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アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第二章 霧の街のミステリー
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化け物狩り

「獲物が来たのか......。お前、悪いがこっちに来て隠れてくれ」


「は、はいっ」


「こんな時に来るとは間が悪い......が、やるしかないか」


 木が薙ぎ倒される音を聞き、素早く身を隠すハンター。猟銃を体に引き寄せるように持つ。

 アンナも言われた通りに動き、ハンターの隣に隠れてしゃがみ、じっとすることに。


 会話が消えて、聞こえてくるのは限られた音だけになった。

 猟銃の奏でるカチャリという金属の音。それが、場の緊張感を高めていくような気がした。


 加えて、段々と木々を薙ぎ倒し、対象の足音が近づいてくる。

 地面から伝わる振動からして、かなりの大物に違いない。


 これは邪魔しちゃ悪い。そう思い、今まで以上に気配を消してじっとして、事が済むのを待つ。


「......ん?」


 ハンターが隠れていた体を自ら晒し、獲物を仕留めるために猟銃を対象に向けて構える。


 だが獲物の様子を伺っているハンターが、何か違和感を感じたのだろうか。声を漏らしたと思うと、そのまま何も言わなくなった。


(集中してるのかな......)


 そう思って中腰で銃を構えるハンターを見上げると、顔をひきつらせて、歯をガタガタと震わせていた。

 突然の豹変に驚いて、一瞬目を丸くして口を半開きにしたまま呆けてしまう。


「どうし——」


 こちらも呆気に撮られたものの、何を見たのか尋ねる。

 すると「どうした?」と最後の言葉を言い終える前に、大きな影がアンナたちのいる場所を覆ったかと思うと、ハンターの頭が”何か”に覆われた。


「はっ?」


 そしてハンターの頭が覆われたと思うと、突然あたりに赤色の液体が飛び散った。


 何があったのか理解できずその場で固まってしまう。


「は、ハンターさん?」


 血が飛び散る音。耳障りな、咀嚼音。

 聞きたくなくても耳から流れ込んでくる。


 普段と変わらず冷静なら、この時点で気づいていた事実だったが、アンナは理解が遅れてしまった。


 弱々しく声を震わせながら、ハンターの足の服を少しの力で引っ張る。しかし、たった少し引っ張っただけだというのに、ハンターの体が突然倒れた。


 ハンターの体が倒れてビクビクと少し痙攣している。魚が跳ねる映像を見たことあるが、それに引けを取らないくらいだった。


 見たくない。でも、生きているかどうかわからない。

 生死を確認するため、恐る恐る視線をハンターの頭まで運んでいった。


「ひえっ!?」


 そして目撃したものを見て、思わず情けない悲鳴を漏らした。


 ハンターの首から上がなくなっていて、首の断面から勢いよく生々しい血を噴き出していたからだ。

 その異常に気づき、急いで立ち上がって背後を振り返る。


「っ!!」


 そして背後に忍び寄る獣の姿を見て、息が詰まり体が再び固まってしまった。



 全身の体毛がほとんど残っておらず、目は真っ白で焼け死んだ魚のような瞳をしているにも関わらず、目の前の獣は平然とそこに在る。


 ——否。あんなのは獣とはいえない。


 四足歩行型のイノシシのような姿。真っ白に濁った瞳。全身の体毛が抜け落ち、異臭を放っている。

 極め付けにはまるで腐って溶けたのか身をポタポタと落としながら歩いている。



 そんなグロテスクを突き詰めた、目の前のモノを間近で直視し、一体どのような人間が平然でいられるというのだろうか。


 自身を化け物と認識し、悍しい見た目の吸血木と対峙した時や、目の前で爆散した人を見たアンナですら、全身が固まってピクリとも動けないほど呆気に取られていた。


 そんな化け物が、先ほど口にしたハンターの頭部を咀嚼し、そして器用に「ペッ」と彼の身につけていた帽子やゴーグルをアンナの隣に吐き出した。


 そいつを目で追ってしまい、血とよだれ、緑色の肉片が付着したゴーグルと帽子を見て、久しぶりに心の奥底に恐怖を感じた。



 次は自分だ。今動かなければ、得体のしれない化け物に食われてしまう。



 そいつが分かっているのに、体が動いてくれない。金縛りにあったかのように、指先の一つも動かない。


 動こうという意欲すら湧いてこない。全ての流れがあまりに突然で衝撃的なため、頭が回らない。


「あ、あぁ......」


 もはや「あ」の言葉一つしか話せないほど動揺していると、化け物がアンナに向かって、その大きな口を開けてこちらに迫ってきた。


 ——動けない。誰か、助けて欲しい。自分も食われてしまう。


(誰か来てくれっ!)


