単純な依頼をこなす意味
「おっすアンナ!」
「お、おっす。おはよう」
管理人さんに案内されるがまま、一階の受付付近にやってきたのだが、そこではなんと昨日行動をともにしたマイルスがいた。
お互い朝一の挨拶を交わした後、マイルスが「今日の依頼はどうすんだ?」と当たり前のように聞いてくる。
「ちょ、ちょっと待って」と一旦状況を整理するため、マイルスを両手で制止させるように手を伸ばす。
「ど、どうしてここに?」
「昨日教えてくれただろ」
「じゃ、じゃあなんでウチと一緒に依頼を?」
「なんでって......」と本気で何を言っているかわからないようで、戸惑うマイルス。
さも当たり前のように「昨日一緒に組んだじゃねえか。だから来た」と言う。
もしかするとこの世界では、一度パーティーを組んでミッションをこなすと、しばらく行動をともにするのがセオリーなのだろうか。
真実はさておき、デリバーが言っていたことを思い出す。
この街で依頼をするなら、一人でもいいし仲間を作ってもいいとのことだった。
せっかくの機会だ。別に悪いことではないし、一人で黙々とやるよりは楽しいかも知れない。
「......なんでもない。ごめん。ウチが悪かった」
「そうか? まあ細かいことはいい。そんでどうする?」
何気なく聞いてくるマイルス。
アンナは近くのテーブルに移動し、そこで地図を広げてマイルスを手招きして呼び寄せた。
そして地図を指差して「床屋の場所を教えて」と伝えた。
「アンナちゃん。この街は初めてかい?」
「ええ、初めてです」
「今は物騒だけど、そんな時こそ肝っ玉が据わってないとネ!」
「あはは......」
連れてこられた床屋。そこの店長さんに切ってもらうことにしたのだが。
「.......それって穴開けてるんですか?」
「ええもちろん!」
耳や唇の下。鼻などに沢山ピアスをつけた、ちょっとオネエ口調の奇抜なスタイルの店長さんで、一緒にいると生気が吸われそうなほど濃い人柄をしている。
事実、少し会話しただけで疲れてしまった。
そのまま会話を続けていき、三十分未満でカットが終わる。
濃厚で温和な人柄に反して、散髪の手捌きがスピーディで細やかだたために、意外と早く終わった。
見た目は奇抜だが優しい、しかし仕事は素早く性格。ホットとクールな面を両立している方だ。
散髪が終わって、あらかじめ待ち合わせしていた場所に行くと、ベンチで日光浴をしているマイルスと再会する。
「......おお! イメージがガラッと変わったぞ!」
「そ、そうか?」
「おう! 前と比べていささか爽やかになったな!」
「爽やかか......。褒め言葉、どうも」
「ああ!」
ボブカットになったアンナを見て褒めまくるマイルス。
髪を短くすると、長くて重かった髪が一気に軽くなり、しかも癖毛だったのか先っちょが勝手にくるんと回ってしまっていた。
最初は「癖強......」と不安だったのだが、マイルスに褒められたことで少々自信がつく。
「さてと!」
ベンチから立ち上がって、「ギルドに行くか!」と宣言するマイルス。
そのまま二人でギルドに向かい、適当な依頼を受けることとした。
本日はロウがお休みらしく、家でぐったり寝ているらしい。
「冒険者に休息日ってあるの?」
「いや、オフの日は自分で作るんだ。今日がその日だっただけ」
「そうなんだ(まさかの有給システムか)」
自分で好きな時間に仕事を入れられる。有給システムの職場、もしくはバイトみたいだなと感じつつ、クエストボードの依頼の紙をじっくりと眺める。
「どれがいい?」と聞かれても、それは「今日の夕飯何がいい?」と言われて「なんでもいい」と言うような感じで、うまいこと返答できない。
なので黙り込んで真剣にクエストボードを睨んでいたのだが。
「ならこれでいいか?」と、ボードの紙を適当に指さすマイルス。
何かを言う前に勝手にむしりとり、「これで行くぞ!」と言って受注しに行ってしまった。
数分後。手続きが完了し、本日の依頼をこなすため目的地へと向かった。
〜〜〜そして目的地にて。
依頼内容は「周辺の治安維持」だ。
依頼した人によると「例のものが腐る現象が起こってるかもしれない」と言うことだが。
「なんてことないように見えるけど」
街の左下。中心部に近くスラム街というわけでもない。
いつも通り、ただの街となんら変わらなかった。
「そうだな」と何も不満がないのか、平然と返事するマイルス。
そうしてギルドに戻って報告を完了し、次も同じような依頼を受ける。
そしてそいつも終えて、また次の依頼。それを数回繰り返し、あっという間に夜になる。
〜〜〜その日の夜。最後の依頼について報告を終えて、帰路にしたがって街を歩く二人。
「今日は歩いたな〜!」
両足をパンと叩くマイルス。
彼の横顔を尻目に見つつ、無言で歩き続けて、宿の前に辿り着いた。
そこで「じゃあな。また明日!」と言って別れようとするが、やはり妙な違和感が拭えず、思っていたことを素直に問いただした。
「どうしてあんな単純な依頼ばっかり受けたんだ?」
「?」
一瞬不思議に思ったようで首を少し傾げるも、「ああ、なるほど!」と何かに納得したようで、ニィと明るい笑みを浮かべて当たり前のように答えた。
「この街がどんどん暗くなっていくってなら、その不安を少しでも、オレたち芯の強い人間が動いて和らげるだけだ!」
「つまり......。街の皆のために?」
「おうよ!」と力強く頷き、自分の胸を叩くマイルス。
「それじゃあまた明日!」
そう言って今度こそ別れた。
段々と見えなくなる彼の背中を目で追って考える。
自分の身を削ってまで、それでもこの状況をどうにかしたいと願っている。
例えそれが小さな力でも、それでも構わないと思い行動しているのだろうか。
(街や住民に愛を持ってないとできない芸当だな)
素直に感心しつつ、しかしだからこそ不安になる。
もし、仮にその愛を覆す何かが起こってしまったら。
小さな出来事一つで、人間の持つ動機はすぐに移り変わってしまう。
「......むっずかしいなぁ」
今はお得意の哲学的なり人間観なりの考えは必要ない。考えるだけ無駄だ。
アンナは思考を振り払って、宿の部屋に戻って一日を終えた。




