十四 魔物
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「難しい相談ね。あなたの恋人役なんて」
「恋人役ではなく正真正銘の恋人ですの。わたくしは誰にも春華を渡しませんわ」
アンネリーゼの言っていることは無茶苦茶だ。たとえ私がオッケーの返事をしたとしても、こんな形で彼女は満足なのだろうか。人間界へ帰るために仕方なく恋人になったような感じがする。これでは本物の愛とは呼べないと思う。
私は女と付き合うつもりはない。一生絶対にない。ましてや魔女となんて有り得ない。魔法でインチキをするような相手が恋人なんて。
しかしながら、この「契約」を結ばなければ美波は目を覚まさない。それではダメだ。美波と共に人間界へ帰ること。それが私の目的なのだ。それ以外の結果は許されない。
「そもそも、どうしてあなたは私に惚れたの? この頃、同性から愛の告白を受けることが多いのだけれど、私ってそんなに女性にとって魅力的な女なの?」
本当に不思議でならない。男にモテたいと強く思うほど、女にモテてしまうのはなぜだろう。思惑通りに事は進まないものだ。
「わたくしが春華を初めて目にしたのは、今から一年ほど前のことですわ。死の淵から蘇った美女が人間界にいるとの噂を他の魔女から伺いましたの。その噂に興味を抱いたわたくしは、すぐにあなたの素顔を確認いたしましたわ。人間界の様子を映し出す魔法の鏡を使って……」
私の復活は魔女の間で噂になっていたのか……。魔界の情報網恐るべし。
「するとまぁ、なんということでしょう。そこにはわたくし好みの美少女が映っておりましたわ。わたくしは古くから人間の少女に興味を抱いておりましたが、春華ほどわたくしの心を揺さぶる乙女はいませんでしたの。これは運命だと感じましたわ」
「要するに一目惚れってことね。魔女でもそういうことあるんだ……」
結局見た目か。まぁ私のルックスが良いことは事実だし、魔女ですら思わず惚れてしまうのも納得ができる。だが、何度も言うが、男が私に一目惚れしないのはなぜなんだ。そこがおかしい。
「しばらく鏡であなたの様子を見ておりましたわ。そして、心の中まで覗いてしまいましたの。すると、春華の心の中に巣食う『魔物』が見えてきましたわ」
「魔物? どういうこと?」
寄生虫でも住み着いてるのかしら?
「尋常でない欲望と信念、そして野望。それらが入り混じった瞬間、人は内側に魔物を宿すのですわ。『魔物』というのは、あくまでわたくしが勝手に生み出した比喩ですが、春華からは何か大きな力を感じるのです。その力がわたくしをますます虜にしますの」
アンネリーゼはゾクゾクとした様子で震えていた。
何が彼女をそこまで震わせるのかはわからないが、とにかく私の中に眠る力が大きく影響しているということはわかった。
欲望と信念と野望……。
そういったものは誰にでもあるはずだ。ただ、私のそれらには桁外れの強さがあったということだ。
魔物か……。確かにそうかもしれない。人間は欲の塊でできている。そういった意味では、とてつもない化け物だといえる。
魔女までもが震え上がる化け物を私は心の中に抱えている。それは認めざるを得ない。
「あなたが私の何に惚れるのかは自由だけど、私があなたに惚れることはないわ。永遠に絶対に。それだけは覚えておいてちょうだい」
「あら、言ってくれますわね。どこにそのような根拠があるといいますの? わたくしと春華は、今日出会ったばかりですわ。これから何が起こるかわかりませんわよ?」
「私とあなたの間には何も起こらないわ。私たちの関係が恋愛に発展することはない。期待しても無駄よ」
「うふ、それはどうでしょう。あなたの中には魔物だけでなく百合の華も眠っておりますのよ。わたくしが、いつかそれを必ず咲かせてみせますわ」
アンネリーゼは私を背後から抱きしめながら囁いた。耳に彼女の吐息がかかる。
相変わらずいい香りがする。この匂いも魔法で生み出しているのだろうか。嗅いだ者を惚れさせる効果でもあるのだろうか。
この香りのせいで、私は魔女に抵抗する気力が失せてしまう。さっきベッドに連れ込まれたときは危うく服を全部脱がされるところだった。
アンネリーゼは私の身体のあらゆる箇所を左右の手でさすっている。私の背中にぴったりとくっつきながら。
「ほら、あなたの身体はこんなに喜んでいますわ。これは春華がわたくしのことを求めている証拠ですの……」
私の左肩に顎を乗せ、耳元で囁くアンネリーゼ。こそばゆい感覚が襲ってくる。
一瞬寒気がしたかと思うと、今度は身体がじわじわと熱くなっていくのがわかった。これも魔女の魔法の影響なのだろうか。
私は息が荒くなり始めた。思考が鈍くなってゆく。
「あぁ……いいですわよ……。そのままわたくしに身を預けてしまうのですわ」
「だ、誰が……そんなことを……」
力が入らない。自分の脚では立っていられない。
私はアンネリーゼに支えられて辛うじて立っている状態だった。足腰から力が抜けていく。膝が震えている。
ソファで眠っている美波を尻目に、私は再びさっきのベッドへ連れ込まれる。魔女は私を仰向けに寝かせ、馬乗りになってきた。
またこの状況へ持っていかれてしまった。一度だけでなく二度までも……。なんという屈辱。
「魔女のわたくしが、あなたに本当の快楽というものを教えて差し上げますわ……」
アンネリーゼは紅潮した顔で言った。そして、両手で私の顔を撫でまわす。
冷たい魔女の手が、熱くなった私の頬に触れる。これがたまらなく気持ち良かった。夏の暑い日に冷えたジュースの缶を頬っぺたにくっつけたときのような感覚だ。
「とても可愛いらしいお顔をしていますわよ、春華……。あなたの中身はゲスくて汚くてドロドロなのに、外側の姿はこんなにも美しいだなんて……。そのギャップにわたくしはたまらなく興奮いたしますわ」
「う、うるさい……」
的確なコメントをする魔女に私は反論することができなかった。ただいたずらに身体を撫で回されるだけだった。
このまま私は魔女に屈してしまうのだろうか。魔女のモノになってしまうのだろうか。
プライドだけは高いけれど、何もすることができない。そんな自分が悔しく思えてきた。こんなところで魔女と戯れている場合ではないというのに……。
「さぁ、始めますわよ。わたくしとあなたの愛の儀式を。そして刻むのですわ、契約の印を……」
こうして私はアンネリーゼに奪われてしまった。
何を? それは……。
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