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アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第一章 旅の幕開け
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何をしたいのか・その目標

 風呂から上がり、上半身はラフなタンクトップシャツ。下半身はジャージのような長ズボンを履いて、食材を買って帰ってきたデリバーが鍋の用意を終えるのを待つ。


「寒くないの? その格好」


「むしろ暑いくらいです。お風呂上がりですし、ウチはちょっと体質がアレなので......」


 家の中ですら着込んでいるネイさんとは対照的な格好のアンナ。

 体質的に温度にあまり敏感ではないのと、お風呂に入っていた影響で体温が高くなっていたために、今はどれだけ薄着でも暑い。


(なんか変温動物みたいだなぁ。......爬虫類なのか、ウチは? だとしたら卵生じゃん、ははっ)


 自分で自分のことが分からない。これがかなり奇妙なことなので、自問自答を繰り返してバカらしく思えてしまい、無意識に鼻で笑う。


 風呂上がりのせいか、思考が正常ではない。少しモヤモヤした感じがする。

 暇な時間ということでもあり、ソファでぼーっとしながらしばらく待って時間を潰す。


「さて。鍋の用意はできたぜ」


 そして待っているといつの間にか準備も終わり、デリバーが具材の入った鍋を持ってきてくれた。

 持ってきた鍋を食卓の上に置き、アンナ、デリバー、ネイの三人で鍋を囲むように座る。まるで家族のような感じで奇妙に感じる。


 それぞれが椅子に座ったまま、皆で「いただきます」の挨拶をした。


(この挨拶ってここでも通用するんだな)


 今まで当たり前のように使われていたので、気付くのに遅れてしまったが、この世界でもいただきますの言葉は使われている。


 やはり誰かがジャパニーズカルチャーを持ち込んできたと言うことだろう。

 そして今、アンナの目の前では野菜や肉が鍋の中で煮込まれている。これもどこからどう見ても、日本の固有文化だ。


(文化も転生してるって考えていいな)


「んじゃ取り分けるぞ」


 デリバーが鍋を一人一人の器に取り分け、各々自分のペースで食べ始める。

 なんとなくだが、鍋ならこの体でもそれなりに食べられそうな予感がする。あくまで予感がするだけで、実際は違うと思うが。


(これってポン酢か?)


 ポン酢のような液体が入った容器を手に取り、そいつをかけて食べてみる。

 味はまんまポン酢だった。


(ポン酢もあるのか......)


