三 稲妻
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ボウリングの第一ゲームが終了した。スクリーン上に全員分のスコアが表示されている。
一位は城田さんだった。彼女は宣言通りにトップの成績を残した。ストライクを四回も投げたのである。
二番目に成績が良かったのは美波だった。彼女は意外にもボウリングの腕が良かった。ストライクが一回、スペアが三回だった。
三番目はアンネ。その次に林さん、桃の順となっている。
そして、皆の注目を一番集めているのは、私のスコアだった。
画面には想像以上のロースコアが映し出されている。そう、私は六人の中でぶっちぎりのビリになってしまったのだ。
「うわぁ……。これはさすがにヤバいっすね、春華先輩」
憐れむような目で私を見つめる城田さん。
私はガックリとうな垂れながら、ベンチに座っている。
「下手くそですわね。初めてのわたくしに負けるなんて、ゴミ以下ですわ」
率直な感想を述べるアンネリーゼ。その言葉は私の胸に鋭く突き刺さった。
ああ……返す言葉もない。言い訳できないくらいの悲惨な結果を残してしまったのだから。
「し、仕方ないですよ! 久々だったんですし」
とっさにフォローを入れてくれる林さん。気にするなと言ってくれているが、まさか自分がここまでひどいスコアを叩き出すとは思っていなかった。落ち込まずにはいられない。
「次のゲームです、春華さん! 次で挽回しましょう!」
「ドンマイだよ、春ちゃん。桃だって、ガーター三回もやっちゃったし」
美波や桃も私を励ましてくれるのだった。
皆の優しさがかえって辛い。ボウリングの異常な下手さ加減で、すごく気まずい空気にしてしまったものだ。
「あああ……。どうしてこんなに上手くいかないのよぉ……」
涙目になる私。ストライクもスペアもゼロ。ガーターは五回だった。
ネタにできないくらい下手なのが余計に苦しかった。後輩たちは私を笑うこともできず、むしろ気遣っている。それが本当に申し訳ない。
「あ。でも、二ゲーム目はコツを掴めるかもしれないっすよ?」
城田さんは早く次のゲームを始めたがっている様子だった。
「そ、そうかもね……。さっきよりはマシになるかも……」
私は前向きに捉えようとする。
けどもしかすると、一ゲーム目よりもさらに悪い結果になる可能性もある。
とりあえずガーターの数を減らすことが、第一の目標だと言えるだろう。
「じゃあ、二回戦行きましょうか」
美波が「ゲーム続行」のボタンを押そうとする。
「ごめん。その前にちょっとお手洗いに……」
私は席を外すことにした。
顔を洗って気分を入れ替えたいと思う。
◆ ◆ ◆ ◆
バシャバシャと洗面所で顔を洗う私。冷たさで一気に目が覚める。
そんなに洗ったらメイクが崩れるって? それは大丈夫。私はノーメイクだから。すっぴんでも超美少女なのだ。
顔を洗って顔を上げた時だった。鏡を見ると、私の後ろに誰かが立っているのがわかった。
彼女は私の方をじっと見ている。
おかしい。さっきまでは全く気配を感じなかったのに。一体いつの間に……。
そこに立っていたのは、西洋人形のような格好をした異国風の少女だった。髪や瞳は赤茶色で、肌は雪のように白い。
背丈は低めで、どこか幼い感じがする。多分私よりも年下ではないかと思う。
「だ、誰……?」
私は少女に問いかける。
「……」
しかし、反応はない。ただ黙って私の顔ばかりを見つめているのだった。いや、これは睨まれているといった方がいいかもしれない。なんだか強い恨みのようなものを感じる。
この子に会うのはこれが初めてのはず。恨まれるようなことをした覚えはないのだが……。
外国人っぽいし、日本語が通じないのかもしれない。じゃあ、今度は英語で話しかけてみよう。
「ハロー。フーアーユー?」
「……」
ダメだ。何も答えてくれない。これでは意思疎通ができない。
そもそもこの子は人間なのか? ひょっとしたら幽霊なんじゃないかしら?
彼女はいきなり背後に現れたのだ。何もないところからスッと出てきたということは、もしや……。
少女はこのトイレに棲みつく地縛霊……だったりして。
私は背筋が凍り始めた。
「あ、悪霊退散! 悪霊退散!」
私は彼女が成仏してくれることを念じて叫んだ。
「貴様が柊春華ね?」
「……お?」
なんだ、日本語話せるじゃん。
「はい。そうですけど……」
「やっぱりそうね。ならば、今すぐここで死になさい! あなたはここでおしまいよ!」
少女は鬼の首でも獲った様な顔で言う。勝ちを確信しているかのようだ。
「どういうこと? あなたは何者なの?」
「問答無用! 覚悟!」
次の瞬間。少女が立つ床の上に、魔方陣のような円形の模様が浮かびあがった。
円の中には変な図形や外国語の文字が記されており、青白い光を放っている。
私はこの光り輝く模様に見覚えがあった。アンネリーゼが魔界から人間界へ転移するときに生み出した魔方陣に似ている。あれは紫色の光を放っていた。
色は異なるが、この模様もあのときに浮かび上がった魔方陣と同じく光を放っている。細かい部分までは覚えていないけれど、だいたい一緒だ。ということは、これも魔方陣なのではないか……。
少女は何をするつもりなんだ……。
「一撃でアンタの息の根を止めてやるわ!」
魔方陣から稲妻が放出され始める。バチバチと音を立てながら、稲妻の柱が何本も天井に向かって伸びてゆく。
まさか、このビリビリとした電気で私を攻撃するというのか?
