十八 死期
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理央に「死の兆し」が現れてから一週間が経過した。彼女を覆う影の色は日に日に濃くなってゆき、最期の瞬間がすぐそこまで近づいていることを示すのだった。
もういつ死んでもおかしくないほどの濃さだった。真っ黒な闇が今にも彼女を飲み込もうとしている。
私は気が気でなかった。今までは人間が何人死のうが私にはどうでもよかったのだが、理央とは少なからず関わりを持ってしまっている。そのため、彼女の死は他人事として割り切ることができなかった。
一体、彼女の死期はいつなのか。それがわからないせいで、私は余計にもどかしく感じている。
魂回収の任務を受けた死神には「死亡予定者リスト」というものが配布される。そのリストには死亡予定者の氏名や死因、死亡日時、死亡場所などが記載されており、これに従って回収へ向かうのだが、今の私は任務から外れているのでリストを持っていない。よって、理央がいつ、どこで、何が原因で死んでしまうのか見当もつかないのだった。
「秋乃ちゃん、おはよう」
今日も理央の様子はいつもと変わらない。朝、彼女は私を家まで迎えに来た。一緒に並んで登校したが、どこか体の調子が悪いようにも見えなかった。よって、病死という線はなさそうだ。また、何かを思い詰めたり、悩んでいるわけでもなさそうなので、これから自殺するとも考えにくい。となると、可能性として考えられるのは事故死か他殺だといえる。
教室に着いた。平穏な日常がそこにはある。理央は友人たちと挨拶を交わしてから自分の席に着く。まさかもうすぐ自分が命を落とすことになるとは、微塵も考えていないだろう。
これといった異変もなく、ただ時間だけが過ぎてゆく。この間にも彼女の死は確実に近づいているのだが、私以外の者はそのことに気づいていない。
「最終回観た? 『フランケンシュタインの愛』」
「観たよ。ちょっと切なかったね」
理央のまわりに複数人の女子生徒が集まっていた。彼女たちは昨夜最終回が放送されたテレビドラマの話で盛り上がっている。
理央がこの前に言っていたフランケンシュタインとは、怪物そのものを指しているわけではなことを私は昨日になってようやく理解した。昨夜、リビングのテレビでドラマが映っているのを偶然見かけたのだが、そのドラマのタイトルが『フランケンシュタインの愛』だった。
彼女たちはテレビドラマに夢中になっていたのである。死神の間でも演劇や戯曲など創作された物語を楽しむ習慣が浸透しているので、そういう点では人間に親近感を覚える。
だが、人間の世界はとにかく娯楽が多い。ドラマやアニメ、小説、漫画、ゲーム……。子供から大人まで楽しめるコンテンツが充実していると思う。
闇の魔女・アンネリーゼはアニメを好んで視聴している。あの魔女が人間の生み出した娯楽の虜になるなんて、私は今でも信じられない。
「七月からのドラマ、みんなは何観る?」
夏から放送が始まるドラマについて、理央が友人たちに問う。
残念だが、彼女自身が七月以降のドラマを観ることはないだろう。六月が終わる前にこの世を去ることは決定的であるからだ。
楽しみにしていた『フランケンシュタインの愛』の最終話を見届けることができたのは、彼女にとって不幸中の幸いだった。とはいえ、やり残したことは他にもたくさんあるだろう。
自殺を除けば、人は死のタイミングを自由に選べない。それゆえ多くの未練がこの世に残ってしまう。
人間の寿命は短い。千年生きる我々死神とは比べ物にならない。そのため、生きている間にできることは限られている。若くして命を落とすことが、どれほど悔しいことなのか、彼らは十分に理解しているのだろう。
冥府へ行くはずだった大野美波が私を振り切り、生き返った理由も今となってはわかる気がする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きな動きもないまま、授業が終わった。放課後となり、私と理央は帰宅の準備をする。
だが、このまま学校を出て家に帰ることが正解だとは思わない。まだ帰るべきではないだろう。理央とは途中まで同じ道を歩き、路上で別れることになるが、それが永遠の別れになる気がしてならないのだ。
私と別れた後に、その時が来るかもしれない。私の知らぬ間に理央が死ぬことも十分にあり得るのだ。でも、それはあまりにも虚しい話だ。だから私は友人として、せめて彼女の最期を見届けたいと思っている。
「帰ろう」
荷物をまとめた理央が声をかけてきた。私は彼女に背を向けながら机の傍に立っているが、その声が聞こえていないフリをした。
ここで「うん」と返事をしてはならない。あと少し、時間を引き延ばすことはできないか。少しでも長く彼女と過ごすことはできないか。
「秋乃ちゃん?」
「……ねぇ、少し寄り道していかない?」
「え? いいけど、どこに行くの?」
直帰はしない。寄り道して時間を稼ぐ。
「公園に行こう」
「でも、雨降ってるよ?」
こんな天候の中、公園で遊ぶ者はいない。そのくらい私もわかっている。
もちろん公園に用は特にない。そこで遊ぶつもりでそう言ったわけではないのだ。場所なんてどこでもよかった。とにかく寄り道できればよかったのである。
「じゃあ、雨が止むまでここで待とうよ」
「止むのかなぁ……。今日は一日中降るって天気予報で言ってたけどなぁ」
ならば止まなくていい。このまま朝までずっと降り続いても構わない。この教室を出なくて済むのであれば……。
「あ。向こうの空、明るくなってきた。雨も弱くなってきてる」
どうしてこんな時に限って……。
もっと降り続けばいいのに。少しくらい空気を読んでくれてもいいではないか。
空は徐々に明るくなってゆく。やがて、雲の切れ間から太陽の光が差し込むのだった。
どういうわけか、雨は本当に止んでしまった。
「晴れてきたね。じゃあ、公園行く?」
「うん……」
私と理央は学校を出て、公園に向かうのだった。
まだ終わらせない。
彼女と長話でもしながら、ゆっくり過ごすことにしよう。
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