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成長

 5年の猶予を得てから、常識的な頭脳も手に入れたことで少しずつ領地らしくなっていきだした。

 1年後はようやく領地として制度が形になってきただけで、代わりに領地としての収入はほとんどなかった。

 2年で少しだけ収入ができた。やはり自分が財産を持てると言うのは、子供たちにもやる気につながったようで、税を納める時も嬉しそうに払いに来てくれた。

 3年目にして商人が増えたことで、私が直接他店に売りに行く必要がなくなった。最初からいてくれた商人が取りまとめて購入してくれて、それぞれで販売してくれることになった。

 その分、増えだした人口への対処に手が回るようになった。そろそろ治安維持にも手が回らなくなったので、自治組織を正式に作ることになった。


 それまでもヨータや手の空いている人が手伝ってくれていたが、高齢すぎる人間や幼い子供が見回りをして知らせてくれるだけでは速さがたりない。

 ちゃんと最低限対応できるだけの人間で発足することになった。それだけ人数が増えたと言うことだ。

 やはり制度を整えるのが重要だったらしい。領主直属で畑仕事をするにしたって、雇われているとは言えない形式でやりたいものはぎりぎりの生活をしている人しかいなかったのだ。


 そして今回、治安維持兵も募集と言うことで、今までに比べて多い若者の移動がかなった。


「お師匠様の顔をつぶさないよう、精一杯頑張ります!」


 その組織、領所属の領兵のまとめ役であるリーダーは、今年13歳になるヨータだ。まだ幼い、と思っていたのは私ばかりで、ぐんぐんと背が伸び、大人顔負けで誰より畑仕事に精をだしポチとじゃれてばかりいたので、体力も十分だ。

 数少ない大人たちが子供たちに狩りや格闘術を教えてくれるのにも率先して参加していたので、大の男相手でもその辺のチンピラ程度なら一人なら十分に対応できる程度にはあるらしい。


 もちろん私はそんなことは知らなかったので、身内びいきで任命したわけではない。誰にするかとなった時に自然と出てきて本人もやる気満々で、部下になる男たちも認めたのでOKしたのだ。

 日々本人からあんな訓練をした、こんな特訓をしたと報告を受けていたが、そこまでとは。とはいえもちろん他のところではそんなリーダーになれる実力ではないが、そこは私の愛弟子であり最初から炊き出しなどでまとめ役側に回っていたことからの人望的な要素もありそうなったようだ。


 とはいえ、どんな理由でも孤児であんなに小さかったヨータが、自分の力で認められてなりあがったのだ。

 それがどんなに大変で、凄いことか。親ではないが、親代わりの師匠として、何故か自分が誇らしいような気になってしまうほどだ。


「顔なんて気にする必要はありませんよ。ヨータは今まで通り頑張ってください。あなたならできますから」

「はい!!」


 ヨータは嬉しそうで誇らしそうで、初めて会った時は話すことすらままならなかったのに。そう思うと、時間の流れはおそろしいほどだ。


 そうしてヨータが元気に家を出ていくのを見送ると、横でニコニコしていたリョンが改まってお礼を言う。


「お師匠様、ヨータのこと、認めてくれてありがとうございます」

「何もお礼を言われることじゃあありませんよ。ヨータが自分で頑張って、認めさせただけです」

「もう。頑なですね」


 くすり、とまるでしょうがないなとでも言いたげに笑ったリョンは、今年で16だ。この世界ではもう聖人として扱われているし、とっくに私の身長も抜いて、もう普通に女性だ。

 だけど私への態度は以前と何も変わらない。距離感も接し方も。私はそれが時々、なんだかどうすればいいのかわからない時がある。


 いまもそうだ。今までと同じように扱えばいいのか、異性としての距離をたもつのか、わからない。さすがに子供のころに着替えさせていたくらいなので、距離が近いからって無意識に女性扱いするわけじゃない。ただ、実際には女性なのだから、そう扱うべきなのかと言うことだ。

