三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず蛇を捌くことでした。
ハウエル宰相と会談した後、俺達はすぐにラクシャディアの魔道士らと共に古代図書館へと向かった。
本来であればラクシャディア軍と綿密な計画を立て、明後日に出発する予定だったみたいなんだけど、そんなにゆっくりしている暇もないし。
……いや、そうじゃない。
なんだか知らんけど、嫌な予感が止まらないのだ。
俺の知らないことが次々と起こるこの三周目の世界で、次は一体何が始まるのか――。
「……どうしたのですか? 珍しく真面目な顔をしていますが」
古代図書館の秘密の抜け道から地下道へと向かう途中。
幼女が心配そうな顔で俺を見上げてそう言った。
……言っている内容は半分馬鹿にしているような感じだけど。
「ううん、何でもない。ていうか、こんな場所に地下道なんてマジであったんだなぁ」
幼女の言葉を軽く流し、後ろを歩いているタオに話を振った。
心配されるなんて、俺のガラじゃないし……。
まあ、たぶん大丈夫だろ。
きっといつも通り、ちゃちゃっとクエストをクリアしてそれで終わりだ。
「私も最初に聞いたときはビックリしたアルよ。共和国にいる時にこの情報を掴んでいたら、きっと家族総出で探索に来ていたアルねぇ」
「……おい、チャイナっ子。言葉に慎め。後ろに魔導士達がいるんだから」
「分かっているアルよ。だから小さい声で言ったじゃないアルか」
そう言ったタオは俺にウインクをした。
彼女の言う『共和国にいる時』とは、つまりタオ一家が盗賊をやっていた頃の話だろう。
そんな話をラクシャディアの連中に聞かれたら……いや、これ以上は止めておこう。
「宰相の話では、この遺跡は精魔戦争時代のもので間違いないそうですね。当時はまだ人間族が誕生していませんから、この遺跡は恐らく精霊族か、もしくはドワーフ族が建てたのでしょう」
「どうしてそう言い切れるんだ? 別の種族かも知れないじゃん」
「カズハは何も分かっていないのですね。良いでしょう、説明してあげましょう」
ここぞとばかりに俺をディスった幼女は、鼻の穴を広げて腰に手を当てて偉そうに説明を始めました。
俺はそれを適当に聞き流しつつ先に進みます。
「――であるからして、当時の建築技術から逆算して考えると、全種族の中で最も知能の高い精霊族か、鍛冶技能を有するドワーフ族しか地下遺跡を建築することは不可能と考えられるわけです。……聞いていますか、カズハ?」
「あ、うん。一応」
ほとんど聞いていなかったけど、大体分かったからそれで良し。
それにこの地下道の壁には至る所に精霊族の壁画みたいなのが描かれているし、説明されなくても何となく分かるだろ。
……ていうかルルも、これを見てそう考えただけじゃね?
それをあたかも自分の知識みたいに語っている幼女……。
さすが、全種族の中で最も知能の高い種族ですね!
「それにしても狭い通路アルねぇ……。後ろはちゃんと付いてきているアルか……?」
後方に視線を向けてそう呟いたタオ。
確かにこの地下道は人ひとりが通過するのにやっとの広さだ。
こんな場所でモンスターに襲われたら大剣とか振り回せないし、どうやって戦ったら良いのでしょう。
あ、ちなみに隊列は俺を先頭に、ルル、タオと並んでいます。
その後ろに魔道士の皆さんとセレン。最後尾にレイさんが付いてきています。
まあ、電車ごっこみたいな隊列ですね。
「この先にある『封印の間』を抜けたら、だいぶ道が広くなるらしいぞ」
「……しかし、その封印の間が難関のようですけれどね」
幼女がそう呟いたと同時に、前方に魔法陣に覆われた巨大な扉が見えてきました。
きっとあれが封印の間だろう。
「おーい、到着したぞー! 封印解除してくださーい!」
後ろに付いてきている魔道士らに声を掛け、全員が封印の間の前に集合。
さーて、どんな化物が出てくるのやら……。