 他にも薬味が一通り揃っている。刻みネギも見受けられるので、そいつをいただいた。


「それでアンナちゃん。今日の初仕事の感想は?」

「むっ」


 ネイさんが興味津々と言った様子で、持っている箸で円を描くようにくるくるさせて聞いてきた。

 口の中の野菜を飲み込んで、なんて言おうか考える。


「ん〜〜」


 色々とインパクトが強かったが、まず思ったのは。


「今度からは怪我しないようにします」


 首を斬られて、普通の人間なら死ぬような事態は避けたい。ある意味当たり前のことだった。


 怪我したら痛い上、仲間に心配かけてしまう。それに自分自身、大怪我を負って暴走する可能性は避けなければならない。

 といったことを考えながら首元を押さえていると、ネイさんが「そりゃそうねぇ」と若干苦笑いしつつ呟いた。

 こちらも小さく「あはは......」と苦笑する。


「これから徐々に戦闘経験を積んで、そして強くならなきゃね」


「はい。頑張ります」


 アンナの力強い返答に、ネイさんは何も言わずにただ微笑む。

 その顔もなんだかデリバーと似ており、見ていると安心する。


「ああそうだ。アンナ。言わなきゃならんことがある」


 今まで食べながら聞いていただけのデリバー。何を話しだすのかと思えば、あまりに突然のことで驚いてしまった。


「早速だが、明後日出発する」

「えっ!?」


 まだこの街に来て一週間も経っていない。それなのにどうしてもう出るのか。

 困ったアンナの顔を見てニィと笑みを浮かべ、「もう準備はできたからな。早速旅だぜ」と言ってきた。

 とはいえその理由には納得してない。


 それにまだ夜の街を探索すら、二回くらいしかやっていない。もう少しこの街を歩いてみたかったのだが。


「早くない?」


「長いする必要がないから当然だろ。やり残したことでもあんのか?」


「う、うん」


「なあに、明日の夜がある。前に夜の旅をしたいって言ってたな。今度は一人で、好きなとこ行ってみな」


「一人で......」


「今日の戦いをこっそり見てたんだが、あれくらい動けるなら襲われても大丈夫だ」


 なぜ襲われること前提なのかわからないが、とにかく明日の夜は一人で動いても文句なしのようだ。

 特にアテもないが、ひたすら歩き続けることで何か見つかるかもしれない。


 明日は夜の街を歩き続ける。単純だが、そいつをやってみたいと思った。


「アンナちゃん。まだ食べる?」


「あ〜。いや、いいです。なんかもうお腹いっぱいみたいです」


「そう......。すぐにお腹いっぱいになるって、なんだか辛いわねぇ」


 ネイさんが自分のことのように落ち込む。確かに、すぐに食べられなくなるのは色々と辛い。

 だがこの体質のおかげで、森でのサバイバルも苦労せずに済んだ。

 良い面も悪い面も両立している。そんなもんだ。


「良いところも悪いところもあるけど、それでもウチはウチです。仕方ないって受け入れてます」


「良いとこ悪いとこかぁ」


 鍋の中にあった野菜も肉も、流石に三人で食べているとすぐに消えていった。


 追加で少しだけ加えて、ネイとデリバーの二人で食しているのを、アンナは黙って見て話を聞くことに徹した。


 色々な雑談。他愛もない、日常にありふれた会話だ。


 家族とはこんな感じだったのだろうか。デリバーとはあって数日、ネイさんに至ってはそれより短いはずなのに、二人はもはや大切な家族同然の存在である。


 そしてそれを自覚すると同時に、前世の自分が段々と霞んでいくような感じがする。

 大切なことを記憶するたびに、大切だった記憶が薄れていく。人間はそうやって慣れていく生き物でもあるが、今はそれが嬉しくて悲しくもある。


(......胸の奥が痛い)


 かつてこんな感じで苦しんだような、思い出せそうで思い出せない何かが、振り払えない苦痛となって胸の奥を襲う。


「アンナ? 食べすぎたか?」


「......そうかも。ちょっとソファで休むよ」


 二人には申し訳ないが、席を立ってこの場を離れた。

 ソファに深く座りこみ、徐々にゆっくりと横になっていく。


 正面にあるテーブルに乗っている、小さな立て鏡。ネイさんの身支度用のものだろうか。

 その鏡に映る自分の姿を見て、ゆっくりと見回した。


(青い髪。それに青空のような瞳。ウチってこんな顔だったんだ)


 今までじっくり自分の顔を見てこなかったので、鏡越しに見る自分の姿に変な感じがした。

 この姿はもう以前の自分とは違う。腕も違う。性格もなんだか緩くなった。性別にも頓着が無くなった。


「本当に生まれ変わったんだなぁ」


 自分を見つめ直す時間が少しでも確保できたことで、改めて自覚することができた。

 今日出会った男も、自分を見つめ直していたら何か変わっていたのではないだろうか。

 そんなことを思うと、奴が放った言葉が頭の中で甦る。


「俺は人生ってのに絶望しててなぁ。どうして我が身を削って、この腐った世界に注がなきゃならんのか理解できねぇ」

「数多の流血で世界が作られる!」


 奴は傍若無人に振る舞っていたように見えて、世界の本質を捉えていた。

 恐らくこの世界にも、どうにもならない争いは存在し、その度に血が流れている。


 結局、人間が人間である以上、争いは避けられない。一時(いっとき)の間、平和を享受することができても、数年としないうちに利己的な権力者が現れ、世界は均衡を失っていく。


 前世では人類史は数千年以上続いていた。しかし、絶え間ない争いが繰り広げられていた。

 人類の歴史とは争いの歴史だ。人類が存在する限り、恐らくこの先も続くだろう。


(人類......。どこまでが人類で、どこからそうじゃなくなるんだろ......)


 アンナは化け物だと自覚している。既に人間をこの手で殺めて、にもかかわらずのうのうと生きている。


 この世界にも、アンナと同じような存在がいるのだろうか。前の世界では、力を持った偉人や歴史に名を残す天才が数多くいた。


 こちらの世界の歴史はわからない。偉人と呼べる人たちはいたのか。争いはどれくらいの頻度で繰り返されているのか。

 詳しいことはわからない。しかし知性を持つ人間である限り、前の世界とそう大差ないのかもしれない。


 ならばどう生きるか。アンナもあの男と同じように、やりたいことをやって生きるべきなのだろう。

 小さな目標は一時的に定めたとしても、大きな目標を探すのは難しい。


(そういえば、デリバーたちって何を目標に生きてるんだ?)


 今まで気にしてなかったが、彼らの胸の内を詳しく探ったことはあまりなかった。

 もう少しでネイさんとも別れる日が来る。その前に、彼女が何を思って生きているか気になり、聞いてみたい。

 また二人になれる時間が欲しい。


(......アレでいくか)


 そのためにはしばらく時間を置く必要がある。

 アンナは食卓の方に耳を傾けながら、その時が来るまで待つことにした。

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