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結婚

 私が眠るようになり、成長するようになってから、3年がたった。人手が増え仕事自体の効率化もすすみ、私と言う聖人がさらにブランド化したこともあり、ぐんと領も成長していった。


 そんなある日、ヨータが神妙な顔で言った。


「お、お師匠様。俺、好きな人がいるんです」

「そ、そうですか! ヨータにそんな人が、へぇ!」


 どんなに体が大きくなっても、ずっと子供のように感じていた。いつ結婚してもおかしくない年だとわかっていても、なんだかんだ態度は変わらず、毎日一緒に食事をとっていた。だから、そんな風に成長してるとは思わなくて、テンションがあがってしまう。


「どんな子ですか? ヨータならきっとどんな子にも好かれるでしょうね! いまどんな関係ですか? デートには誘いましたか?」

「そ、そんないっぺんに聞くなよ」


 つい詰め寄るように聞いてしまった。だけど、つい、嬉しすぎて。だってあのヨータだ。小さい、それこそ物心つくより前に着替えやトイレの世話までしていたヨータが、全うに育ち、当たり前のように誰かを好きになったんだ。

 それは喜び以上に、誇らしい気持ちにさえさせてくれた。


「ああ、すみません。つい、嬉しくて」

「そ、そんな嬉しいの?」

「もちろんです! ヨータが大人になって、嬉しくないわけがないでしょう?」

「そっか。そうだよな! へへ。あのさ、それで、その、け、結婚しようと思ってるんです」

「けっ!?」


 結婚!?


 と驚いたが、まあそういうこともあるだろう。なんせヨータはどこに出しても恥ずかしくない子だ。すでに立派に働いている。なら相手から好かれるのも道理だ。


 相手はこの街に最初にやってきた商人の娘さんで、私も知っている子だった。相手のご両親も知っていたので、挨拶もスムーズに済んで話はとんとん拍子にすすんだ。


 春の暖かくて心地いい日に、ヨータは結婚式を行った。


「お師匠様。今までありがとうございました、俺、幸せになります」


 私は久しぶりに泣けた。だけどそれは悲しみや怒りなどのどうしようもない感情ではなくて、ただただ、喜びだった。

 こんな風に純粋な感情だけで涙がでることが、自分にそんな感情があることが、そんな人間になれていることが、信じられないくらいだ。


「はぁ、それにしても、帰ってももうヨータはいないのだとおもうと、少し寂しく感じますね」

「そう、ですね。でも仕方ありませんよ。いつまでもヨータも子供ではありませんからね」

「そう、ですね」


 リョンの言葉に相槌をうちながら、そんなことは誰よりわかっているはずなのに、誰よりこの二人の成長を見守ってきたのに、今になって、リョンに離れてほしくないと思ってしまう。

 リョンは、今は私の母でいてくれる。だけどそれだって、いつまで続けてくれるのだろうか。


「お師匠様? 大丈夫ですよ。私はずっと、側にいますからね」

「……ありがとうございます」


その気持ちは嬉しい。だけど実際には、そんなわけにはいかないだろう。そう頭ではわかっていても、理性では離れなければいけないとわかっていても、私はまだ、夜の親子ごっこをやめられないでいた。


「どうしました? 今日はいつもより甘えん坊ですね」

「……そんなんじゃない。ただ、お母さんと一緒にいたいだけだよ」


 夜、来てくれたリョンをドアが閉まるが早いか、何も言わずに抱き締めるとそう言いながら頭を撫でられた。

 もうリョンと身長も変わらないのに、いつまでこんな甘えが許されるのだろう。正直に言えば、リョンなら私が望むなら、本当にずっと一緒にいてくれるだろう。自分の全てをかけて。だけどそれは私の望むところではない。

 ヨータのように、こんな疑似親子ではなくて、ちゃんと誰かを好きになって、愛して、新しい家族を作る。そんな幸せだけが全てではないけど、だけどそんな幸せをいつかつかみたいと、リョンが昔に言っていたことを忘れていない。

 本当にリョンのことを思うなら、手放さなければならない。もう十分過ぎるくらい、甘えさせてもらっているのだから。だけどそれは、今ではない。もう少し、あともう少しだけ。

