六 深夜
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そろそろ就寝の時間だ。明日も一限目から講義がある。だから早く寝なくてはならない。
私は布団を敷いた。だが、まだ眠れるような気分ではなかった。精神的な理由で。
「はぁ。どうしてこうなったのよぉ……」
枕に顔を埋める私。
今日の出来事を振り返ると、頭の中には「なぜ」の二文字しか浮かんでこない。
「どうなさったの、春華。らしくないですわよ」
隣に布団を敷くアンネリーゼが言った。
逆に聞きたいのだけど、私らしさって何? 私が悩んでる姿はおかしいとでも言いたいわけ?
思わずそれを口に出しそうになったが、寸前のところで止めておいた。今はアンネに八つ当たりしても仕方がない。彼女には何の罪もない。
「私、もうバイト辞めたいかも……。いや、辞めるわけにはいかないんだけど……」
「唐突ですわね。以前はあんなに張り切っていらしたのに。ですが、辞めても問題はないと思いますわ。お金ならわたくしが春華のためにいくらでも用意しますの。魔法を使って」
得意げに話すアンネ。何でも魔法で解決する精神は今でも健在だった。最近はちょっと人間らしくなってきたと思っていたのだが。
「お金の問題じゃないのよ。今のバイトは続けたいけど、バイト先に行きづらくなったってこと」
バイトの内容自体に不満はない。だが、この先も普段通りに働ける自信がないのだ。もうそこから逃げたい気分なのだ。
「バイト先で何か問題でもありまして?」
「そうね。人間関係ってヤツかな……」
「それは難しい話ですわね。わたくしは人間ではありませんの。だから人間関係のことは……」
別に魔女にアドバイスなど求めていないし、何も期待していない。今の私の悩みは、誰かに相談しても仕方がないことなのだ。
私が今抱えている悩み。それはバイトの同僚、前島奈々香のことである。
前島はずっと私に想いを寄せていたらしい。私は今日のバイト帰りに、彼女から愛の言葉を突然告げられたのだった。
その告白に対して、何も言葉を返すことができなかった。当の前島もだんまりだった。しばらく沈黙が流れ、その場は気まずい空気になってしまった。
どうして彼女はあのタイミングであんなことを言い出したのか。彼女があんなことを言ってこなければ、こうやって悩む必要なんてなかったのに……。
いや、元はと言えば私が原因だ。悩みがあるなら相談に乗ると言ったのは私だった。その結果、前島は私のことが好きで悩んでいると言ってきたのだ。ならば、あの時の私は彼女の相談に応えてあげるべきだったのだ。「私も好きよ」とか「ごめんなさい」とか、具体的な「答え」を出す必要があったのだ。
それなのに、私は黙り込んでしまった。答えを出すことから逃げてしまった。返答を渋ったヘタレな私が悪い。だから、責めるべきは前島ではなく自分自身なのだ。
「報告しておくわ。あなたのライバルが増えたわよ」
「ライバル? わたくしの?」
「そう。あなたの恋のライバル」
「まぁ。それは一体誰ですの? 今すぐ呪殺するので、その者の名前と生年月日を教えてほしいのですわ」
アンネは藁人形と五寸釘を魔法の力で呼び出した。待て待て、そう早まるな。っていうか、呪い殺しちゃダメだから。
「バイトの同僚で女の子なの。私、また同性から告白されちゃった」
「あらあら、まぁまぁ。ますます春華の百合が加速していきますわね」
アンネリーゼは何だか楽しんでいる様子だった。
デリカシーのない魔女め。人が真剣に悩んでいるというのに……。
「春華は彼女のことをどう思っていらっしゃいますの? わたくしから乗り換えたいとお考えですの?」
「そんなわけないでしょ。そもそも私はあなたに乗ってる覚えはないんだけど」
「愛人契約の話、お忘れではないでしょう?」
「そ、それはまた別でしょ……」
「いいえ、同じですわ。すでに春華とわたくしは恋人同士なのですわ」
恋人などではない。これはただの設定だ。私は本当に魔女の恋人になったわけではない。ただの演技なのだ。
「そういえば、最近疎かになってますわね。今夜は久々に、二人の愛を確かめ合いませんこと……?」
アンネは笑みを浮かべた。獲物を捕らえようとする野獣の目をしていた。すると、仰向けに寝転がる私の上に乗りかかってきた。
「し、しないから……!」
私は魔女の手を振り払う。
「ですが、このままでは二人とも死んでしまいますわよ? お互いの心を満たし合わなければ、わたくしたちは果ててしまう。そういう契約だったはずですわ」
「くっ……!」
私は顔を歪めた。
屈辱だ。生きるためには魔女とイチャイチャしなければならない。魔女の欲求を満たし、同時に私の心も満たされなければならないのだ。
「わたくしが忘れさせてあげますわ。あなたの悩み事を全部……」
そう言ってアンネリーゼは私の唇をふさいだ。
私は黙ってそれを受け入れるしかなかった。ここで騒げば隣の部屋にいる春樹に怪しまれる。
こうして、私と魔女の長い夜が始まるのだった。
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