「宜しいですか? この扉の封印を解いた瞬間、凶悪なモンスターが襲い掛かって来ます。我らがラクシャディア兵が束になってかかっても、まったく太刀打ちが出来ずに終わりました。我らは万一に備え、後方より再封印の魔法を詠唱して待機しております。……ご了承下さいますね?」
「はぁ? それって私達ごと封印しちゃう危険とかがあるんじゃないアルか?」
魔道士の言葉に食ってかかるタオ。
まあ、これも宰相からの命令なんだろうね。
俺らの命よりも、モンスターが外に出ちゃって首都が滅亡しちゃう危険を阻止するほうが重要だろうし。
賢明な判断だな。
「……どうするのだ、カズハ? 全員で突撃と行きたいところだが、奴らがこういう姿勢では何人か封印の扉の外で待機をしていたほうが良いのでは?」
俺が考えていた事と同じ事を提案したセレン。
さすがは俺の眷属。
もちろん、そのつもりです。
「凶悪なモンスターが蠢く隔離された部屋の中で、カズハ様と私は捕えられ、裸に剥かれ瀕死の状態にありながらも、お互いに手を取り、肌の温もりを感じ合う……。ああっ! ぜひ私も中にっ!!」
「……レイさんはお留守番でお願いします」
俺は大剣を抜き、扉の前に立った。
そして後ろを振り返りこう言いました。
「ここは俺ひとりで行くよ。魔道士さん、よろしくお願いします」
「ひ、一人でですか……? しかし貴女は確か、エーテルクランの闘技大会でも100位以下の順位だったはず……。レインハーレイン殿ならばまだしも、貴女一人では自殺行為ですぞ……!」
さすがの魔道士さんも俺を全力で止めました。
うん、まあ悪い奴らではなさそうだね。
やっぱ上から命令されてるだけなんだろうな。
あの宰相……一筋縄ではいかなそうな感じだし。
「我が主がこう言っておるのだ。早く封印を解け」
「は、はい……。どうなっても知りませんよ……!」
セレンの言葉を聞き、魔道士らが封印解除の魔法を詠唱した。
俺はそれを鼻をほじりながら見守っています。
ギギギギ――。
重い扉が徐々に開く。
そして暗闇の中から光る玉が無数にこちらを照らしていた。
「ひ、ひいぃぃ! あれです……! あのモンスターに我々は……!!」
『ギャオオォォォォォォォン!!!』
地下道に響き渡るモンスターの鳴き声。
あー、光る玉じゃなくて、奴らの『目』か。
こいつは……ヒドラだ。
ラクシャディア兵じゃ、確かに勝てないよな。
「あー、魔道士さん達。いったん俺、中に入るから、そのまま扉を封印しちゃって下さい」
「……は?」
魔道士の返事を待たずに俺は地面を蹴った。
そしてヒドラを押し退け、そのまま扉の中に侵入する。
「ちょ、ちょっとカズハ……! どうするつもりアルか……!」
「……いや、大丈夫だ。魔道士らよ。カズハの言う通り、扉を封印するのだ」
「は、はい……」
徐々に俺の背後の扉が閉まっていく。
よし。これで誰にも迷惑を掛けずに、全力で戦えるぞ。
さあ、久しぶりに大暴れの時間だ!
ひゃっほう!!
◇
三分が経過しました。
うん。まあ、こんなもんかな。
『おーい、魔道士さーん。もう開けてもいいよー』
「……まさか……。お、おい! すぐに封印解除の魔法を!」
俺の声が聞こえたのか。
魔法を詠唱して扉を開いてくれた魔道士さん達。
そして扉の中を見た瞬間、唖然とした表情に変わった。
「倒……した……? たった一人で、封印の間のモンスターを……?」
魔道士のひとりがその場で膝から崩れました。
うーん、まあ確かに強かったけどね。
俺が全力を出して倒すのに三分も掛かったから。
「……セレン。このヒドラの強さはどれくらいなのでしょうか」
「……ああ。恐らく、魔王城にいたモンスターよりも遥かに強敵だな」
「……やっぱりカズハは化物アルね」
「カズハ様ぁ……!」
溜息を吐く三人と色めき立つ一人。
まあ誰と言わなくても分かるだろう。
「で、では……先に進みましょう」
「ああ。皆も気を引き締めろよ。ここから先は未知の領域だからな」
俺の言葉で全員が首を縦に振った。
よーし。じゃあ先に進むか。
お次はどんなモンスターが出てくるのやら……。




