二十 融和
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三限目の講義が終わり、いつものメンバーにアンネリーゼを加えてお茶をしようとしていた時だった。大学を出る直前、私たちはオタク女子の川口亮子に呼び止められた。
「お待ちくだされ、柊氏御一行!」
川口さんが私たちのもとへ駆け寄る。
「うわ、オタクの先輩だ!」
城田さんが嫌そうな顔をする。コスプレ撮影に無理矢理付き合わされた記憶が蘇ったのだろう。
「ま、また撮影するんですか……?」
不安そうな顔をする林さん。
そばにいる美波も「えぇ……」と小さく声を漏らした。めっちゃ嫌われてるじゃん。
「呼び止めてしまって申し訳ないでござる。今日はそちらのお方に用がありまして……」
川口さんの目線はアンネの方を向いていた。
やはりそうだったか。
「わたくし……ですの?」
「はい。あなたが噂の留学生、アンネリーゼ殿ですな。ふむふむ……。いやぁ、これまたとんでもない逸材を連れてきましたなぁ、柊氏」
一眼レフカメラを手にした川口さんがアンネリーゼをまじまじと見つめる。
彼女はコスプレ撮影のモデルとして、アンネを是非抜擢したいと申し出てきたのだった。
アンネは今朝からその美貌でたちまちキャンパス内で有名になっていた。物凄い美人な留学生がいると聞いて、川口さんが早々とアプローチを仕掛けてきた。
彼女はアンネに対し、コスプレがどうのこうの説明しながら撮影の交渉を開始する。
そして、すぐに話はまとまった。
「コスプレというのはすごく面白そうですわね。興味が湧いてきましたわ」
「それはよかったでござる。ではこれから早速、衣装に着替えて撮影してもよろしいですかな?」
「ええ、そうさせていただきますの」
アンネは川口さんに連れられて衣装を着替えに行った。
えらくノリが良いものだ。川口さんも大物モデルが見つかって嬉しそうだった。
「ホントにオッケーしちゃったよアンネさん」
城田さんは「もう知らねーぞ」と言いたげな顔をした。コスプレ撮影に応じるアンネの神経が理解できないみたいだ。
「いいなぁ。桃もコスプレしたーい」
一方、桃はコスプレに憧れている様子だった。彼女はアニメや漫画には詳しくないが、可愛い衣装には興味があるようだ。
「恥ずかしくないんですか? 桃先輩」
と、美波が問う。
「平気だよ。みーちゃんもこの前のコスプレすごく可愛かったよ?」
みーちゃん。それは桃が美波に付けたニックネームである。彼女だけが使用している。
美波は先日、『魔法少女・ミラクルユリカ』の主人公であるユリカのコスプレをさせられていた。確かにアレは可愛かった。川口さんにグッジョブと言いたくなった。彼女にとっては思い出したくない出来事みたいだが……。
「そ、そそんなことは……。可愛くなんかないです……」
全力で否定する美波。顔が赤い。
「私も可愛いと思ったわよ、美波のユリカコス」
美波を褒める私。もっと彼女は自信を持つべきだ。
「春華さん……!」
ぱあっと笑顔になる美波。
わかりやすい子だな、と私は思った。
「えへ、えへへ……。春華さんに『可愛い』って言われちゃった……」
美波は両手を頬に当てながら照れ笑いをする。そういう仕草も可愛い。
彼女は割と乙女な部分がある。少女漫画とかに憧れていそうなイメージ。壁ドンとかされたら鼻血吹いて喜ぶんじゃないだろうか。
「アンネさん、どんな格好で出てくるんだろう?」
林さんがワクワクしていた。
「魔女っぽい格好とか似合いそうだよね」
と、城田さん。まぁ、実際に魔女なんですけどね。
「メイド服とかも似合うと思うのー。桃もメイドさんの格好したいなぁ」
桃は喫茶店のウエイトレスに憧れている節がある。岸和田先輩が働いており、私たちの行きつけでもある喫茶店でアルバイトをしようか迷っているみたいだし。
アンネリーゼは今日一日で、早くも私たちのグループに馴染んだものだ。魔界暮らしが長かったせいか、常識知らずな部分も多いが、気さくな性格で人当たりは悪くない。「おしゃべりでちょっと変わった留学生」というポジションを確立しているのだった。
恋敵である美波や桃とも仲良く話すようになっていた。危うく人前で魔法を使いかけたりするところが心配だが、それは私がどうにかして阻止するしかない。
私は魔女に支配されてしまったが、友人たちが不幸な目に遭うことはないみたいだ。それだけは本当によかったと思っている。
あとはどうやって上手く魔女に対処していくかが重要だ。
私はいつか必ず、自由と平穏を取り戻す。
「お待たせしたのであります」
しばらく経ってアンネリーゼと川口さんが戻って来た。コスプレ衣装に着替え終わったようだ。
私はアンネリーゼの格好を見て咳き込んだ。
彼女の服装は魔界にいた時とそっくりのゴスロリ系だったからだ。
結局そういう衣装で落ち着くのね……。
「いいじゃないですか。似合ってる似合ってる」
城田さんが絶賛する。
「わぁ、アンネちゃん魔女みたーい」
と、桃が言った。
「ええ。だってわたくし、魔女ですもの」
アンネリーゼは答えた。
「そうでござる。ずばりこの衣装は『黄昏のナイトメア』に登場する闇の魔女、ドロシー・べレスフォードのコスプレなのであります!」
魔女が魔女キャラクターのコスプレをすることになったのは、果たして偶然なのだろうか。私としては偶然だと思いたい。
「うふふ、わたくしに見惚れていますの? 春華」
「いや、別に……」
私が魔女に惚れるわけがない。絶対にない。
この後、川口さんによる撮影が始まった。周囲にはたくさんの見物人が集まり、アンネリーゼは注目を浴びた。
コスプレをした魔女はそれをとても楽しんでいるようだった。
なんというか、まぁ……人間界に来られてよかったわね。
こうして、アンネリーゼは人間に混じりながら青春をスタートさせたのだった。
第四章、完
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