十一 作戦
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私は悶絶する美女を木馬から引きずり下ろし、彼女を地獄から解放した。
力が抜けた女の身体は妙に軽く、私の力でも簡単に持ち上げることができた。
彼女は鎖に繋がれたまま床にペタンと座り込む。腰を抜かし、自力で立てなくなっていた。
「まだ終わらせませんわよ、春華。この方には更なる快楽を提供しなければなりませんの。誠心誠意、真心を込めて、上品に虐め抜く。それが淑女の『マナー』ですわ」
アンネリーゼはまだ女を虐め足りないようだ。
「次は私の番よ」
「あら……。見ているだけでは我慢できなくなりましたのね。いいですわよ。気が済むまで好きなだけ楽しむのですわ」
「そうじゃないわ。拷問じゃなくて対話をするの」
私は女の方を見た。もう怯えなくていいと目で合図を送る。
「質問してもいいですか?」
「は……はひ……」
虚ろな目をしたまま私の問いに返事をする美女。
頑なに黙秘を続けてきた彼女だったが、さすがに心が折れたのだろう。ようやく話す気になってくれたみたいだ。
「まずはお名前を教えてください」
「レイアと……いいます……」
見た目からして日本人ではないと思っていたが、日本でも外国でも通用しそうな名前をしているのだった。
「私の友達が消えてしまったのはあなたが原因ですね?」
「……そうです」
レイアさんは犯行を認めた。
アンネリーゼの言う通り、魔法を使ったのはこの人だった。
「目的は何ですか? どうしてそんなことをしたのですか?」
「それは言えません……」
またしても回答を拒まれた。犯行の動機を明かすわけにはいかないらしい。
「強情な方ですわね。やはり、もう少しお仕置きが必要ですわ」
ペンチを持ったアンネがニヤリと笑う。今度はそれで彼女の歯でも抜く気だろうか。
だが、そこまではさせるわけにはいかない。
「そうですか。答えたくないのですね。それなら結構です。じゃあ、次の質問をします。私の友達を元の姿に戻してもらえますか?」
「はい……」
その返事を聞いて私は安心した。もしこれも拒否されてしまったら、美波と桃が消えたままになるところだったが、ちゃんと彼女たちを見えるようにしてくれるらしい。
「……ただし条件があります」
息が整ったレイアさんは目力を取り戻し、私の顔を見上げながら言った。
「条件?」
「あなたがここで死ぬと約束してくれたら、あの二人にかけた術を解きます」
美波たちを元に戻すのは私の命が引き換えなのだという。
なるほど。やっぱりそうだったのね。
この女の正体がわかった。何が目的でこんなことをしたのか、大体の予想はついていたけれど、これでついに確信を持つことができるようになった。
「……あなたも神の手先だったのね」
彼女の狙いは私を始末することだった。神にそう命じられたのだろう。
この人は最初からブラックホール化の解除を交換条件として私に死を選ばせることを目的としていたのだ。
「神……? 何のことだか、さっぱりですね」
「とぼけても無駄よ。もうとっくにわかってるから。そういう変な交渉をしてくる人が私の前に現れる時は、いつも神が絡んでいるの。何回も続けば嫌でも気づくわ」
これはお決まりのパターンだ。私だって学習する。わからない方がおかしい。
毎度、神の手先は私が生きることを放棄するように仕向けてくるが、そろそろ別の方法で攻めてみた方がいいと思うの。作戦のバリエーションを増やしてはどうだろうか。
なーんて、敵である私がアドバイスを送っても仕方ないか。
「あなたが死ねば、あの二人は元に戻ることができます。ですが、あなたが生き続ける限り、永遠に姿は見えないままです。さぁ、どうします?」
レイアさんは自分の方が有利だと思っているのか、半笑いになりながら私を挑発する。
「それは困ったわねぇ。私が死ぬか、友達を見捨てるかの二択ってことでしょ?」
「ええ、そうです。あなたのせいでお二人は誰からも認識されず、孤独な人生を送ることになります。そんな非情な選択があなたにできますか?」
さっきまでヘロヘロになっていた彼女だが、言葉に力を取り戻しつつある。
その表情は余裕すら感じさせるのだった。
「生意気ですわね。さっさと殺しましょう、春華。話すだけ無駄ですの」
痺れを切らせたアンネが中指を突き立て、バチバチと指先から小さな稲妻を放出させる。
「ふっ……。私を殺せば、術を解除することができなくなりますよ。この術は私にしか解くことができませんからね」
なるほど。ここであっさり倒してしまうわけにもいかないようだ。
この人はこれまでの敵よりも少々手ごわい。
しかし、私も前よりは進歩しているのだ。そう簡単に引き下がるつもりはないし、まさかこのくらいで狼狽えることもない。
もちろん、ちゃんと反撃手段を用意している。
「あーあ。頑固な人だわ。すぐには終わらなさそうよ、アンネ」
「ええ。気長に待つしかなさそうですわね」
そう、待つしかないのだ。
時間をかけてじっくりと。慌てることはない。
「いいですよ。しっかり考えてください。決めるのはあなたですから。ご自分の命とご友人の人生。どちらを犠牲にするのか、選択権はあなたにあります」
レイアさんは私を動揺させるつもりで言ったのだろう。
だが、そんな言葉で私が焦ると思ったら大間違いだ。
彼女は拘束されている。よって、身動きを取ることはできない。
しかも、ここはアンネリーゼの領域内である。
圧倒的に不利なのは彼女の方だ。
再び彼女を拷問するという手もある。さらに過酷なやり方で攻めることが可能だ。だが、そんなことをする必要はない。
時間の経過。それこそが彼女を最も苦しめる手段になり得るのだ。
ぶるるっとレイアさんが身体を震わすのを私は見逃さなかった。
よし、このまま行こう。
道具を使わない拷問で彼女を追い込む。それが私の作戦である。
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