第8話
午後のゼミが終わり、教室の窓から柔らかい日差しが差し込む。
恭子はいつものようにノートを片付けながら、教授の動向に目を光らせる。
「……あ、まだ教卓に残ってる」
教授は書類を整理しており、時折メガネを直す仕草が見えた。
恭子の胸は、今日もぎゅんと締め付けられる。
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廊下に出ると、教授は教室のドアを閉めながら、少しだけこちらを見た。
恭子の心臓が跳ねる。
「……え、もしかして、気づいてる……?」
普段は気づかないふりをしていた教授が、今日はわずかに目を留めたのだ。
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恭子は勇気を出して、一歩だけ歩み寄る。
「……教授」
声はかすかだが、教授の耳に届いた。
教授は一瞬止まり、驚いたように振り返る。
「……今日は、話しかけてくれるの?」
少し照れくさそうに笑みを浮かべ、書類の束を抱えたまま微妙に距離を詰めた。
恭子は胸の奥がドキドキして、言葉がうまく出ない。
「……あ、あの……その……」
「どうしたの? 見てるだけがいいんじゃないの?」
教授は優しく問いかける。声は穏やかで、でもどこか柔らかさが増していた。
恭子は深呼吸して、思い切って言う。
「……あの、今日も見てました。自分勝手だけど、話しかけてみたくなりました……お嫌でしたか?」
教授は軽く笑い、頭をかきながらも、恭子に近い位置で立っていた。
「そっか……正直、嬉しいよ。僕もどうしたら君と話せるか考えてたんだ」
恭子は赤面してうつむく。
「……嫌じゃ……ないんですか? 気持ち悪くない?」
教授は微かに笑いながら頷く。
「気持ち悪くなんてないよ。もっと君を知りたいって思ってた…」
その言葉に、恭子の目が輝いた。
「……はい! 知ってください!」
そのちょっと変な答えに、教授もまた笑った。
二人の距離はまだ遠い。だが、確実に近づいた。
恭子の胸は、ドキドキと幸福感で満たされる。
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それからたわいもない話をした。
今日食べたもの。何を思って煙草をふかしていたか。
恋とはほど遠い、けれど暖かく幸せな時間が過ぎていった。
教授が次の予定のため立ち上がり、二人はまた話そうと約束して、教室を後にした。
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教室から出てきた恭子を、タイミングよく優子が迎えにくる。
「どうだった!? 教授と話せたの?」
恭子はこくりと頷き、微笑む。
「……うん、話せた。少しだけ、距離が近づいた気がする」
優子はにっこり笑い、からかうように言った。
「やったじゃん! これでもうストーカーじゃないね、笑」
午後の日差しが二人をやさしく包む。
今日の一日は、教授と静かに、でも確かに、恋の距離が縮まっていったのだった。
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今回は恭子が勇気を出して、ついに教授に話しかける場面です。
長らく「観察するだけ」の関係だった二人ですが、少しずつ距離が近づき、恋の動きが始まりました。
恭子のドキドキと教授の微妙な戸惑い、二人の心の温度差を楽しんでいただければ嬉しいです。
次回もどうぞお楽しみに!




