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英雄

 それから男たちは山の向こうにある国にいた犯罪者集団で、山を越えてこちらに目をつけていたところ、ちょうど開拓されたのでこれ幸いとやってきたらしい。

 隣の国と交渉を行うにしろ、これは非常に有利に進められる。そして言語の事前学習もできる。そしてもちろん、被害が0でおさえられて本当に助かったととても感謝された。


 クズでも人を助けられるのだ。それは嬉しかった。だけどどうしても、結局私は、感情のままに人を殺してしまうクズだったのだと言う事実は変わらない。

 今まで努力してきたつもりだ。変われてきたと思っていた。すこしずつでもましになって、本当に人から尊敬してもらえるような、人に胸を張れる生き方をしているつもりになっていた。

 だけどそれは本当につもりで、性根は何も変わっていなかったんだ。


「お師匠様。あの、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。私は何も変わりません。何度も言いますが、心配ありませんよ」

「……」


 リョンに心配をかけているのは申し訳ないが、これでも自分なりに平静を装っているのだ。他の人間にはそれで問題ないが、リョンとポチだけは敏感に私が落ち込んでいることに気付いている。

 だけどわかっていても、そう簡単に気持ちを切り替えられない。改めてここから、一から真人間を目指す? もう、いいだろう。疲れた。


 それから一か月、私は帰る気力もなく、流されるように日々を過ごした。言われるまま、開拓の仕上げをして、向こう側へ行けるよう山道をつくった。

 そして流されるまま、英雄として扱われ、正式に聖人として改めて国に認められて貴族位を賜った。領地についても約束以上の見返りが約束され、しっかりした部下なども手配してもらえ、他の領地での御用商人たちも優遇して領地へ来てもらえるようになり経済が活性化し、人口も増えるだろうと言われた。


 それを嬉しく思うけど、自分の手柄だとは思えないまま、私は許されるままに流れ作業のように、領地に帰った。


「お師匠様! おかえりなさい!!」


 ヨータが熱烈に迎えてくれた。この領地を出て、王都に行き、北へ行き、こうして帰ってくるのに、1年以上かかってしまった。ヨータはもう15歳だ。この年頃の一年は大きい。またぐんと背が伸びたようだ。まるでもう、大人と子供だ。

 だけどヨータは人目もはばからず、ぎゅうと私に抱き着いた。


「手紙はありましたけど、遠くて全然、噂も入ってこないし、本当に心配してました! ご無事で何よりです!」

「……はい、ただいま帰りました」


 こんな私でも、待っていてくれる人はいて、生きていることを喜んでくれる。それを強引に思い出させてくれる力強いヨータに、私は久しぶりに微笑んだ。


 そしてあれこれとたまっていた仕事を片づけため、翌日からさっそく仕事にとりかかる。そうしてると日常に戻ってきた気がしてと、少しずつどうしようもない気持ちは薄れ、私がクズであることには変わらなくても、今まで同様に努力して正しく生きようと思えた。

 根本が変わらなくても、表面だけでもいい人ぶることは、けして悪いことではないはずだから。


「聖人様、詳しい話はグンニネル司祭より窺っております。また大変なことを成し遂げられたのですね」

「ドゥーチェにも迷惑をかけましたね。たくさんヨータを助けてくれたと聞いていますよ。ありがとうございます」


 ドゥーチェが訪ねてきたので、朝から休憩なしだったのもあり、一呼吸入れることにした。この応接間をつかうのも久しぶりだし、お茶も、やはり自領のものが一番だ。


 それにしても、久しぶりに顔をあわせたドゥーチェは相変わらず穏やかな微笑みだ。こんな彼女だけど、ヨータよりよほど私のしたことを鮮明に聞いているだろうに。

 彼女は私よりよほど立派な大人だ。教会の仕事だけではなく、この領地を支えるために、たくさんのことをしてくれている。


「いえ、当たり前のことをしただけです」

「助かります。あなたには本当に、助けられています。この機会に、改めてお礼申し上げます」

「……あの、聖人様、だからと言うわけではないのですが、その、お願いしたいことがあります」

「ん? なんでしょう。私にできることがあるなら、報いたいと思います」


 ドゥーチェは珍しく言いよどむように、どこか気恥ずかしそうに、カップを両手で持ってもじもじしている。


「……私と、結婚してくれませんか」

「は……はい?」

「今回、聖人様とリョン様、ポチ様だけで行かれたのは、本当に心苦しいことでした。もし何かあれば、と思うだけで、眠れぬ夜もありました。もし私が結婚していれば、何があっても私もお伴できたことでしょう」

