十七 空間
久々の更新となりました。遅くなって申し訳ございません。
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駅からは歩いて帰宅した。
家の前に着くと、玄関の隣に謎の物体が置かれていた。それは赤い屋根の小さな犬小屋だった。ポツンと独り虚しく立っている。
どうしてこんなところに犬小屋が……。
おかしいわね。うちの家って犬飼ってたかしら? 確か春樹が動物アレルギーだったから、ペットは飼えないはずなんだけど……。
小屋の中を覗いてみたが、そこに犬はいなかった。つまり、この穴が開いた箱は空っぽの状態である。中に誰もいませんよ。
私はこの物体に見覚えがあった。犬小屋なんてどれも同じだと思うけど、なぜかこの既視感は無視できないのだ。
まぁいい。コレについては家の誰かに聞いてみよう。一体どういうわけなのか、家族の中に知っている者がいるかもしれない。
とりあえず、家に入って母に謝ろう。心配をかけてしまったことを素直に詫びるべきだ。
私は謎の小屋を無視して、家に入ろうとした。
その時……。
「遅い! どこ行ってたのよ、柊春華!」
声がした。私に対して怒りをぶつけるような感じだった。
これはどこから聞こえているのだろうか。
私は辺りを見回す。
すると、誰もいないはずの箱の中から、変な格好をした女が出てきた。人形みたいな可愛らしい服と幼さが残る容姿を持つ、異国風の少女であった。
この子は、もしかして……。
記憶を呼び起こそうとする私。
ああ、確か彼女は……。
えーっと……誰だっけ?
「どうして一晩中帰って来ないのよ! この私を待たせるなんて、何様のつもり? やっぱりアンタにアンネリーゼお姉さまは渡せないわ」
「あー、アレか」
私は思い出した。この少女について。
ついでに犬小屋のことも。
疑問が解消され、頭の中の霧が晴れていくような気がした。
「ちょっとアンタ、私のこと忘れてたでしょ! 今思い出したでしょ!」
少女は激おこぷんぷん丸だった。
「ごめん。誰だか一瞬わかんなかった」
「正直に言うなぁー!」
彼女はメアリーという名だった。アンネの妹分で、彼女から魔法の指導を受けている見習い魔女だ。
そして、この犬小屋はアンネがメアリーに渡した「住み家」である。
昨日人間界にやって来たばかりのメアリーには住居がなかった。彼女は師匠のアンネに豪邸を用意してくれと頼んだが、あえなく却下された。その代わりに用意された家が、コレだったというわけだ。
まさか本当に犬小屋に住むことにしたとは……。
「あなたの新しいお家、小さくて可愛いわね。住み心地はどう?」
私はメアリーを馬鹿にするつもりで尋ねた。
すると彼女は、胸を張って答えた。
「気に入ったわ。住めば都ってヤツかしら。慣れれば何てことないわね!」
「えぇ……。それ本気で言ってるの?」
「当然よ。お姉さまには感謝だわ」
そ、そうなのね。まぁ本人が納得しているならそれでいいか……。
私には無理。犬小屋生活なんて絶対に受け入れられない。
「ところで、どうしてあなたはここに新居を構えてるの? 悪いけど、他の場所に移ってくれないかしら。ここはうちの土地なんだけど」
犬小屋とはいえ、勝手に置かれたら邪魔なんですが。
「嫌よ。私はここを動かない! 私は絶対にアンタから離れない!」
「はぁ……。何なの? 私のこと好きなの?」
もしかしてストーカー? 心底気持ち悪いわね。
「んななっ! そんなわけないでしょ、バカもの! 私が愛しているのは、アンネリーゼお姉さまただ一人に決まってるじゃないの!」
そう言えばそうだった。この女はアンネを魔法の師として慕うだけでなく、マジのガチで愛しているのだった。
「お姉さまがこの家に住んでるって聞いたわ。私はアンタがお姉さまと過ちを犯すことがないか、近くで監視することにしたの。だからここで陣を張っているのよ。別にアンタのことなんて微塵も愛してないわ。勘違いしないでほしいわね、ふん!」
「あっそう。でもさぁ、本当に迷惑だからよそ行ってくれないかしら?」
こんな面倒くさいヤツに四六時中付きまとわれるなんて、我慢できない。
いっそのこと、魔界に帰ってくれないだろうか。これ以上、厄介な存在が増えてもロクなことがないのだが。
私は空を見上げて、大きなため息を吐いた。
変な女ばかり寄ってくる体質、ホントどうにかならないかしら。
「仕方ないわね。なら特別に、今日はアンタを私の新居に招待してあげるわ」
「いえ、結構です。犬小屋の中なんて興味ないし」
全く魅力を感じない提案だった。そんなもので私が妥協するわけがないだろう。本気でそう思っているなら、この女は魔界よりも土に帰った方がいいレベルだ。
「ふふっ。アンタはこれが、ただの狭い空間だと思っているようね」
メアリーはニヤリと笑った。
え、違うの? 何がどう違うというの?
どこからどう見ても、穴の奥は狭くて暗い空間でしかないと思うのだが……。
だが、一つだけ不可解な点があった。
それはさっき私が小屋の中を覗き込んだときのことである。中には誰もいなかったはずなのに、その直後にメアリーが小屋から出てきたのだ。
「まさか、この中って……」
「ふふふ。ようやく気付いたのね」
私はアンネの言葉を思い出した。彼女は豪邸をねだるメアリーに対し、「あなたは修業中の身ですのよ」と言った。すると、途端にメアリーは態度を改め、犬小屋を持って帰ることにしたのだった。
修業とはつまり、魔法のことだろう。アンネリーゼがメアリーに贅沢を許さなかったのには、このことが関係しているようだった。
あれはもしかすると、「魔法を使って狭い小屋をどうにかしろ」という師匠からのメッセージだったのかもしれない。
ということは、この犬小屋の中は、魔法によってゆがめられた異空間になっている……?
「さぁ、お入りなさい。きっと驚くことになるわよ」
「そこまで言うなら……」
若干の不安はあるが、中がどうなっているのかという興味もある。少しだけ覗いてみることにしよう。
私は身を丸めて、小屋の小さな入り口をくぐった。
暗い空間に頭を突っ込んだ瞬間に、急に景色が変わったということは、言うまでもない。
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