なうろう系叩き
「そろそろ、新作書かないとな」
連載中の作品を最終章まで書き終えて予約投稿をしてきたので、新作に取りかかるには良いタイミングだと思う。
とはいえ息抜きは必要なので、情報収集もかねてネットの海に潜っていると気になる話題が目に付いた。
「なうろう系叩き?」
昨日あたりからトゥイッターでこの単語が頻繁に書き込まれている。
少し調べてみたのだが、どうやら小説投稿サイト『なうろう』で書かれている作品を批判レビューする動画配信者がいるらしく、それが問題になっているそうだ。
「今更? そういった配信者はいくらでもいたはずなんだけど」
いつものように何の前触れもなく背後から声がする。
誰がいるかはわかっているのだが、確認するためにゆっくりと振り返った。
そこには黒髪でスーツ姿の天聖子さんが佇んでいる。
「な、何よ、じろじろ見て。ははーん、ようやく私の美しさに気づいたのね」
髪をかき上げノリノリでグラビアモデルのようなポーズをとっているが、耳が赤い。
勢いでやってみたものの少し恥ずかしかったようだ。
「……どちらさんですか?」
いぶかしげに呟くと天聖子さんは目を極限まで見開き、俺を凝視している。
「え、ええええええっ!? じょ、冗談よね! 一年以上、出番なかったけどそれはお互い様でしょ!」
軽い冗談だったのだが涙目で天聖子さんが迫ってきた。
これ以上やると本気で泣きそうだったので、取りあえず相手の肩に手を置き引き剥がす。
「嘘ですよ。久しぶりですね」
「もう、そういうのやめてよね。……前も似たようなやりとりしなかった?」
「大丈夫ですよ。大半の読者は忘れてますから」
「ならいいんだけど」
納得してくれたのはいいが、根本の設定を忘れかけているな。
そこは「読者って何!?」ってツッコミを入れるポイントなのに。
「で、話を戻すけど。なうろう系叩きって今更じゃない?」
ちゃぶ台を挟んだ対面に「よっこらしょ」と座り、うちの冷蔵庫から無断で取り出したプリンの蓋をためらうことなく剥がしている。
「確かに『なうろう系』作品のレビュー動画はいくつかあるのですが、今回はちょっとたちが悪いみたいですね」
以前から『なうろう系』作品のレビューを動画配信している人は結構いて、俺の作品もいくつか取り上げられたことがある。
「こういった系統の動画配信は基本3パターンあるのですよ。好きな作品をみんなに広めたいという人。なうろう系作品を批判する人。批判と賞賛どちらもする人」
前者はなんの問題もない。作者としては「ありがとう」と伝えたいぐらい感謝している。
問題なのは二番目と三番目。
「んー、でもさ、ネットに投稿した作品を読者が感想言うのは悪いことじゃないでしょ。それが面白くなかったら面白くない、と伝えて何が悪いの?」
「そこなんですよ。これがね『なうろう』の感想欄ならまだいいのですよ。作者はそのコメントを消すなりミュートにするなり対応のしようがありますから。それこそ感想が欲しくないなら感想を受け付けないように設定もできますし」
ちなみに俺はあまりに酷い内容に関しては削除、ミュートをするようにしている。
「それは感想を動画で配信しているのですよ。こうなると作者側としては簡単には止められなくなる」
配信サイトに問い合わせて止めさせる、という手段もあるがそれには時間と労力が必要。それにこっちの申請が認められない可能性だってあるのだ。
「なるほど。でもさ、小説を投稿した時点で叩かれるぐらいの覚悟は必要じゃないの。こう言ったらあれだけど作者のメンタル弱すぎなんじゃ」
「たまにそういった意見を口にする人もいますね。それって根本が間違っているのですよ。いいですか、作者は賞賛のコメントが欲しいのであって批判なんぞいらん!」
拳を握りしめ断言すると、正面の天聖子さんが半眼でこっちを見た。
「批判や指摘から学んで小説がよくなるってこともあるんじゃ?」
「間違いの指摘はわかります。誤字脱字の指摘は作者として本当に助かりますからね。ですが、問題となっている批判は別物。あれってあら探しをして、作品や作者を見下し、あげつらうのが目的ですから。なんで他人の罵倒を聞いてこっちが反省する必要があるのですか」
批判も的を射たものなら別にかまわないと思っている。……若干イラッとすることもあるけど。
「ねえねえ。基本的な質問なんだけど、なんで『なうろう系』作品って叩かれやすいの?」
核心を突いた質問だ。
「理由はいくつかあります。一つ、誰でも投稿できる媒体である故に作品のレベルに差があり、粗が目立つので叩きやすい。当たり前ですよね、誰でも投稿できるのが売りなのですから、書き慣れた人の作品と素人が初めて投稿した作品とではクオリティーに雲泥の差があって当然です」
