集落での飯・悪酔い
どの旅人よりも一番早く集落「ミストヒル・ビレッジ」にやってきたアンナたち。
時刻が夜に向かうにつれて、色々な人間が訪れてきた。
そして皆が宿に来て、到着早々一杯飲み始める人たちもいた。
そうして賑やかな雰囲気に包まれていく中、アンナとデリバーは自室でトランプを使ったカードゲームをやって過ごしていた。
「......負けました」
「よっし、これで連勝! 通算はこっちの勝ちだ。アンナお前、カードゲーム系がどれも苦手なんだな」
目の前でわしゃわしゃに散っているカードを集め直し、ケースに戻しながら、デリバーのことを悔しそうに見つめるアンナ。
デリバーはその顔を見て、わざとらしく挑発するような笑みを浮かべる。
「なんでこんな、ウチに風が向かないんだ......」
「ハハっ、偶然運が悪いのが重なっただけだ。運だって実力の内、今回は俺がついていたな。さてと......」
カードゲームも終わり、夕飯の時間になってきた。
デリバーが立ち上がって、財布などを持って準備をする。この宿にある小さな食堂で晩飯をいただくためだ。
「お前も来るか?」
「そうだなぁ......。適当に野菜でもいただくよ」
アンナもバッグから財布を取り出し、入れ違いにさっき片付けたカードを入れる。
そして二人で食堂へと訪れた。
小さな食堂。だというのに、数多くの旅人で埋め尽くされていた。
しかも派手に酔っている人もいて、時々お酒の強い臭いが漂ってくる。
「すっごいね......」
「移動中は我慢に我慢だからな。ここで羽目を外す奴は多い。気持ちはよくわかるぞ」
色々な人。例えば、お酒を飲んで酔ったと思われる男を、二人がかりで抑え込み、着席させる人たち。
一人で静かにお酒を飲み、騒がしい連中を遠目に見て雰囲気を楽しむ人たち。
二人組で静かにお酒を飲む人たちなど、さまざまだ。
「よっと」
二人で窓辺の席に座り、外の集落を見ながら何を食べようか話し合って考える。
手作りの年代を感じるメニューを開き、見たことない料理から見覚えのあるものまで様々なのがあった。
「塩ダレキャベツもあるのか......。枝豆みたいなのもある......」
「この肉料理を一つ頼むか。それと、お前が今言ったやつ二つも食うぞ。酒は?」
「この場に居て飲まないのはありえないでしょ。このビールをいただくよ」
周りがお酒を飲んで楽しそうにしているというのに、耐えられるわけがない。飲むに決まっている。
場の空気に流されて、なんだかソワソワしているアンナ。それを見て「だな!」と共感するように笑って、デリバーも自分がいただくお酒を選んだ。
本日食べるものを注文するため、早速彼は手を挙げる。
するとさっき見た老人のおばさんではなく、まだ若い女性がやってきた。
見た目は十代くらいで、例えるなら高校生のアルバイトみたいな雰囲気の人だ。一丁前にエプロンを着て三角巾を被り、伝票を携えて「ただいま参りました!」と元気よくやって来た。
胸に付けたバッジを見ると、名前と一緒に「バイトです!」とわざわざ主張していた。なんか可愛らしい子だ。
「この三つを頼む」
「かしこまりました!」
手慣れた手つきで厨房と思われる場所に戻っていく女の子。
奥をよくよく観察してみると、さっきのおばあさんが料理を作り、その他にも小さな男の子がおばあさんの手伝いをしている。
家族なのか、違うのか。そこまで察することはできないが、どうやら上手く支え合っているらしい。
「こういう人知れない小さな集落でも、いいところはある。捨てがたい世の中だろ?」
「うん。これを見てると、なんていうか......。気持ちが軽くなれるよ」
人口も少なく、当初は色々と不安があったこの集落。
それでもなんとか生き延びて、そしてその毎日に不満を持たず満足している。
今日、集落を歩いて人と触れ合って、わずかだがはっきりと感じることができた。
「お待たせしました!こちらをどうぞ!」
さっきの若い女の子が注文したものをテーブルに並べ、受け取る。
「むむ! お嬢さんまだ若いのに、ビールとはやりますね!」
「見た目ほど若くはありませんよ」
ビールを受け取り、女の子に「ありがとう」と微笑んで、礼をする。本心からのスマイルだと、無意識に出ることがある。逆に繕った偽の笑顔はぎこちなくなる。
そしてアンナの本心からのスマイルを見た女の子は、一瞬呆気に取られた後、即座に気を取り直して。
「なんと素敵なスマイル! こちらこそありがとうございます!」
そう言って、慌ただしい様子で去っていった。
(今の間はなんだったんだろ......)
不自然な間があったなと思いつつ、ジョッキを持ってこちらを見るデリバー。
彼の意図を汲み取って、アンナもビールを持ち「乾杯!」と二人でジョッキをぶつけて、ガラスがぶつかる良い音を鳴らした。
食事が終わり、あとは眠るだけ。お酒を飲んだ影響で普段ならすぐに寝てしまうアンナだったが、今回は違った。
「うう......」
「お、おい。大丈夫か?」
飲みすぎて吐き気に見舞われているというやつだ。
デリバーに担がれて部屋まで戻ったはいいが、この集落には酔いに効く薬がない。
よって、アンナはクッションを枕にして、固い床の上で横になっているのが現状だ。
調子に乗ってしまった。最初の一杯を飲んだときは「まだいける!」とかほざいていたのだが、この体の限界を知らなかったせいか、めでたく悪酔いしてしまった。
こうして食事も終えてしばらくすると、見事に吐き気に襲われ始めたのである。
デリバーとアルバイトの女の子に支えられ、部屋まで戻ってきて今に至る。
「呼吸が荒いですね......」
「すまん、俺が止めておくべきだった!」
バイトの女の子がわざわざ面倒を見てくれている。その傍には心配そうにアンナを見守るデリバー。
二人の顔を見て「だ、大丈......ぶ。......ら、らないかも......」と呂律が回らないまま返答する。
目を開くと視界で酔いそうになり、逆に閉じると暗闇の中にいる気がして気持ち悪くなる。
もはや目を動かすのもしんどい中、かんばって耐える。酔いが覚めるまで、そして自然と眠るまで。
隣の二人も必死に助けてくれる。申し訳ないほどに。
そしてたった数分後。
少し体勢を動かしたことが仇となったのか、アンナはこの世界にやってきて初めて、うぇうぇと呻きながら盛大に吐いてしまった。