 そう思いながら、私はリョンを抱き締めるのをやめないまま、眠りについた。









「りょ、リョン! 今、いいか?」


 ヨータが結婚してから1ヶ月ほどたち、二人だけの食事にもなれてきた頃。リョンと一緒に領内を見回りしていると、三人の青年に声をかけられた。


「今、仕事中ですよ」

「わかってるよ! でもお前そう言って、ずっと忙しいじゃんか。領主様! いいでしょう? リョンと大事な話があるんです!」


 気安く声をかけてくる彼らは、最初からいた孤児の中でも幼くリョンと同じ年頃だった者達だ。


「それは構いませんが、さすがに三人がかりと言うのは大袈裟でしょう。あなたたちを疑うわけではありませんが、外聞もありますので、私も同席させていただきます」

「う、そ、それもそうですね。じゃあ、すぐ済みますから、ちょっと、こっちへ」


 青年たちに言われるまま、大通りからそれて脇道の暗い人目につかない路地に入る。いやこれ、本当に一人だけ連れ込んだら怪しすぎるだろう。

 今も立派に働いているいい子たちなのは知っているが、それにしても状況が怪しすぎるだろう。


「あの、えっとですね。俺たち、その、リョンさんに、結婚を申し込んでたんですよ。ですけど、今まではヨータ、君が一人前になるまではと断れていたわけでして、なのでその、ヨータ君が結婚した今、結婚しない理由はないわけでして、その、改めて考えてほしいなーと言うのがね、話したかったことなんですよ」

「……」

「それはもう、一度お返事したはずです。そんなすぐには考えられません。それに結婚をする気がないのは弟のことだとして、それ以前に皆さんのことは良き隣人としか見ていない、と言うことも以前から伝えてますよね」


 俺を気遣うように説明してくれた青年たちだが、リョンの毅然とした態度にたじろぐようにひいて、助けを求めるように俺を向いた。


「ぐ。りょ、領主様だって、リョンさんが早く結婚しないと心配ですよね?」

「……それはリョンの気持ちが一番ですから。私に言えることは、そう言った話であるならなおさら、一人で言うべきですね。複数人で自分より大きな男性に囲まれて威圧感を感じない女性がいるでしょうか」

「う……そ、それは、すみませんでした」

「今日のところは、もうリョンは返事をしましたので、これで失礼しますね」

「そ、それは……はい。失礼しました」


 別れて、再度歩き出す。


「お師匠様、あの、今のは」

「すみませんが、この件は夜に話しましょう」


 話しかけてきたリョンを歩きながら制する。今はその話をできる精神状態にはなれなくて、俺は平静さを振り絞って仕事をつづけた。


 そして、夜が来る。


「お、お師匠様、入りますね」


 どこかびくびくした態度でリョンが私の部屋に入ってきた。いつもはすぐに隣あったり抱合ったりしているが、今日は真面目な話なので、久しぶりに寝具ではなく席に向き合ってつく。


「あの、怒ってますか?」

「……いえ、怒ってはいません」

「ええ、絶対怒ってるじゃないですか」

「怒ってませんよ。プロポーズされていることも、断ることも、リョンの個人的なことなのですから、それを言わなかったからと言って、怒る筋合いは私にはありません」

「……リョンって呼んでるし。私は彼らと結婚する気は全然ないんですから、言わなかっただけですってば」

「何度も言わせないでください。怒ってません」

「いやその言い方が怒ってます」

「怒ってないって言ってるでしょう!」

 クゥーン


 がりがり、とドアをひっかく音と同時にポチの鳴き声が響いた。黙って立ち上がり、ドアを開ける。


 クゥン、ワフワフ

「……」


 ポチは猫なで声を出しながら私に擦りついてきた。席に戻るのにもついてきて、私の背中に張り付くようにして地面に腰をおろした。


 リョンと親子ごっこをするようになってから、それまで数日おきに寝室にもぐりこんできていたポチはすっかり来なくなり、甘えるのは食事時かたまに遠出するときくらいだった。

 なのにこんな時に限って、やってくる。


 わかっている。私の様子を見て、いつもと違うなと思ってきたのだろう。そして今も、私を慰めようとしている。情けない。


 違うのだ。本当に、リョンに怒ってなんかいない。ただ、腹が立ってどうしようもない。そして怒っているのは、自分自身にだ。


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