五 住居
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「ところで、私はこれからどうすればいいのですか? お姉さま。人間界で暮らせと言われましても、住むところがありませんの」
メアリーは困った様子で言った。
そういえば肝心なことを考えていなかった。彼女の住む場所について何も決めていなかったわね……。
アンネは留学生として私の自宅にホームステイしている。というか勝手にそういう設定にされてしまった。この私の了解なしに。
「そうですわね……。では、あなたに手頃な家を私が用意しますわ」
アンネが言った。彼女はまた魔法を使うつもりなのだろうか。
「どうやって用意するつもり? 魔法で家でも建てるの?」
念のために質問する私。
彼女ならば、村松教授の家を凌駕する大豪邸を一瞬で作りかねない。
魔法の乱用が住宅格差を助長することもあり得る。そんなことになるのは許せないだろう。特に私が。
メアリーが私よりもでっかい家に住むのは気に入らない。要するに嫉妬だ。
「新しく建てる必要などありませんわ。空き家で十分ですの」
「空き家……? そんな都合よく見つかるかしら。それに、空き家だって購入するのにお金がかかるのよ? 言っておくけど、魔法でお金を密造するのはナシね? それ犯罪だから」
「あら、それは困りましたわ。でしたら、やはり新築を建てるしかありませんわね」
新築か……。結局そうなってしまうのね。
「素敵なお家をお願いします、お姉さま! プール付きで大きな庭とバルコニーのあるお家を所望します!」
メアリーは目を輝かせながら、色々と注文を付けた。魔女も家にはこだわりを持ったりするらしい。
「甘えてはいけませんわ。あなたは修業中の身ですの。贅沢な環境で暮らせると思うのは大間違いですわよ」
厳しい言葉を告げるアンネ。師匠である彼女は、弟子のメアリーを甘やかすつもりはないようだ。こういうように、しっかりと師匠らしい態度を取ることもできるのね。少し意外だわ。
「そうでした……。出過ぎたことを言って申し訳ございませんでした」
メアリーは謝った。師匠の言うことに対し、不満を述べることはなかった。素直で真面目な子であるという印象を受ける。
きっと彼女たちの間には固い信頼関係が築かれているのだろう。
「わかればよいのですわ。では、あなたにはこれを与えます」
メアリーは何か呪文を唱え始めた。
すると、目の前に銀色の光を帯びた魔方陣が浮かび上がった。
「ちょ、何やってるのよ! こんなところに家建てちゃダメでしょ!」
ここはボウリング場のトイレである。家なんて建てたら……。
魔方陣から物体が現れ始めた。
まさか、これが家になるの……?
直視できないほどの眩しい光が発生する。私は目を閉じた。
次に目を開けた時、そこには小さな箱のようなものがあった。
いや、これはただの箱ではない。屋根のような形をしたものがてっぺんに付いている。側面には大きめの穴が一つだけあり、箱の中が空洞であることがわかった。身をかがめれば、その穴から箱の中に出入りすることができるだろう。
え? もしかして、これってアレじゃない……?
「できましたわ。犬小屋ですの!」
「素敵な犬小屋……。私にはもったいないくらいです、お姉さま!」
「ええええええええ?!」
さすがにこれはないでしょ。いくら修業中だからって、犬小屋暮らしは厳しすぎるでしょ!
犬小屋で喜んでるメアリーもおかしい。これでも文句言わないのは逆に気持ち悪い。
この二人、普通の師弟関係じゃないわ……。
「さ、これを持っていくのですわ。好きな場所に置いて生活をするのです」
「はい! ありがとうございます」
頭おかしいでしょ。すんなり了承してる場合ではないだろう。
「ねぇ、メアリー。あなたはホントにそれでいいの? 犬小屋よ? 犬小屋なのよ、これ。犬と同レベルの生活環境で納得できるの? プライドとかないの?」
私はツッコまずにはいられなかった。むしろこれにツッコまない人なんていないはず。
「これでいいのよ、柊春華。私には十分すぎるくらいだわ」
メアリーは満足げに語った。
「で、でも……」
彼女の心情がわからない私。どうしてここまで従順でいられるのか。どうして文句一つ言わずにいられるのか。
「だって……お姉さまが作ってくださった家ですもの……。お姉さまが魔法で、私のために……」
「メアリー……」
「アンネリーゼお姉さまの魔方陣……。お姉さまの呪文詠唱……。はぁはぁ……」
「どこに興奮してんのよ、アンタは」
意味がわからない。魔女の神経は理解不能だ。
アンネの弟子なだけあって、やっぱりこの子も変だ。変人を慕う者は自らも変人なのだった。
住居が犬小屋なのは不憫でならない。でも、本人が満足しているなら別にいいか……。
「では失礼します、お姉さま!」
メアリーは犬小屋を持って、トイレを去った。そのまま出て行くのね……。
犬小屋を抱えた女が手洗い場から出てきたら、他の人たちも驚くだろう。
「さて、ボウリングの続きをしますわよ」
「あ、うん……」
私は戸惑いを覚えつつ、アンネと皆の所へ戻った。
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