「そ、しょ、職務熱心なのは結構ですが、いくらなんでも、結婚なんて、そんな義務感でするものでは」

「……義務感だけで言っていると、本当に思っておられますか? 確かに、聖人様は幼いですし、恋愛感情である確信はありません。ですが、人間として尊敬しておりますし、好ましいと感じています。あなたとなら結婚してもきっと健やかな未来が描けると思っています」


 少し眉を寄せて、珍しく怒ったような拗ねたような顔で言われた。微笑み以外の表情はめったに見ない。と言うか、初めてではないだろうか。

 だけどそれを、私へのプロポーズで崩したのだ。淡々と冷静に仕事ではなく、ちゃんと自分の感情込みで言ってくれているのだと信じるには十分だ。


 この思いは、何と言う感情だろう。言葉にできない。


「……ありがとうございます。その気持ちは、大変うれしいです」

「ではっ」

「ですが、あなたと結婚することはできません。これからも、よき隣人でいてください」


 はっきりと、誤解が生まれる余地のないよう断る。ドゥーチェは本当に有能で、事務的なところもあるが情が深い善人だ。だからこそ、幸せになってほしい。

 真剣な思いが伝わったのか、ドゥーチェは私のお願いに少しだけ間をあけてから微笑んだ。


「……はい。わかりました。ですが、私では無理でも、誰か、できれば早く結婚してほしいです。聖人様の血を受け継ぐ方がいないまま、また何かあれば、私の思いだけではなく、世界の損失ですから」

「……考えておきます」

「よろしくお願いします」


 世界の損失は大げさすぎる。しかもプロポーズしたその口で、誰かと結婚はしろなんて。でもその杓子定規じみた一貫した態度は、ドゥーチェらしくて少し笑った。








 その夜、私は久しぶりにお酒を飲んでいた。あの時ぶりの、二度目の飲酒だ。

 相変わらず酔いはしないけど、味は美味しいし、気分転換にはいいだろう。


 ドゥーチェのプロポーズに、少し酔いたい気分になったのだ。

 ああいう言い方だったし、私の体は子供だから、恋愛感情ではなかっただろう。だけどそれでも、個人として、人間として憎からず思ってくれていたと言うことだ。真面目に私と人生を共にしてもいいと思ってくれたのだ。

 あんなに真面目で実直で有能で、大人の女性、としか言いようのない人がだ。それはなんだか、自分が認められたような、そんな気になる。嬉しいに決まっている。まして美人だし、好かれて悪い気になるわけもない。

 だけど同時に、だましているような申し訳ない気にもなる。本当は自分は聖人なんかではなく、ただの屑なのだから。


「……はぁ」

「お師匠様? 今いいですか?」


 とぼんやりしていると、ノック音が部屋に響いた。リョンだ。そもそもこんな時間に訪ねてくるのがリョンかヨータしかいないと言うのに、わざわざノックをして、律儀だな。と苦笑しながら迎え入れた。


「あ、飲まれてたんですね。私も一緒に、いいですか?」


 リョンもまた、お酒とグラスを持っていた。旅から帰ったところであり、何となくリョンもそんな気分だったのだろう。

 リョンももう、18歳になるのだ。この世界ではもう、とっくに嫁に行ってもいい年齢だ。


 以前と同じように窓際で向かい合ってグラスを傾けあう。


「……ふぅ、ねぇ、お師匠様。聞いてもいいですか?」

「なんですか?」

「その、昼間、プロポーズされていたの、どうして断ったんですか?」

「聞こえてたんですね」

「同じ部屋ではありませんでしたけど、まあ。お師匠様は、ドゥーチェさんみたいな、大人の女性が好きだと思っていました」

「好きか嫌いかなら好きですよ、もちろん。ですが、彼女同様、恋愛感情ではありません」

「恋愛感情でなくても、彼女と結婚したら、いいことはたくさんあると思いますけど、お師匠様は恋愛結婚以外認めないから断ったんですか?」


 そんな質問をされるとは予想していなかった。だけど、恋愛感情がないのは事実だが、断った理由としては確かに少し違う。

 まず恋愛感情があるとかないとか、得とか損とか、そういう問題ではないのだ。


「私には、誰かと結婚するなんて、そんな資格はないんですよ。誰かを幸せにできる人間ではありません」


 結局はそれだ。私がどう思っているか、相手がどう思っているか、そんなのは二の次だと言ってもいい。

 私のようなクズがだましたまま結婚するなんて、そんなことはいくらなんでも許されないことだ。あまりに結婚相手が可哀想だ。


 だけど当然の様に、リョンは私の物言いが理解できないと首を傾げた。


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