北へ
北端の街、イエイオは領地の大きさは変わらないが、唯一の街の規模も変わらないと言う、私たちの領地とよく似た環境だった。
だが雪深く作物もあまりとれない厳しい大地であり、その分身内意識が強く閉鎖的で、かつ信仰が深い。
なのでそこに到着した私たちを、いくら王の通達があるとはいえ、聖人と言うのに対しても疑惑の目を向けてきたのは想像通りだった。だからまず、実際に木を抜いて見せて、超人ではあることを知らしめた。
そうなると態度は急変し、一気に受け入れられた。領主の館の客間に滞在が許され、私とリョン、ポチまで中に入れてもらえた。
ポチまでいれてくれたのは外も雪がやまないからだと思うが、実際のところポチは謎生物で平気なようだけどまあいいだろう。いてくれるなら嬉しい。
ポチもどうぞ、と言ってもらった時、あからさまに、いいの?いいの?ときょろきょろしてから頷いたやったらめちゃくちゃ喜んでるし。
ワフゥン
「こらポチ。先に体を洗ってからですよ」
オーン
さっそくベッドに乗ろうと前足をかけたのですかさず注意するが、ポチは反省するそぶりはなく振り向いて嬉しそうに体をすりつけてきた。これは私に洗えというアピールだろう。
「さて、久しぶりに体を洗ってあげましょう」
この領地まで、かなり距離があった。リョンがいいと言うので、リョンの体調には気を付けたが、昔とは違い大人である程度体力もあるのでポチにのせて飛ばしたが、それでも一か月もかかってしまった。
まあゆっくり馬車だと普通に一年と少しかかるのだけど。感覚がマヒしていたが、私たちの領地も王都からの距離はそのくらいだ。どちらの国の果てなのだから、そのくらいなのだろう。
道中、たまに川で洗ったりはしたが、基本急いだので野宿多めで、ここ一週間は洗っていない。砂埃などがないので比較的綺麗だが、洗わない理由はない。
「あ、お師匠様。お疲れでしょうし、私がやりましょうか?」
オン! キューン
「はは。私をご指名の様ですので、大丈夫ですよ。私は疲れませんから。リョンこそ疲れているでしょう? ゆっくり疲れをとってください」
リョンの提案にポチは睨み付けてからあからさまに私にこびてきたので、つい笑ってしまった。頭を撫でてなだめてやりながら、リョンと別れて湯船に向かった。
「うわっ、あ、せ、聖人様でしたか。すみません、つい」
お風呂に行くと、領主のデミドスも入浴中だった。この人は代々領主の貴族とはいえ、こんな限界田舎みたいなところの人なので、ありふれたおっさんと言う印象だ。実際、お風呂も普通に一人で入ってるみたいだし。
「すみません、驚かせてしまいましたね。ポチ、隅に行きますよ」
ワーゥ
「い、いえ、大丈夫ですよ。広いところで洗ってください。そちらのポチ? さんも? そのほうがいいでしょう」
「ありがとうございます。しかし、ポチにさんはいりませんよ、さすがに」
「い、いやー、まあそうですが、なにせ、死神ですからね」
「ん?」
突然死神? と思ったが、どうやらポチのような巨大な犬は昔から目撃情報があるのだか、一噛みすれば命を奪う存在でありただの獣ではなく死神ではないかと言う伝説的噂があるらしい。
どうやら種族的な特性など全く判明していない珍しい動物だったらしい。ご飯を食べたり、人と触れているなど初めて見るとおびえて距離をとりつつも興味深そうにまじまじとポチをみていた。
そんな噂があるのか。そう言われてみれば、田舎の平民はそうでもなかったが、王都ではだいぶ距離をとられたりしていた。ただ獣が身近ではなくより恐れられているのかと思っていたが、そんな噂を知っているかどうかも関係していたらしい。
「ポチ、お前は死神だったのですか?」
バフン! ブゥゥ、ワゥン
「違うようですね」
「か、賢すぎませんか? やはり普通の獣には見えませんけど」
明らかに話を理解して首までふったポチに、余計におびえられてしまった。正直その問いかけは私にとっては今更なのだけど、魔法まである世界なのにポチの存在はおかしかったらしい。
「まぁ、何もなければ人を襲いませんから。賢い分には困りませんよ」
「ぜ、絶対問題だけはないようにお願いしますね」
おびえる領主に、思わず笑ってしまった。
「はは、すみません。つい。ポチより私の方が、よっぽど力が強いのに、ポチがそこまで怖がられるとは」
「そう言われると、確かにそうかも知れませんけど。木をまるまる、しかもあれほどあっさり抜くなんて、どんな魔法を使っておられるのですか?」
「内緒です」
まあ、私が今ここで生きている自体、魔法みたいなものだ。
