしても届くことは絶対にない。乗り越えることのできない世界の壁の隔たりの向こう。そこに彼らはいる。
その全てを話すとアンナが別世界の人間だと悟られ、話が大きくなりかねないので話すことはない。
なので曖昧な返事をしたのだ。無論、そこにマイルスは首を突っ込んだ。
「......もう会えない。それは絶対か?」
「ああ、絶対に会えない」
「それは、死んでるってことか?」
「まあ......。見方を変えるとそうだからかな」
誤魔化すかのような言い方に、マイルスが眉を寄せて「はぁ......」と困惑する。
これも事実を口にしただけ。意味を変えると、アンナが死んでしまったので二度と会えない。
真の意味では死んでいないが、彼らとの思いはあの時間、あの瞬間に断ち切られ、時が止まってしまった。それは肉体の死による別れだけでなく、記憶や心で感じる絆をも断ち切ること。
つまり言葉を無理やり言い換えると「死んでいる」とアンナは考えている。
確かに寂しい。それに会えないのは辛い。望まれぬ転生。かつてとは違う変わり果てた身。欠けた記憶や人殺しの罪と力。
ありとあらゆる不運や不幸がアンナを襲い、一時期は自暴自棄になって山の中で死と隣合わせの生活を送っていた。
生きるためであったが、それは着実にゆっくりと死に向かっていた。
例え多くの辛い思いを経験しても、それでもその悲しみや怒りなどに押し潰されず、アンナは生きている。
「まあ、会えなくて寂しいけど。もう会えない人々。もし彼らがウチの生き様をどこかで見てたらと思うと、惨めな生き方はしたくないよね」
「っ......」
マイルスが視線を落として言葉に詰まる。今の自分が無謀なことをしようとしていたこと。アンナの言う「惨めな生き方」を今の自分と重ね合わせたのだろうか。
「ジジイ......」
動揺した様子で呟くマイルス。話を聞いて答えることで、気持ちが完全に晴れたわけではなかったが、話す前と比べて少しばかり表情が明るくなったような気がする。
そんな彼に最後の手段として、直接手を差し伸べることに。
具体的に何をしてやるかは決めていない。それでも、一緒に過ごしていれば、心に広がる闇の雲も晴れていくに違いない。
「なあマイルス。少しだけでいい。だから、一緒に......」
自暴自棄になってもいいことは何もない。身を持って経験したからこそ、想像できる苦しみから解放してやりたい。
かつてアンナを救ってくれた、例え本人にそのつもりが無かったとしても、彼と同じように救済の手を伸ばしてやる。そして助ける。
そう信じて、手を伸ばし声をかけたのだが。
「いや......。オレは......」
首を横に振って、アンナの言うことを予測して断るマイルス。
しかし先ほどよりは調子が良くなったように感じる。顔に生気が感じられるからだ。
「そうか......」
断られてしまったのなら仕方がない。無理に攻めるとかえって悪化する可能性もある。
ここから先はどうあれ、彼の心が決めるということなのだろう。アンナができることは終わり、もはや願うことしかできない。
できれば無茶はせず、あの時に襲ってきた敵から身を隠し目立った動きは避けてほしい。
「無茶はしないで。ウチらはあの宿にいるから、何かあったらそこに」
頷く様子はないが、無言の了承と受け取り、マイルスのもとを離れることとした。




