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恵まれた私

 こうして、私とリョンは結婚することになった。しかし、気持ちとしては後悔はないが、人に言うのは気恥ずかしい。

 なんせリョンが小さなころ、それこそ着替えを手伝ってやっても問題ないくらいのころから保護者面してきたのだ。なのに、大きくなったら嫁さんにするとか、なんだそれ恥ずかしすぎるだろう。いやもちろん、親子ごっこの方が恥ずかしいが、それはもう知られたら首をくくるレベルなので別として。


 しかし誰にも言わず、なんてできるはずもなく、とりあえず一番言うのが恥ずかしく、むしろ心苦しいまである、ヨータに言うことにした。ヨータを昼食に招待した。

 新婚の彼を休日に呼び出すのは心苦しかったが、ヨータは喜んで来てくれた。


「実は、リョンと結婚しようと思いまして」

「あ、やっと? おめでとうございます!」


 食事も終わりかけ、ここで気まずくなっても空腹で帰すことにはならないあたりでそう切り出すと、ヨータは全く驚くそぶりも見せずに笑顔で祝福した。

 そのあまりのあっさりした態度に、こちらが面食らってしまう。


「んん? やっと、とは。何か気付いていたのですか?」

「え、まあ、姉ちゃん前から、お師匠様の部屋に夜行ってたし。いつ責任取るのかなって思ってたけど」

「そ! そういうのでは、ないですが、まあ、はい。そういうことです」


 責任取るようなことはしていなかったが、ある意味それ以上のことをしていたのでそう誤魔化す。


「どういうことだよ。まあ、姉ちゃん昔からお師匠様大好きだし、俺としても、二人が結婚するのは嬉しいです」

「嬉しい、ですか」

「そうですよ。だって、お師匠様が、俺の兄貴になって、本当の家族になるってことじゃないですか!」


 その思ってもみなかった言葉に、私の胸は喜びで高鳴った。そうか。そう言うことでもあるのか。

 家族同然に思っていたが、それでも、本当に家族になるのか。血がつながっていなくても、なれるのか。


「そう、ですね。これからもよろしくお願いしますね、弟」

「こちらこそ、よろしくな、兄貴!」


 ヨータの後押しで、私はもう誰に何を言われたとして、堂々と胸をはってリョンと結婚しようと思った。


「……お師匠様。なんか、ヨータのこと好きすぎじゃないですか?」

「え、なんですか、急に」


 ヨータが帰ってから片づけをしていると、リョンがジト目でそう言ってきた。


「だって、ヨータに家族って言われてめちゃくちゃ嬉しそうにしてたじゃないですか。妬けちゃうなー」

「嬉しいから、仕方ないでしょう。妬かなくても、リョンが一番ですよ」

「……ふふ! ねぇ、ほし。こっち来て。ぎゅっとして。あと、二人きりの時は、夜じゃなくてもそろそろ、敬語やめてくださいよ」

「……ああ、そうだね」


 子供でも聖人でもなく、私は私として、リョンを抱きしめた。

 まだ慣れない。昔の言葉遣いとも違う。乱暴ではなく、敬語でもない、甘えすぎない、普通の言葉遣い。別に変える意味なんてないのかもしれない。リョンは私の話し方に、何も言わない。

 だけど子供のままでは子供っぽすぎるし、聖人のままでは他人行儀すぎるから。少しだけ、近くでいられる距離を探している。


「ふふ、ほし、可愛い」

「……リョンこそ、敬語だったり、そうじゃなかったり、安定しないね」

「私はいいんです。だって、ほしは可愛い子供で、尊敬するお師匠様で、そして愛しい旦那様なんですから」


 この幸せを、何と言おう。この世界に来たとき、私は想像もしていなかった。

 幸せになりたくて、聖人を目指した。恵まれたのだからと、我慢したり無理をしたりした。


 今はわかる。確かに、私は恵まれてなんかいなかった。前ほどの無限の体力もなくなり、今はもう、それでも異常な力だが、飛べるとは言えないほどだ。だが、今の方が、よっぽど恵まれていると確信できる。