裸の付き合いのおかげか、デミドスと少し仲良くなれた気がした。体を洗われてふにゃふにゃになっているポチに警戒も緩んだので、まぁいいすべりだしなのではないだろうか。
○
そして翌日から、私はさっそく仕事に取り組んだ。と言っても、これは私が思っていた以上に早く終わりそうだったので、気持ちもぐっと楽になった。
広範囲の開拓と言うことで気が重かったのだが、私たちの領地のように畑を耕し家を建てるのとは異なり、とにかく木をなくして道をつくり、建設できるだけのスペースを作れと言うだけだ。
木を抜くだけなら一本1秒でできる。根っこは細くなるあたりでちぎれるが、それでも結構地面ごと掘り返されてしまうし、それをどけてとなると多少時間はかかるが、それでも積もった雪も何もかも無視して作業できるのだ。
そう大変な作業ではない。範囲だけは広いので、さすがに今日明日でとはいかないが、数か月もあれば十分だろう。
「お師匠様! そろそろお昼ですよ!」
「お、と。もうですか」
朝から作業することしばらくして、ポチにのったリョンがそう言いながらやってきた。
今日は雪こそ降っていないが曇り空でよく時間経過が分からないが、お昼まででここまでできたならまぁまぁ進んだのではないだろうか。
「もうここまで抜いたんですね! さすがお師匠様! 私、入り口から地面ならしていきましょうか?」
「今日は曇りだからそんなことが言えますが、雪が降れば多少の地面の凹おうとつなんてあってないようなものですよ。それに、木を移動させる方が先ですからね」
雪のやまないこのあたりの移動は基本的にソリだ。普通の場所の車輪の馬車より、多くの物資を運べるらしいが、それでも抜いた大木をそのまま運べるものではない。
今はとにかく抜いて、落ちたりして危なくないよう軽く埋めてからその横に転がしている状態だ。後でまとめて街の近くに移動させておくつもりだ。あれも重要な資源だ。
「っ、くしゅん!」
「火を大きくしましょう。ポチにもっとくっついて」
「う、すみません」
持ってきてくれた食事をとっていると、リョンがくしゃみをして震えた。寒さ対策で火をつけてはいるが、とても足りない程度に寒いのだろう。ポチも普段通りであまりわからなかったが、よく見るとリョンは顔に霜が付くほどだ。
「リョン、今日はわざわざありがとうございます。でも寒いですから、早く帰りなさい。そしてもう来なくても大丈夫ですよ。私は食事がなくても大丈夫ですから。どうせ、一日中働くつもりでしたし」
「そ、そんなの駄目です! 夜も働くのは、もう私が言っても仕方ないですけど、せめて食事くらいとって、休憩をはさまないと」
「体の意味では、大丈夫なんですよ。私は特別ですからね。リョンが無理をするほうが心配です。暖かい部屋でゆっくりポチと待っていてください」
「う、でも、それじゃあ、私が無理についてきた意味がないじゃないですか」
「ふっ」
リョンが眉を寄せてどこか悔しそうに言うから、思わず笑ってしまう。すぐに口を押えたが、リョンはうらめしそうににらんでくる。
「すみません。ですけど、リョンがこの街で、待ってくれていると言うだけで、意味がありますから」
こんなところまで来なくても、街にいてくれて、待ってくれている人がいる。それだけで、どれだけ心が慰められるか。
領地でも夜中ずっと移動したりしていたが、それも、一日一日意味があって目標にむかってすすめて、誰かのためになると思うからできたことだ。
それでもここは、あまり知り合いもいないし、なによりどこまで進んだかの進捗もわかりにくく、天気も悪く時間間隔が曖昧で気がめいってしまいそうな気になる。
だけど私にはリョンがいて、一緒に帰るのを待っているのだ。それだけで十分、モチベーションを保つのに役立っているのだ。私は馬鹿だから、距離を置くとすぐに意識の外に行く。身近な物しか見えなくなってしまう。
だからすぐそこにいて、今もずっと待ってくれていると言うわかりやすい事実がないと、やる気に直結しないのだ。
「そ……そう言ってもらえるのは、その、光栄ですけど」
「それでは、朝夜は一緒に食べましょう。ポチを寄越してくれれば帰りますから。寒い中にでてくることはありませんよ。どうせ食べるなら、私も暖かい食べ物がいいですからね」
「そ、それなら、はい! わかりました。お師匠様の疲れがとれるくらい、あつあつの美味しいご飯をご用意しますね!」
一日二回なら、ちょうど作業の区切りにしてもいいだろう。全く時間の感覚がなくなると、精神的に辛そうだし、そう言った目安があると休憩も取りやすい。ありがたく甘えさせてもらうことにする。
「それではポチも、私の迎えを頼みますね」
ワン!
元気なポチの返事に二人で笑った。