あんなのをまともに喰らったら、確実に死んでしまう!
私はこの場から逃げようとした。
だが、足がすくんで動けない。もう逃れることはできない状態だった。
あ、これ詰んだかも……。
私は三回目の死を覚悟した。
ところが。
「ぎゃあああああああああああ!」
なぜか悲鳴を上げたのは少女の方だった。身体をブルブルと震わせながら、阿鼻叫喚する。
見るからに彼女は感電していた。自分が生み出した稲妻でダメージを受けているのだった。
「し、痺れるぅうううう! いたたたたたた! ああああああ!」
雷に身を包まれる少女。彼女の身体は青い稲光で綺麗に輝いている。
何がしたかったんだ、この子は……。っていうか本当に大丈夫だろうか。このままだと死んじゃうのではないだろうか。
「ちょ、たす……助けて……」
「え? ええーと……。でも……」
助けてと言われましても、その電撃のせいで近づくことすらできないのですが……。
この子に触れたら私まで感電するに違いない。二人揃って焼け焦げることになるだろう。
「み、見捨てるつもり……? うあっ! あばばばばば」
「だって! もう! こんなのどうしろっていうのよぉー!」
私にはどうすることもできない。
こうなったら助けを呼びに行くしかないだろう。
トイレを出て、人を呼びに行こうとした時だった。
「強い魔力を感じてやって来ましたが、これは何事ですの?」
アンネが現れた。
「ちょうどいいところに! この子をなんとかしてあげて。あなたの魔法ならできるでしょ?」
「まぁ! メアリー! どうしてこんなことに……」
アンネは電気で痺れている少女の姿を見て、目を見開いた。
え? 知り合いなの?
「アンネリーゼ……お姉さま……」
助かった、というような目をする少女。
「術式解除!」
アンネリーゼが叫んだ。
すると、少女を拘束していた稲妻が一瞬で消えてしまった。
ヘナヘナになった少女が倒れ込みそうになったところをアンネリーゼが支える。
少女はアンネの腕に抱きかかえられた。
「大丈夫ですの? メアリー。可愛いお洋服が焦げ焦げですわよ」
「ああ……お姉さま……。愛しのアンネリーゼお姉さまぁ……」
感動した様子の少女。その目には涙が浮かんでいる。
お姉さま? これはどういうことなのかしら。
「どうしてあなたがここに?」
アンネが少女に問う。
「お姉さまに会うために人間界へ参りました……」
少女は答える。
えっと、もしかして……この子も魔女なの?
魔界からアンネを追いかけてきたってこと?
「そうでしたのね。それはともかく、転移魔法を使えないあなたがどうやって人間界へ? 資格を取得しましたの?」
「いいえ、それはまだです。ですが、今回は特別に許可が下りたのです。そこにいる柊春華を始末することを条件に……」
少女は私を指差しながら説明した。
私を始末するため……? なんでこの子が私を……。
「春華を……?」
アンネはにっこりとほほ笑みながら言った。
だが、その笑みには殺意にも似た怒りが見え隠れしている。
「そうです! 私はその女からお姉さまを取り戻しに参りました。すぐに始末してみせます!」
意気揚々に声を上げる少女。
それを聞いたアンネリーゼの表情は一気に険悪になるのだった。
「うっふふふふふ……! どうやらあなたには、キツーイお仕置きが必要みたいですわねぇ! メアリーィィィィ!」
「ひいっ!」
アンネは激怒した。それは今まで見たことがない怒りっぷりだった。とにかく声がヤバい。そんな声出るのかってくらいビックリした。
「お、お待ちください、お姉さま! 私はお姉さまのために……!」
「言い訳など聞きたくありませんの……。さぁ、歯を食いしばるのですわ」
「はわっ……はわわわわ……」
涙目でガクブルと震えるメアリーという名の少女。彼女はまるで子犬みたいに怯えている。
私も他人事とは思えないほど戦慄していた。魔女、恐るべし。
「お、お姉さま! どうかご勘弁を……!」
「なりませんわ。観念なさい、メアリー」
「あっ……あっ、ああっ……」
アンネは両手でメアリーのわき腹を掴んだ。
そして。
「こちょこちょこちょこちょ」
「んひぃいいいいいい! あはっ! あはははッ! ひゃあああ! だ、だめっ! だめです、お姉さまぁあああ! イヒヒヒ!」
笑い転げるメアリー。
ってか、ここトイレなんですけど。よくこんなところで転がっていられるわね。
アンネリーゼによるお仕置きはしばらく続いた。
メアリーは自らの顔を涙とヨダレでクシャクシャにしながら昇天してしまうのだった。
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