十二 同盟
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目の前は真っ暗だった。完全なる闇に包まれており、周囲の様子が全くわからない。
果たしてここはどこなのだろうか。
私は桃の家で意識を失い、気付けばこの暗闇の中にいた。
また変な場所に連れてこられた。もうこのやり方はやめてほしい。
私がグチグチと心の中で不満をこぼしていた時だった。
「聞こえるか、柊春華」
上空から声がした。誰かが私に話しかけている。
女の声だった。若い人物であると思われる。
「誰? どこにいるの?」
私は見えない相手に問いかけた。どこを見渡しても、目には黒しか飛び込んでこない。どこかに明かりを点けるものはないだろうか。
「私は今、貴様の夢の中にいる。ところで、貴様は神の正体について知りたくはないか?」
声の主は平然とした口調でそう言うのだった。
神の正体……? 彼女は神について、何を知っているというのか。そもそも、どうしてそんなことを私に話す気になったのか。
「あなたは何者なの? どうして神の話をするの?」
「まずはこちらの問いに答えろ。貴様は神に関する詳細を知りたいと思わないか?」
女の声は苛立っていた。短気でせっかちな印象を与えるものだ。
彼女の問いに対する私の答え。それはもちろん、イエスである。
今の私には知らないことが多すぎる。私は正体不明の謎の相手と攻防を繰り広げているに過ぎない。情報があまりにも不足していると言えるだろう。
山之内は以前、神がかつては人間の少女であったことを話してくれた。
後継者争いを勝ち抜き、神となった少女はクラスメイトの岩上竜也を操り、私を殺害したのである。
しかし、私はこの世に蘇った。それを見過ごすことができない神は、再び私を葬らんとしているのだった。それが神が私を狙う理由だ。
私が知り得る情報はここまでである。神にはどんな力があり、どんな手段を使って私を滅ぼすつもりなのか。今はそれが知りたい。
「さぁ、どうなのだ。答えよ」
「知りたい。神について、あなたが知っていることを全部話してほしいわ」
何でもいい。とにかく新しい情報が得られるというのなら。
「そうか……。貴様がそう言ってくれることを期待していた。貴様は我々にとって、最後の望みだからな」
最後の望み……?
私はキーパーソン的な存在なのだろうか。いつの間にそんな期待をされるようになったのだろう。っていうか、彼女の言う「我々」とは何を指すのかしら。
「では話すぞ。まずは神が元人間だということは貴様も知っているな?」
「ええ」
それはもういい。山之内が言った通りだ。
知りたいのはもっと他のことである。
「ならば、神が人の姿をしていることは知っているか?」
「いいえ、それは知らなかったわ」
神とはいえ、元人間。神になった途端に姿が変わることはないのかもしれない。
「そうか、知らぬのか。だとすると、まだ一度も神の姿を見たことはないようだな」
「そうね。ないわ」
神と直接対決をしたことはない。神はいつも手下や協力者を使って私を襲ってくるのだ。まぁ、その度に私は彼らを神から離反させてきたわけだが……。
「貴様に伝えておく。神の姿は人間そのものだ。だから貴様は、ある日突然神が目の前に現れたとしても、その正体には気づかないだろう」
それは確かにそうかもしれない。普通の女の子としか思わないだろう。
神を神だと認識できないまま、私は神との直接対決に敗れてしまうかもしれない。
歴史の話をするのが好きな美波が言っていた。まだテレビがなかった時代、人々が時の総理大臣の顔を正確に認識していないこともあったそうだ。そのため、首相暗殺を企てた兵士が首相とは別の人物を殺害してしまう事件もあったのだという。
私は神の顔を見たことがない。言われなければ、それが神だとは絶対に気づかないはずだ。それだと危険すぎる。
「神の姿のイメージを貴様の脳に送る。今後、その容姿をよく覚えておくことだ」
「どうしてそんなやり方なの? 写真を渡してくれた方が早くない? どうしてあなたは夢の中で語りかけてくるの? 普通に会って話せないの?」
真っ暗で顔も見えない状況で話されても不安だ。せめて顔を見せてほしい。その方が信用できるし、手っ取り早いと思うんだけど……。
「それは不可能だ。私が貴様と現実社会で接触することはできない。私たちの会話の内容を神に知られるわけにはいかないからだ。貴様と意思疎通をするには、神の目が届かない環境が必要だ。それが貴様の夢の中である。だから私は貴様を眠らせて、こうして脳に直接語り掛けている」
姿が見えない声の主は説明した。そうか、そういうことだったのか。密会ができないなら、テレパシーで対処するのだな。
私が急に意識を失ったのは、神の仕業ではなかったようだ。これは予想外だった。
「あなたは何者? 私を無理矢理眠らせるなんて……。それに、あなたはどうして私にこんな話をするの?」
声の主については疑問が尽きない。正体不明の少女がいきなり語りかけてきたのである。名前も目的も一切明かされないまま。
「私は天界の住人である。また、神への反逆を企てる組織の一員だ。天界では今、神に対して不満を募らせる者が多くいる。だから我々は、悪しき神を打倒するために立ち上がったのだ。また、貴様は神と敵対している。我々と共通の敵を持つ貴様は、創造という優れた能力を持っている。我々は貴様が革命の切り札になり得ると考えている」
敵の敵は味方、という理論らしい。彼女とその仲間たちは、神を倒すことを目的としているようだが、私の能力を利用したいと考えているのだった。
天界のクーデターに私まで勝手に巻き込まれているのは気に入らないが、今は彼らに協力するのが得策ではないだろうか。
私は神の包囲網を形成してきた。大勢で神を追い詰める作戦だった。ならば味方は多ければ多い方がいい。神を敵視する天界の住人たちと一緒になって立ち向かえば、勝利の可能性が高まるかもしれない。
「どうか我々と共に戦ってはくれまいか?」
少女の声は言った。
「もちろんよ。私たちの目的は同じ。喜んで力を貸すわ」
私は快諾した。断る理由などなかった。
これで同盟成立だ。
「感謝する、柊春華。よろしく頼む」
「こちらこそ。……で、あなたは私の脳に、神の姿をイメージにして送ってくれるのよね?」
「そうだ。今から送る」
しばらくして、神の姿を現したイメージ画像が私の脳内に送り込まれてくるのだった。
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