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犬騎士と獅子姫  作者: 佐藤ヒトエ
王女殿下の生誕祝い
15/22

(9)王女の恋2

 今夜のあたくしって最高に可愛いみたい、とカトレッチェはため息をついた。

 大晩餐会が始まってから、カトレッチェは五人以上の男たちと踊っている。挨拶にかこつけてカトレッチェの手を握り、熱心に見つめてくる者らの申し出を断り切れなかったのだ。

 今も、カトレッチェは三人の男たちに囲まれていた。二人は自国の有力貴族の息子で、一人は隣国の王子の遣いである。

 いずれもカトレッチェに縁談を申し込んでおり、「王女殿下の愛らしさに心を奪われました」「お可愛らしい方、あなたの手に触れることができるなんて、僕はなんて幸せなんだろう」「王女殿下プリンセッサ、わたすぃの国の王子プリンシペもきっとあなたが好きありまっす」と口々にカトレッチェを賞讃した。

 ああ、あたくしって罪な女。あたくしにはもう想う方があるというのに、こんなにも殿方の心を奪ってしまうなんて。

 こんなあたくしの姿を見たら、イロンデル少佐もきっとあたくしを女として意識してくださるはず、とカトレッチェは期待を込めて広間を探すが、少佐の姿はどこにもなかった。

 園遊会にも、大晩餐会にもお見えにならないなんて…。いいえ、あの方は近衛の騎士様。あたくしを護るために働いてくださっているのだわ。「十三歳おめでとうございます」と言っていただきたいなんて、わがままな事を思ってはだめ。

 甘いため息をついて、カトレッチェはチラと背後を確認した。二歩下がった位置に、イロンデル夫人―――忌々しい響きである―――アントニアが、カトレッチェの言いつけどおりに控えている。

 シンプルだが質のいいドレスを着たアントニアは凛として美しく、密かに衆目を集めていたが、華美を好むカトレッチェにはその装いがみすぼらしく映った。

 女としての魅力、身分、年齢、センス、全てにおいてあたくしの方が勝っているわ、とカトレッチェはしみじみ思う。

 アントニアを傍に置いて自分と比較することで、その差は一層際立っていた。

 イロンデル少佐も今はこの人に夢中と聞くけれど、あと二年も経てば大柄で無骨な女と結婚してしまったことを後悔なさるはず。そのときはあたくしと…ああ、禁断の恋だわ。


 ―――殿下、私は…いや、俺はどうしてもあなたのことが好きなんです。何度断られても諦められない。

 ―――いけないわ。あなたには奥様がいらっしゃるもの。

 ―――あんな女、もう愛しておりません。なぜ結婚してしまったのか。俺は、こんなにもあなたが好きなのに。

 ―――イロンデル少佐…。

 ―――ルキノとお呼びください、殿下…カトレッチェ。


 未来を想像して、カトレッチェは頬を染めた。

 真っ赤な頬を隠そうと両手を当てたカトレッチェを、イロンデル夫人がぎょっとした目で見る。

 

「殿下、お顔の色が…」


 御風邪を召されましたか、と明後日の方向を心配するアントニアがのばした手を、カトレッチェは思いっきり叩いた。アントニアが話しかけてきたせいでせっかくの妄想を台無しだ。