 全然無関係の女性なら、普通に接することができる。恋人だって短期間ずつでなら何人かいたのだ。だけどこと身内となると、経験がない。


「お師匠様?」

「ああ、いえ。あなたも大きくなりましたね。他にやりたい仕事があれば、それをしてもいいのですよ」

「私はお師匠様の秘書です。ずっと一番お傍で支えます」

「そうですか。もちろん私は助かりますが、恩とか、そう言ったことは気にしないでもいいですからね」

「違います。私がそうしたいからです」


 微笑んだリョンは柔らかな笑みで、まるで年上のようだ。外見はそうなので、そう見えるのかもしれないが。

 年下の家族は何の問題もなく、自然に大切に扱えたのに。どうしてか、年上のようになられると、何とも言い難い。


 きっとそれは私が親に持つ複雑な感情がそうさせるのだろう。だけどこればっかりはどうすればいいのかわからないし、聖人になるのには関係ないだろう。今目の前にいるならともかく、とっくに死んでいる人間を、どうすると言うのか。

 だから別に、いいんだ。これで。リョンは今はこう言っているが、いずれ結婚してしまえば仕事では一緒でも家はでるんだ。そうなれば多少距離もできるだろう。


 私は誤魔化すように腕を伸ばして、リョンの頭を軽く撫でた。今日も仕事だ。








 ここ最近ではすっかり領主仕事がメインで、夜中以外は畑仕事や肉体労働をすることはほとんどなくなった。もちろん緊急事態などはその限りではないが。


「聖人様、本日は新たなお仕事について学んでいただきたく、こちらご用意いたしました」

「ありがとうございます、ドゥーチェ。内容は……結婚式、ですか?」

「はい。実は聖人様が着任されてから初めての婚姻が行われることになりました。つきましては、聖人様にとりまとめて神へ祈っていただきたく」

「んんん?」


 渡されたいつもの手作り教本は、いままでの領主としての仕事ではなく、聖人としての仕事についてだった。

 思えば今までがよく教会の仕事をせずにすんだものだ。聖人だから教会の人間をこきつかってきたのだ。教会にも所属している扱いであって当然だ。だからこんな仕事も受け入れるしかない。

 それに聖人と言うのは数がいないのだから、聖人に祝われると言うだけでも十分珍しく価値のあることなのではないか。私自身がこの領地の目玉商品だったのだ。これは盲点だった。


 だから仕方ないのだけど、なんというか、不思議な気分だ。私が誰かの結婚を祝うなんて。


「神の名の元に、永遠の愛を誓いますか」

「誓います」

「それではここで、誓いのキスを行いなさい。神の代理人として、見届けましょう」


 二人の男女、私がここに来たときに孤児の中で最年長だった二人がいまや立派な大人として、結婚する。

 覚えたまま口にする私の定型文に従い、二人はキスをした。


 結婚式なんて、ドラマかなんかで見た以外で初めてだ。ただキスをするだけで、形だけの儀式で、別にそれだけだと思っていた。

 だけどどうだろうか。この空気は。まるで本当に神に祈るように、永遠の愛を確信してるような、本気しか感じられない空気は。


 それは、神聖で感動的するような場面だったのかも知れない。だけどまるで私には、恐怖しかない。

 永遠の愛を、本気で誓っている。こいつらもいつか子供を生んで、親になって、いくんだろう。そして、永遠に愛し合っていくのか。


 わからない。どうしてこんなに、それを恐く思うのか。私には縁遠かっただけで、世の中にはちゃんと、そんな美しい関係があるのだって、知っている。腹が立つほど知ったはずなのに。

 どうして、それを恐ろしいと思うのか。


「それでは最後に、この二人に祝福を。神のご加護があらんことを」


 何とか形だけは終えた。もう私の感情を抑えるのにはなれていたのが幸いだ。だけど終わってからも、私の心からざわつきが消えなかった。


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