十四 着信
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「あ、春ちゃん起きた!」
目を開くと、至近距離に桃の顔があった。
私はしばらく眠っていたようだ。さっきまで変な夢を見ていた気がする。
「急に倒れたので心配しました。まだお酒が残ってるんじゃないですか……?」
起き上がろうとする私の背中を支える美波。
私はリビングのソファに寝かされていた。朝食を食べた直後に床に倒れ込んだ私を、美波と桃がここまで運んでくれたのだった。
二人がかりとはいえ、女子だけで人を運ぶのは大変だっただろう。倒れた私を床に放置せず、ソファへ移してくれた二人には優しさを感じずにはいられなかった。
「はい、お水。もう二日酔いになるまで飲んじゃダメだよ?」
桃が水の入ったコップを差し出した。私はそれを受け取り、静かに水を飲み干す。
あまり喉は乾いていなかったが、しっかりと目を覚ましたかったので一気に飲んだ。止まってしまった体内時計を動かす必要があった。
「頭は打ってないですか? 私の顔がちゃんと見えますか? ぼやけて見えたりしませんか?」
美波は深刻な表情で私に異常の有無を問うのだった。
「大丈夫よ。いつも通りの可愛い顔が見えてるわ」
脳に異常はない。視界も良好だ。目の前にいる美少女の顔は、ちゃんと私の目に映っている。
「かっ、可愛い!? 春華さん……!」
頬に手を当てて照れる美波。頭から蒸気が噴き出している。
すると、美波の隣にいる桃が不満げな表情を浮かべた。
「……桃の顔は見えてないの? 春ちゃん」
ぷくっと膨れている桃。はいはい、アンタの言いたいことはわかってるから。
「もちろん見えてるわよ。可愛い可愛い」
そう言って私は桃の頭を撫でた。
ふぁさふぁさと彼女の頭頂部の髪が揺れる。とても柔らかい髪質だった。
「にへへ~」
でれっとした顔で桃は笑った。反応があからさま過ぎる。よくもこんな簡単に喜怒哀楽がコロコロと変わるものだ。
そして、今度は美波がもの言いたげな表情で私を見つめてくるのだった。
ホント、甘えん坊さんな子たちなんだから……。
私は右手で桃を撫で、左手で美波を撫でた。
彼女たちは私を挟む形でソファに座り、同時にもたれかかってくるのだった。
これぞ美少女のサンドイッチである。桃と美波がパンだとしたら、私は具だ。最強の食べ頃を迎えたサンドイッチになってしまった。
一体私たちは何をしているのだろう。休日の朝っぱらから、いい年した女三人がべタッとくっつく光景は、さぞかし奇妙であることろう。他にすることはないのかと言いたくなるはずだ。
で、これっていつまで続ければいいの? あとどれだけ撫でたら、この子たちは気が済むのかしら……。
時刻は午前九時を迎えた。早く家に戻らないと。その前に携帯で母親に連絡を入れる必要がある。
「ねぇ、私のスマホ知らない?」
「そういえば洗面所に置きっぱなしだったね。お洗濯する前に、ちゃんとポケットから出しておいたよ。偉いでしょ?」
「偉い。ナイスだわ。アレって防水じゃないから」
桃は洗面所へ向かい、私のスマホを持って戻ってきた。
「はい」
「ありがとう」
桃から携帯を受け取ると、私は画面を点灯させた。すると、着信が五件、メールが三件入っていた。
やばい。お母さん心配してるよきっと。
着信履歴を見た。案の定、電話をかけてきたのは母だった。五件のうち四件が母からだった。
これは帰ったらこっぴどく叱られるだろうなぁ。
私は急に家に帰りたくない気分になった。
メールも確認した。やはり母からだった。
『どこにいるの? 遅くなるなら連絡しなさい』
ごめん。ホントにごめん。
警察に通報とかしてないよね……?
私は慌てて母に電話をした。
「あ、もしもし。私だけど。うん、ごめん。ちょっと色々あって……。今は友達の家。……え? 女友達の家に決まってるじゃない」
ごめんねマイマザー。私には男の影なんて一切ないの。年頃の娘を心配する気持ちはわかるけど、ホントに男には恵まれないのよね。
電話の向こうの母は安堵している感じだった。本気で心配させてしまったようだ。今後はこういうことがないように気を付けないと……。
通話が終わった。私は今からすぐに帰ることを伝えた。
「どうだった? 春ちゃんのお母さん、怒ってた?」
「うん、そりゃあ……ね。でも、許してくれた」
「もう帰った方がいいですね。私は昨夜、家に連絡を入れておきましたけど、なるべく早く戻るように言われてますし……」
これ以上はのんびりしていられない。さっさと荷物をまとめて帰ろう。奈々香と映画に行く約束もあるし。
……と、その前に。一つだけ気になることがあった。
着信の履歴である。五件の不在着信があったわけだが、一件だけ母ではなく知らない番号からだった。
留守電も録音されいるみたいだ。間違い電話の可能性もあるけど、もしかしたら知ってる人からかもしれない。緊急の連絡だったとしたら、すぐに確認する必要がある。
私は録音の再生ボタンを押した。
スマホを耳に当て、メッセージを聴く。
『……新しい録音が、一件、です』
誰からだろう。「お嬢ちゃん、今どんなパンツ履いてるの? ハアハア……」みたいなエロ親父からの迷惑電話だったらどうしよう。
『ザー……』
しかし、聞こえてくるのは砂嵐のような音声だった。
何これ? 何の音なの? もしかして、上手く録音できてないんじゃないの?
私は首を捻った。
「春ちゃん、どうかしたー?」
「シッー! ちょっと静かにしてて」
私は再び耳を澄ます。何か聞き取れることはないだろうか。
『……ケテ』
すると、消えてしまいそうな声が聞こえてきた。
それは本当に微かな声だった。集中しなければ聞き洩らすようなレベルだ。
『……たす……け、て……』
え?
今度ははっきりと聞こえた。
女性の声だった。とても苦しそうな感じだ。
ちょっと待って。ホントに待って。
これってヤバいヤツじゃない?
『ハ……ハル……カ』
私? 今、私の名前を呼んだ気がするんだけど……。
これは誰の声なんだろう? 誰かが私に助けを求めている……?
気味が悪い。ホント何なの?
これってイタズラでしょ? イタズラよね?
私の頬を一筋の汗がつたう。
『ギィアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
「うわぁっ!」
驚きのあまり、私はスマホを手から落としてしまった。
……い、今の叫び声は何?
「だ、大丈夫、春ちゃん?!」
桃が言った。
ビビった……。ビビッて腰が抜けてしまいそうになった。
っていうか、今のはシャレにならないんですけど。
耳がおかしくなってしまいそうだ。鼓膜が破れたらどうしてくれるのか。
「携帯からスゴイ音がしましたけど……」
美波も驚いていた。
「わ、わからないわ……。今の声、誰が叫んでたのかしら……」
まだ心臓がドキドキしている。身体に悪い。おかげで寿命が縮んでしまったと思う。
顔面から汗が噴き出してくる。顔が熱い。
私はとんでもないイタズラ電話に遭遇してしまったようだ。
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