「……リョン、私と出会ってくれてありがとう」

「ふふ。何ですか、急に。それは、私のセリフですよ。ほしが、私と出会い、拾い、育ててくれた。だから私は、何も困らなかった。ほしがいたから、私は全てに恵まれた人生を送ってこれました。これからは、一緒に、恵まれた幸せな人生を送りましょう」

「……ああ。そうしよう」


 私に恵まれたと言うリョンが、私に返してくれる。私はリョンに恵まれた。恵みと言うのは、一方的なものではないのだ。天から一方的に与えられたものが大事なのではない。

 人から与えられ、人に与える。そんな、目にも見えなくて不確かで、だけどどうしようもなく求めてしまう、そんなものこそ、大事なものだったのだ。


「愛しているよ、リョン」

「はい。私も、ほしを愛してます」


 見つめあい、そして何を言うでもなくそっと身を寄せ合い、唇をあわせた。

 愛しい相手との口づけの心地よさに、私はこの世界に生まれ落ちたことに感謝した。このわけのわからない世界に招いてくれた神に、そしてそれ以上にリョンに、感謝をした。









 それから体が成人と見えるようになる2年後に正式に結婚をした。それから5人の子をもうけ、領主としても精力的に働き、手が空けば昔と同じように畑を耕し、初心を忘れずに聖人として人々から尊敬される振る舞いをつづけた。

 リョンに愛されて、本当に恵まれた人間だからこそ、今度こそ改めて、恵まれない人に、恵みを与えたいと思ったし、やっぱり聖人は憧れだったからだ。


 それから何年もたった。この世界の人間にしては、長生きなほうなのだろう。この世界に来て、リョンとヨータと出会って60年目のことだった。

 二人もすでに亡くなっていたが、孫やひ孫に囲まれた騒がしい日々を送っていた。急に、体が動かなくなった。

 それから、食事も受け付けなくなった。もう、寿命なのだろう。これが、天命と言うやつなのだ。


 ワォーン!!


 ポチのけたたましい遠吠えも、すぐ隣のはずなのにどこか遠くに聞こえる。反応しない私に業を煮やしたのか、鼻をなめてきた。

 それにかろうじて鼻先を動かして応えてやったが、それももう限界だ。すぐそこに、死が近づいてきているのを自覚した。


 口々になにか声をかけられているのもわかるが、それが誰なのか、もう目も開けられず、耳も内容すら判別できない。

 それでもかすかにわかる泣き叫ぶ声に、幼いひ孫たちの頭を撫でてやれないことは残念に思ったが、後悔はなかった。

 

申し訳なくはあったが、こんなにも泣いてくれることが、嬉しくもあった。死ぬことは怖くなかった。こんなに人に愛されて死ぬことが、幸せにしか思えなかった。

 だから、体の辛さも気にならなかった。心からの笑顔でいられた。ちゃんと伝えたい。私はこんなに、満足しているのだと。


「ああ、いい人生だった」


 ちゃんと発声できたか、自信はない。だけどそれを考えることはなく、私の意識はふわりと浮き上がった。

 体の感覚がなくなり、痛みや辛さはなく、ふわふわした心地よさで、まるで暖かいぬるま湯に浮かんでいるようだ。


 どんどん、考えると言う意識すら、なくなっていく。恐怖などもなくただ心地よい。

 そして最後に、赤ん坊の泣き声を聞いた気がしたが、それを認識することはなく、私は、世界に溶けていった。








 星が笑顔でこの世を去る日、それに反するように空は曇天で領全域が大雨だった。だがついに亡くなったその瞬間、領民たちは星のいる建物周辺だけ、雲が晴れるのを見た。

 聖人が文字通り天に迎え入れられたのだと、人々はそう噂した。


 誰も本当のところはわからない。ただ一つだけ確実なのは、星は自身が望んだとおり、誰かに伝えてもらい、顔も知らない人にも覚えてもらえる、そんな聖人に、確かになっていたのだ。


 それから星の魂がどうなったか、それは、神だけが知ることである。


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