たまに初投稿でとんでもない作品を書き上げる人もいるので一概には言えないが、確率の問題。
「次に……一つ目と繋がっているのですが『なうろう系』で書籍化された作品の中に明らかにクオリティーの低い作品がいくつかある。……と批判する側は思っている」
「最後のは保険?」
「私はそんなこと微塵も思ってません。ここは強調しておきます」
「そこは触れないでおくのが優しさよね」
空気を読んでくれたようだ。
「更に書籍化した作品の中に問題のある作品がいくつかありまして。例えば複数のアカウントを作ってランキング操作をした、他の作品をパクった、とか。証拠も根拠も確かなものもあれば、憶測だけのものもありますが」
残念なことに違法行為で書籍化に到達した作品が実際に存在する。同じ、なうろう作家として情けない話だが。
「他にもいくつかあるのですが、こういった条件が重なり合い『なうろう系』は叩いても許される風潮がある……と思い込んでいる輩が多いのですよ」
そこまで説明してから一息つくために、事前に用意しておいたミルクティーを口にする。
対面の天聖子さんは腕を組み頭を傾けて唸っている。怒っているのか考え込んでいるのか判断が難しい渋面だ。
「なんか、いじめやすいからいじめている子供みたい」
「当人は『いじり』程度にしか思ってなさそうですけどね。まあ、ここまではただの前振りで、今回の最大の問題点は書籍化された作品を叩いているのではなく『なうろう』に投稿されている書籍化もしていない投稿作品を動画レビューしたことなんですよ」
「書籍化とそうでない作品って、問題に差があるの?」
「差は大きいですよ。これだけ言っておいてなんですが……あくまで個人的な意見として聞いてください。書籍化された作品は商品です。それを購入して不満があったら苦情や文句を言っても許される、と考えています。作者としては程々にお願いしたいですけどね」
食べ物を買ったら不味かった。筆記用具を買ったら使い勝手が悪かった。洗剤を買ったら汚れが落ちなかった。
こういった場合、消費者が苦情を口にする権利があるはず。小説だって購入者が金額に見合う価値がなかったと判断するのであれば、それはどうしようもない。
「ですが『なうろう』に投稿した作品はあくまで趣味の領域なのです。書籍化を狙っているとしても、それは誰でも無料で読める投稿作品です。批判は受け付けない、賞賛のコメントだけ欲しい、と思うのも作者の自由です。咎められるいわれはありません!」
批判コメントも受け付ける、と考える作者も個人の自由。叩かれて伸びる人もいれば叩かれたら凹む人だっている。
メンタルが弱い人は創作活動をしてはいけない、なんてルールはない。
「単純に見えてなかなか複雑な話だったのね。勉強になったわ」
何度もうなずいて感心している。
天聖子さんは納得してくれたが、この考えだって他の人からしてみれば「そうじゃないだろ」と批判の的になるかもしれない。
文章を書けば批判の種はどこにだって転がっている。
「叩きやすい理由も今回の騒動の原因もわかったんだけど、もう一つだけ疑問があるのよ。なんで、わざわざ動画配信で『なうろう系』を叩くの? 思いを伝えたかったら作品のコメント欄で作者に伝えるとかでいいじゃない」
「それね。私も疑問だったのですが理由があるのですよ。実は……『なうろう系』作品は叩くと動画再生数が伸びやすい! のです」
「えーーーーーっ! マジで?」
「大マジです。とある投稿者がなうろう作品を褒めた動画と批判した動画を上げると、批判した動画の方が再生数が明らかに多いのですよ。作品の知名度も絡んできますので一概には言えませんが、批判系は伸びやすい。サムネで『チート主人公のご都合主義!』『何も考えてない無能主人公』とか煽り文でも付け足しておけば、ほいほい釣れます」
「結局、動画の再生数が稼ぎたいだけってこと?」
「でしょうね。収益化していると視聴数は金に絡んできますから」
指で輪を作り、意地の悪そうな表情を浮かべる。
「そのくせ自分が矢面に立つと『正直に感想を伝えているだけ。私のように購入して後悔する読者を増やさないようにレビューしている』とか言い訳を口にしますからね。実際は批判がやりやすそうなタイトルやあらすじの作品を狙い撃ちして購入しているところが確信犯でしょ。他人を叩くなら逃げ道を作らずに、自分も叩かれる覚悟を持て、と私は言いたい」
あ、そうそう。この物語はフィクションであり実際に――
「あんたもどうかと思うわ」