 いくら願っても誰も助けに来るはずがない。


 そして獣の影がアンナの頭上まで迫ってきた。獣が口を閉じたら、アンナの体はたちまち食われてしまう。


「だ、誰か......」


「何やってる!?」



 あと一歩で完全に手遅れだった。


 だがそんな時、マイルスがアンナに飛びかかり、すんでのところで抱き抱え、地面にゴロゴロと転がりながら化け物の捕食から助けてくれた。


「しっかりしろ!! どこ見てる!」


「うっ!」


 助けられても焦点があっていないアンナの頬をバシッと叩き、正気に戻させてくれるマイルス。


 叩かれたことでアンナも少し冷静になる。恐怖を感じてはいるが、瞬時にスイッチが入った。


 戦わなければ生き残れない。それを理解する。

 急いで起き上がって、突如現れた化け物に目を向けて立ち上がる。


「何があった?」


「急にアレが現れて、ハンターが......」


 マイルスがハンターの死体と化け物を見て「手遅れだったか......」と悔やむ。


 それにしてもどうして戻ってきてくれたのか。そのことを聞くと「お前がついてきてないのに気づいて戻ったら、この有様だ」と、既に片手にハンドガンを構えて武装しているマイルスが答えた。


「あ、ありがとう」


「礼はいい! 今、ジジイが狙撃ポイントにいる。あの化け物の弱点を炙って、ぶっ殺すぞ!」


「りょ、了解!」


 アンナも片手にナイフを持って構える。

 そしてマイルスが「行くぞ!」と合図をくれて、一緒に化け物に向かって駆け出した。


 〜〜〜戦闘開始から数分後。


 突然現れてハンターを捕食したから、勝手に素早いと思い込んでいたが、実際に戦ってみて、動きが遅いという事がわかった。


 動きが遅いので簡単に見切ってかわせる。以前戦った吸血木の方が狡猾で、頭を使っていたのに対し、目の前のイノシシの化け物は単調な動きしかしない。


 例えば正面に向かっての頭突きや頭の振り上げ。顔での薙ぎ払い。これら全ての動作が遅かった。

 その攻撃動作を見切って、アンナはカウンターの一撃を何度も繰り返し、マイルスは一定の距離を保って魔術を数回行使する。


 そうして何度も繰り返すうちに化け物の動きが遅くなり、そして完全に動きが止まった。


 マイルスが「やったか!?」と化け物の様子を観察する。見たところ動きが止まっており、倒したと願いたいが。


「......いや、まだだ」


「再生するのか......」


 動きが止まったかと思えば、体が即座に再生を始めた。

 散らばった肉片が(あるじ)の元へ集まっていき、再びイノシシの形を留める。


 あれは生物なのだろうか。とてもそうとは信じ難い。

 というより今のような再生ぶりや、白く濁った生気の感じられない瞳。学習能力を感じられない、単調な攻撃動作の繰り返し。


 ハンターを捕食したが、捕食行為に意味があるとは思えない。もし捕食でエネルギーを得る「生物」ならば、あのような生気を失った目はしないうえ、そもそもバラバラになった肉片から再生などするはずがない。


 そして本能で生きているようにも感じられない。


 よってこれらの事から、アンナにとって目の前の化け物は生物ではなく、「生に対する冒涜」を具現化した存在であると感じた。


「......何が面白くてこんなモノを」


 怒りで拳を握る手が震える。最初は恐怖を感じていたというのに、冷静に物事を考えていくうちに、なぜハンターが死ぬ必要があったのかに対する怒りや目の前の化け物の在り方に怒りが煮えたぎってくる。


 また、恐怖で一瞬でもすくみ上がった自分が心底情けなく思えてしまう。

 怒りの矛先は、敵と自分。その二つだ。


「アンナ! ジジイのとこに行って作戦を立て直すぞ!」


「ああ!」


 必ず仕留める。だが現状はそれができない。

 まずは作戦が必要だ。


 戦略的撤退を選んだアンナたち。化け物が完全に再生するよりも早く、二人は戦線を離脱し、隠れているロウの元へと駆け寄った。

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