リリィ·ゼアルロッドの魔法塾。(前編)
『アックスプラント城:会議室兼書物保管室』
「……なるほどねー……。じゃあ、やっぱ無理ポかぁ。俺の《火魔法》を復活させるのは……」
机にとっ伏せてしまう我が国の女王。
「そうなるわね。そもそもカズハがどういう経緯で《魔術禁書》なんてものを手に入れたのかが、私的には気になる所なんだけど……」
「それは、あれだ。ごくひじこうってやつだ」
そのままの格好でそう言い放つ女王。
「……でもよう、リリィ。お前でも魔法について知らない事なんてあるんだよなぁ」
「当たり前でしょう。貴女は私を一体なんだと思っているのよ……」
「歩く知恵袋」
「馬鹿」
私は王女を――カズハの頭を参考書の角で叩く。
「いてぇ! せめて腹の部分で叩けよ! 角はねぇだろ角は!」
頭を抑えて涙目で文句を言うカズハ。
……こんな年端も行かないような少女が、あの『王都襲来』の危機を救った『戦乙女』だとはね……。
私は部屋の窓から外を眺め、ふと笑みを零してしまう。
◆◇◆◇
この世界には《魔法》と呼ばれる物が存在する。
かつては魔族しか使用する事が出来なかった《魔法》。
しかし古代の知勇《アーザイムへレスト》は当時の王族達からある研究を進めるように指示されていた。
その研究とは、魔族の中に眠る《魔法》の力の根源を抽出し、人間でも《魔法》が使える様にするという、まるでこの世界を作った《神》をも冒涜するような研究――。
しかし知勇《アーザイムへレスト》は自身の半生を掛け、遂に発見してしまう。
『魔法の遺伝子』
実に数万、数十万の魔族達の命を検体として研究に用い、抽出する事に成功した《魔法の根源》――。
当時の王族達はこの研究成果に大いに湧き、我先にと《魔法の遺伝子》を我が身に注入した。
しかし、どの王族達にも《魔法》の力を得たものは現れず。
知勇《アーザイムへレスト》は国家を相手に詐欺を働いたと貶められ極刑。
その研究人生に幕を閉じる事となる。
そして《アーザイムへレスト》没後約一世紀が経ったある日。
王族の子孫達である、生まれたばかりの赤子に《魔法の素質》がある事が次々と判明する。
何故突然に《魔法の素質》が赤子に現れたのか。
当時の研究者達は、ある一つの可能性に着眼した。
『知勇《アーザイムへレスト》の半生にも渡る研究は間違いでは無かったのでは無いか?』
『当時の王族やその子らには《魔法の素質》は現れなかったが、その子孫には《魔法の素質》が発現している』
『つまりは、何代か後にならなければ効果が発現しない――それが《魔法の遺伝子》だったのでは無いか?』
彼らのまとめた論文は瞬く間に世界中に広がり。
『犯罪者アーザイムへレスト』は再び『知勇アーザイムへレスト』として、彼の死後100年が経過したのち、全世界に広まる事となる――。
◆◇◆◇
「……でもよう……。俺もその話、大分前に《古代図書館》にある文献で読んだ事があるけどよぅ」
私の講義の途中で口を挟むカズハ。
「やっぱ胸糞悪ぃんだよなー。結局はそのアーザイなんちゃらっていうおっさん?」
「《アーザイムへレスト》よ」
「そう、そのへレストさんだってよぅ、自分の研究の為に何十万もの魔族をぶっ殺して来たんだろう?」
「……ええ。文献では当時の王族からの指示で、生きたまま魔族を捕らえ、そして生きたまま身体を切断し、臓腑を捏ね繰り回し……とも書いてあるわね」
それ以上に酷い事も書いてあったが、気分が悪くなるので省略する私。
「だろう? やっぱさあ、俺、人間もさぁ、『魔族』や『精霊』と似たり寄ったりなんじゃないかと思うんだよね。魔族は人間を襲って喰っちまったり『魔獣化』させて奴隷にさせたり、『精霊』はそもそも《精魔戦争》で魔族に負けちまったもんだから人間を利用して復讐するために『勇者』を生み出したりとか……」
「……まあ、古代の文献なんて大概そう言った『業』が伴うものばかりなのだけれどね」
「そうは言ってもなぁ……。これ、『誰が悪い』とかそういう問題じゃねぇ気がするんだけどなぁ……」
カズハの言う事は何となく分る。
『魔族』も『精霊』も『人間』も。
他種族の事を考えて行動している者など、過去の歴史を紐解いてみても例外無く《異端の者》として迫害されて来たのだろう。
「……だから貴女は『この国』を作ったのだと……。前にそう言っていたわよね、カズハ……」
あの日。
《アゼルライムス城》が魔王軍に襲われた日。
絶望的な戦力差と勇者ゲイルの反逆により完全に王都は落とされたのだと観念した日。
カズハの所属する傭兵団が颯爽と現れ、最後にはカズハ一人で『魔王軍』も『勇者ゲイル』も打ち倒し、《アゼルライムス帝国》を救った『戦乙女』として世界中に名を轟かせた。
あれから数ヶ月が経ち、《アゼルライムス城》がある程度の復興を完了した時。
突如新しい国《アックスプラント王国》の建国情報が《アゼルライムス帝国》にも届けられ。
そして女王自ら《アゼルライムス王》に謁見し、私とグラハムを直接引き抜いたのだった。
「……なんだよリリィ、その顔は……」
怪訝な様子で尋ねるカズハ。
「ふふ……。いや、ね……。まさかあの酒場で出会った女の子が、一国の女王になるなんて……。あの時は思いもしなかったからね……」
初めて出会った時も、カズハはこんな顔をしていた。
店のマスターに『女だから』と蔑まれ、ふて腐れていた所に私はミルクを奢ってあげたんだっけ。
「その節はどうもー。どうせ俺は酒も飲めねぇお子ちゃまですよーだ」
悪戯な表情で舌を出すカズハ。
なんだろう……。
いつも不思議に思うことだが、何故か『懐かしい』と感じてしまう。
「……さてと、雑談はここまでにして講義を再開しましょうか」
私はたった一人の生徒の為、再度参考書を開き講義を再開する。




