取り敢えず建国した俺は暇を潰すため敢えて飯を喰う事にした。
『アゼルライムス帝国:港町《オーシャンウィバー》』
「……酔った……」
「……私も酔いましたぁ……」
2人してげっそりとした顔で下船する。
というかエルフ族も船酔いとかするんだな……。
「3日間も船に乗るなんて久しぶりだったからなぁ……。いつ以来だったかなぁ……」
確か《アゼルライムス王》に謁見する為に《ラクシャディア》から船に乗って行った以来か。
「私は……うぷっ……エルフの里から出る事自体が……うぷぷっ……初めてだったので……」
そこから先は口を押さえてしまい黙り込むエアリー。
多分『船に乗るのは初めて』とかそんな感じの事を言いたいのだろう。
船着場から大通りに出る。
相変わらずここは賑やかしい街だな……。
様々な物資や食糧が海を渡って送り込まれる街。
商売人やら遠くからの買出し組やらでごった返している。
「エアリーはこれからどうするんだ? 闘技大会は4日後から開催だから、前日までに《エーテルクラン》の受付でエントリーを済ませれば間に合う筈だけど」
未だに呻き声を上げながらヨロヨロと俺の後を付いてくるエアリーにそう告げる。
「……うっぷ……と、取り敢えず……今日はもう休みたいので、ここで宿を取ろうかと……」
「そっか。金はちゃんと持ってるのか? 宿はちゃんと取れるか? 夜は鍵閉めないと危ないぞ? 1人で裏路地とか行ったら駄目だぞ?」
「……うっぷ」
……何だか心配だ。
これだけ人の多い街で右も左も分らないような田舎者エルフっ娘がうろうろしていて大丈夫なのだろうか。
ただでさえ『エルフ族』というだけで珍しいのだ。
誰か悪い奴に騙されて、そのまま捕らえられて非合法な人身売買とかで売られちまわないだろうか……。
「あ……何だかあっちから香ばしい匂いが……」
フラフラと飲食街へと歩いて行くエアリー。
「おい! そんなに船酔いしてて吐きそうになってるのに食欲には勝てないのかよ!」
これでは本当に犬だ。
絶対餌に釣られて悪い奴らに身包み剥がされて、いつかその身まで売り飛ばされてしまうだろう。
「仕様がねぇなぁ……」
俺はブツクサ言いながらもエアリーの後をついて行く。
まあ、別にあと3日以内に《エーテルクラン》でエントリーすれば良いのだ。
ここから《エーテルクラン》の街までは約1200UL。
俺の足なら1日半もあればたどり着けるから、余裕を見ても2日くらいか。
今日、明日くらいまでは《オーシャンウィバー》に滞在してもまだ間に合う計算だし……。
「……取り敢えず俺も飯喰っておくか。あんまり食べられる気はしないけど……」
◆◇◆◇
『オーシャンウィバー:野外レストラン』
「ぷはぁぁぁ/// お腹いっぱいなのですぅ///」
満足気な表情のエアリー。
「……お前、気持ち悪い割にはよく喰ったよなぁ」
明らかに俺の倍ほどの空の皿がテーブルに置かれている。
やせの大食いとはこいつの事を指す言葉だったのか。
「ちきんと食べないと大きくなれませんからねぇ」
「『きちんと』だよアホ。……というかお前、一体いくつなんだ?」
見た目は14、5歳に見えなくも無いが……。
確かエルフ族はドワーフ族と同じくかなりの長寿だと聞いた事がある。
「それは内緒ですぅ」
「なんで」
「エルフ族は他種族に実年齢を明かしてはいけない事になっているのですよぅ」
「へえ……。それは初めて聞いたな……」
そうか、あれか。
『魔族は他者に真名を知られてはいけない』というのと似たような物か。
名を知られる事でその名を悪用され、無作為に『召喚』やら『眷属』として扱われる事を防ぐ為だとか……。
俺達《インフィニティコリドル》のメンバー内でもセレンの本名を呼ぶ事は禁忌としている事だしな。
「実年齢をばらすと婚姻相手が逃げる恐れがあるからですぅ」
「そっちかよ!」
「……嘘なのですぅ」
「嘘かよ…………はぁ」
何事か、と周りの席の客がこちらを振り返る。
やべぇ……。流石にあまり目立っちまうと俺が『カズハ・アックスプラント』だと気付く輩が出てくるかも知れない。
だからと言ってこんな人ごみの中で『仮面』なんて付けてたら余計目立っちまうし……。
俺は周囲の視線から顔を隠すように下を向きながらも思案する。
ここ9ヶ月で以前よりも大分髪も伸びた。
女は髪型で随分印象が変わる、なんて事を聞いたことがあるが、今の所エアリー以外には正体がばれていない所を見るとその噂は本当らしいな……。
ならばこの前レイさんが俺の髪を弄ってた時みたいに何箇所か三つ編みにして髪型変えてみたり。
後はそうだな……仮面が目立つなら『眼帯』とかならどうかな……。
ここから先はモンスターも蔓延る《エーテルクラン》方面の街道が長く続いている。
戦闘で片目を失い眼帯をしている輩もちらほら見受けられるし、別に目立たないだろうしな……。
それで行ってみるか。
別に万が一正体がばれたって人だかりが出来てウザイだけで、それ以外の支障とか別に無いんだし。
気楽に行こう、気楽に。
「あ! あれは……! モンブランプリンっ!!///」
俺の思考をエアリーの叫び声が遮断する。
「………はいはい。……デザートは別腹ね……。頼めよ、奢ってやるから」
「きゃううぅん///」
エアリーは忠犬のように舌を出し返事をした。
……俺はこのエルフ犬を手放す事が出来るのだろうか。
つい無意識に魔法の『ウインドウ』を開いていた俺の手は――。
――《緊縛》を選択しようとして慌てて手を止めていたのだった。