「心配してくださらなくて結構よ、イロンデル夫人。気安くあたくしに触ろうとなさらないで頂戴」

「は…、失礼いたしました」

「殿下、それはあまりな為さりようでありませんか!」

「獅子姫さまの御手を…!」

「プリンセッサ、駄目ですぃねー」


 さっきまで自分を賞讃していた男たちが、ものすごい勢いでカトレッチェを責める。カトレッチェは一瞬、何を言われたか分からなかったくらいだ。

 おまけに、国内貴族の子息である二人は真っ赤に頬を染めておずおずとアントニアに話しかけた。


「あっあの、僕、あなたのファンで…あー、その…」

「きょ、今日もお綺麗で…いや、ええっと、私は実は、いつも社交の場にあなたがいないかと探して…違う、ストーカーじゃなくてですね」


 …何よ、これ。

 もじもじする男たちが無性に腹立たしい。

 自分には臆面もなく甘ったるい賛辞を並べたくせに、アントニアの前では恥じらって言葉をためらうとは、どういうことだ。

 殿方は小さくて可愛い女が好きなはずなのに、なんでこんな大柄な…馬や剣まで扱う野蛮な女に熱い視線を送るのか。

 イロンデル少佐のみならず、あたくしの婚約者候補たちまで誑かすなんて…!とアントニアを睨むと、彼女は何故か茶色い瞳を曇らせていた。

 男たちがもじもじする様子を、自分を怖がっているせいだと思って落ち込むアントニアに、この場の誰も気づけない。


「あのー、この人の名前、獅子レオーネ?変わってありますぃねー」


 もじもじする若者たちと不機嫌になった王女、浮かない表情のアントニアを順に見て、隣国の王子の使者が拙い言葉で疑問を述べた。


「ああ、ご存知ありませんでしたか。この方はレノー将軍家のアントニア姫です」

「父君に似て武芸に長けた方でしてね。馬を操り剣を振るう御姿がまるで…といつの間にかそうお呼びするようになっていた次第でして」

「なるほっそ。よろすく申すぃます、獅子レオーネ・アンソニーア」

「アン“ト”ニア姫ですよ、卿」

「アンソニーア?」

「ト」

「ソ?」 

「…あー、まあ、いいんでしょうかね」

「外国の方には難しい発音でしたか」


 カトレッチェをそっちのけにして小声で審議する二人に、苛立ちが募った。話題の中心はいつも自分でなくてはならないのに、大嫌いなイロンデル夫人に取られるなんて最悪である。

 

「アンソニーア、わたくすぃは、マシュー・ド・ボーヴォワール。ソレイユ辺境伯と呼ぶまっす。わたくすぃさちの国の王子プリンシペのために、王女プリンセッサに会いに来ますぃた」

「どうぞよろしく、トレイユ卿」

「あー、ノンノン。わたくすぃは“ソ”レイユとぅ申すぃます」

「…トレイユ?」

「ノンノン。よっく聴いてくるさいねー、『ソ』」

「ト?」

「ソ」

「…ト?」

「御両人、そのやりとりは不毛かと」


 つっこみながら、若者二人は「可愛い…!」と悶絶する。

 その姿を見た瞬間、カトレッチェの苛立ちは限界に達した。


「あなたたち全員、もうどこかに行ってちょうだい!不愉快だわ!」

「で、殿下?」

「我々が何かご無礼を…?」


 若者二人が慌てた顔でこちらを向く。今更気にしたって遅いわ、とカトレッチェは二人を睨んだ。

 同じように慌てると思ったアントニアは、ちょっと困ったように首をかしげただけである。生誕祝いまでの二日間でカトレッチェに散々振りまわされた結果、カトレッチェの不機嫌に慣れてしまったのだ。

 しかし、自分が機嫌を損ねても動じないアントニアが、カトレッチェはひどく気に障った。


「あ、あなたなんか…っ!あたくしの気持ちも知らないくせに!」


 大っ嫌い、とアントニアに向かって吐き捨てる。怒りで頬を高揚させたカトレッチェを、四人の男女が困惑した視線で見下ろしてきた。

 彼らの表情に苛立ちをあおられ、広間から駆けだしたカトレッチェを、アントニアが慌てて追う。

 取り残された三人の男は、戸惑って顔を見合わせた。


「“あなたなんか、あたくしの気持ちも知らないくせに”とお顔を真っ赤にされていたが…」

「ええ。もしや、王女殿下は獅子姫を想われて…?」

「禁断の恋ですぃねー」


 恐ろしい勘違いが生まれたことに、当事者二人は気づいていない。


感想をくださった方、ありがとうございます!とてもとても嬉しいです。

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