貧血気味・帰宅
(流石にまだ寝てるか......)
ネイさんの家に帰宅して、鍵を使ってこっそり玄関の扉を開ける。
扉を開けて中に入っても、誰の気配も感じない。
つまり二人とも、まだ寝ていることだ。それを確認しつつ、起こさないように忍び足で家の中を移動する。
「さて......」
どうしたものかと、着ている服を見ながら考える。
裁縫すればなんとかなりそうだが、さりとてそんな技術はアンナにはない。
数少ない私服がとことんダメになってしまい、直したい気持ちはある。
しかし技術的に無理なので、やはり捨てるべきかとも悩む。
(......とりあえず一風呂浴びるか)
服についてはネイさんにどうするか相談して、処分してくれるなら遠慮なく頼もうと思いつつ。
まずは体を洗うため、忍び足でバスルームに向かった。
脱衣所で服を全て脱ぎ、目立たない片隅に置いておく。
お風呂にお湯は溜まっていない。
本当は少しくらい贅沢しようと考えていたが、お湯を溜めるにはそれなりに時間がいる。
それに人様の家で勝手に湯を沸かすと迷惑かもしれない。
色々と考えて「仕方ない」と割り切り、シャワーの蛇口をひねる。
水がお湯になったのを確認して、シャワーヘッドを持って全身を洗い流す。
「痛っ......」
まるで全身の日焼け跡に水が染みて痛いように、先の戦闘で貫かれた部分が少し痛む。
やはり、血を吸われたのはまずかっただろうか。
「......」
思えばお湯を浴びてから少しクラクラする。単なる貧血かもしれない。
少し落ち着くために、シャワーのお湯を止めて、バスチェアの上に座り頭を両手で支える。
(......こんな顔してたんだ)
頭をあげて鏡に映る自分の顔。なんだか疲れた表情をしているように感じる。
こんな顔見せたらまた心配される。少し繕ってみよう。
そう思い、口角をニンマリと上げてみる。
「......にぃ〜」
まるで表情筋が死んでいるかの如く、上手く笑顔が作れない。
「あれ?」と思いつつ、何度か試しに色々と表情を繕う。
しかし何度やっても、意図的に表情を作ることが上手くいかない。
(もしかしてずっと仏頂面だったのか?)
まさか笑顔一つすら真面目にできないとは。
今まで状況に応じて普通に表情に出していたと思っていたので、ここまで不器用だと気づけなかった。
体に心が馴染んでいないのか。少なくとも、生前はポーカーフェイスの一つや二つなんてことなかった。
「......何してんだろ」
人様のお風呂で表情を変える練習をし、その出来の悪さに落胆する。その姿を他人が見たら「なんだこいつ」と思うだろう。アンナも内心そう思っている。
「さっさとあがっちゃうかぁ」
バスチェアに座ったまま、髪の毛や体を隈なく洗った。
「あれ。アンナちゃん、お風呂に入ってたの?」
「すいません、借りました」
髪の毛を乾かすのに時間がかかり、その間にネイさんが起きてきたようだ。
洗面台でばったり遭遇してしまい、先程の会話になった。
どうして朝から入浴しているのか。歯ブラシを持ったまま、明らかに不思議に思っているネイさん。
仕方ないので、ここは正直に打ち明けることにした。
洗面台の隣。脱衣所のすぐ近くの片隅に放置された、ボロボロの私服を指さす。
それを見たネイさんが持っていた歯ブラシを落として、急激に青ざめた表情に移り変わる。
「戦闘になりました。申し訳ないです」
「だ、大丈夫だった!? 怪我はない!? 呑気に寝ててごめんっ!」
ネイさんは慌ててアンナの体の具合を心配し、どこか不審な部分が無いか目で見てチェックする。
「大丈夫」と言おうと声を発しかけたのと同時に、ネイさんが「ちょ、血が抜かれてるよ!?」と言って、急いで何かを取りに行った。
一眼見ただけで怪我の具合がわかることはもちろん、勝手に怪我したアンナを気遣ってくれて、色々と頭が上がらない。
しばらく時間をかけて、ネイさんが小さな丸薬と水を持ってきてくれた。
「これ飲んで、少し横になってて」と言われ、深紅のエアガンの弾くらいの大きさの薬を飲む。
味はない。どうってことないなと思って、リビングのソファに向かうと、じわじわと体の奥から何かが込み上げてきた。
「あ、熱い......」
「数時間は横になってなさい。これは体の失った血を無理やり増やす薬。副作用は問答無用の発熱よ」
発熱。ネイさんの言った通り、どんどん体の体温が上っていく。
この感じはインフルエンザのときと同じ。恐らく三十八度は出ている。
「数時間の辛抱ね。出発の準備はデリバーに任せなさい」
「は、はい......」
一息ついて、冷蔵庫の中を漁るネイさん。朝食の準備だろうか。
横になっている間は暇だ。その姿を何も考えず目で追いながら、アンナは熱にうなされていた。
「おはよぉ......」
「デリバー! ちょっとお話があります!」
起きて間もないデリバーの腕を引っ張り、アンナの目の前まで連れてくる。
熱で「ううぅ」とうめき声をあげて横になるアンナを見て、デリバーが目を丸くして「どうした!?」と聞いてきた。
二人が揃ったので、熱の辛さに耐えながらも今まで何があったか説明。
戦利品として、敵の体の一部を取ってきたといい、玄関の隣に置いてあると伝えた。
「これか?」
デリバーが持ってきた枝を見て「うん......」と弱々しい声で返事する。
その枝をネイさんと二人で見つめているが、二人とも「んん?」と何もわからない様子だ。
「どう見てもただの枝だな」
「そんな危ない生物がいたとしたら、とっくに目撃情報や噂くらい流れてても......」
デリバーはともかく、この街に住んでいるネイさんまで知らないとは。
こうなっては議論しても仕方ない。
枝を見つめる二人も同じ結論に至ったようで、ネイさんが枝を持って、棚の空き瓶の中に締まった。
「これはギルドや知り合いに見てもらうわ。こちらで調査しておく」
「ああ頼む」
一旦話が片付いた、というところで。
デリバーがしゃがんで、ソファで寝込むアンナの目線に合わせた。
何をするのかと思えば、頭をデコピンして「馬鹿ヤロー」とどつく。
「いてっ」
「無茶するところも俺と似てるな。全く......」
過去の自分の姿と重ね合わせているのか、ため息を吐きつつ、アンナの頭を優しく撫でて。
「でも、よく頑張った。危険から身を張って子供達を守る。その行動力は立派だぞ」
「まあ......うん(暑くて頭がぼーっとしてるけど......なんか、嬉しい感じがする)」
いつも嬉しい時に見せてくれる明るい笑顔で、アンナを褒めてくれた。
そんな素直に褒められても、一応は成人してそれなりに経っている。
個人的には「何を今更、褒めても何も出てこないぞ」と思っていたが、デリバーの屈託のない笑顔を見ていて、自然と嬉しい気持ちになったていたのだった。




