第百五十七話 困惑
双方の対峙は、極限まで張り詰められた緊張の中で行われた。
目の前に広がるは何も無い荒野。
ただ時折砂埃を伴った強い風が吹くだけで、辺りには人らしき者は見られない。
だが拓斗が連れてきていた《出来損ない》は確かに目の前に何らかの複数人物が潜伏している事実を《看破》していた。
その事実に気がつきつつも、拓斗は特段何かの指示を《出来損ない》に対して行わなかった。
最初に相手側の反応を見たい。それが拓斗の方針であったが故に。
暫くして、意を決したかのように目の前の空間が歪み、複数の人物が表れる。
慌てて警戒態勢を取るアトゥとエルフール姉妹に対して左手を挙げることによって制止、じぃっと相手側の様子を窺う。
「よ、よよよよよよよく来たなイラ=タクト!」
目の前の少年が震える声で叫んだ。
声がうわずっており、緊張が手に取るように分かる。よくよく見れば足下も震えている。
これはずいぶんと気合いを入れてきたものだと感心した拓斗は、まず先制攻撃とばかりに軽口を叩き出方を窺う。
「繰腹君か……ずいぶんと小さくなったね。あの時は返事をしてくれなかったから寂しかったよ。元気にしてたかい?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」
それだけで少年は気圧され、後ずさる。
拓斗は内心でふむと目の前の状況を吟味する。
どうやら彼が繰腹慶次で間違いないようだ。声質も少し変わっているが、以前レネア神光国で聞いた声と似通った部分がある。
次いで左右の二人に目をやる。こちらはずいぶんと分かりやすかった。相変わらず聖女の衣装を着てくれている辺り配慮が行き届いている。
(聖女ソアリーナと、聖女フェンネ。彼女たちも一緒か……)
彼らの結束力は未だ高かったようだ。フェンネはともかく、ソアリーナは睨み付けるように拓斗を見ている辺り、エラキノを討ち滅ぼした事は忘れていないらしい。
果たし状の内容が現実味を帯びてくる。汚い字の古風な内容だったが、相手は至って真剣のようだ。
(あれだけ盛大に負けたし、散り散りで逃亡したから合流の可能性は低いと見積もっていたけど、どうやら繰腹くんには繰腹くんなりの魅力があるということか……)
人を惹きつける何かが無いとプレイヤーとして神に選出されないのか、もしくは拓斗がことさら繰腹を認めているため加点気味に評価してしまうのか。
どちらにしろ拓斗の目に映る光景は一つだ。TRPG勢力が再集結して目の前に居る。
だが……一人だけ違和感のある存在が居た。
それはまるでエラキノの生き写しのような少女。
ただ色合いが違うことからおそらく別存在だと仮定する。
TRPGにはキャラクターを作るシステムがある。繰腹が持ち込んでゲームである『エレメンタルワード第四版』にももちろんそのシステムは基本的なものとして組み込まれている。
目視のみで検証するには些か情報不足だが、もしかしたら新しいキャラクターを作り出したのかも知れない。
もしそれが事実なら厄介極まりないと拓斗は内心でため息を吐く。
「君はエラキノ……? いや違うな。アレは殺したはずだ。別キャラか? 新しくキャラシートを作ったのかい?」
その少女は拓斗を小馬鹿にしたかのように両手を挙げ、さぁ?とばかりに首をかしげた。
ふてぶてしい態度はかつてみたエラキノに似ているが、少し違うようにも思う。
あれはエラキノよりももっとこう、暗躍が好きなタイプだ。
(どちらにせよ、敵には違いないか。情報が少ない段階での断定はミスに繋がる)
「やっぱりTRPGのシステムは厄介だなぁ。他のコンピューターゲームやボードゲームとは違って解釈に幅があるからいくらでもグレーな手が使える」
拓斗がTRPGというゲームを警戒する理由の一つがこれだ。
このゲームシステムは基本的にプレイヤーの会話でゲームが進む。もちろん基本的なルールや仕組み、禁止事項などはルールブックに記載されており、それに準拠した形で進めなければならないのだが……。
だとしても自由度が段違いだ。それこそ参加者全員が納得すればルールブックの禁止事項を無視しても成り立つ程に……。
要は最高の体験が出来ればなんでもOK。皆で仲良く遊びましょうというのがゲーム本旨であり、参加者が共有する目的だ。
その自由度の高さが、この世界においては最大の脅威として動作する。
拓斗の言葉は自分自身と配下に改めて注意を促すものであったが、思いがけず反応したのは新入りの少女――エラキノの偽物であった。
「わかってんじゃんお前。まっ、当の本人がそれでこのギャンカスぶっ潰したんだから当然か! あ、ちなみにコレのことはザンガイって呼んでね。エラキノの残骸で、ただの陽気な見学者だよ」
拓斗は思わず出そうになった苦々しい表情を必死で抑える。
やけに由来が曖昧だ。そうせよと命じられている可能性があったが、繰腹の態度や振る舞いを見るにその可能性は限りなく低いだろう。
TRPGは比較的簡単にキャラシートという形でキャラの作成ができるが。だとしてもこう簡単にポンポン追加されては他のゲームの努力が無駄になってしまう。
ただどうにもそのような気配は感じられない。特に繰腹の微妙な態度の変化を見る限り、何らかの事情持ちと考えた方が話は繋がる。
なにより彼はそんな迂遠なやり方を仕掛けてくるような正確では無い。少なくともこれまでの印象では……。
(となるとなんらかの例外的な存在か? もしくは本人の性格か? ヴィットーリオしかり、ピエロを演じるヤツは足下を掬ってくるから怖いんだよなぁ……)
拓斗の中で警戒すべき存在としてザンガイを登録する。
とは言え当初の予定が変わった訳でもない。現状のマイノグーラは大儀式の効果によって勢力間の戦闘行動が不可能となっている。
対話を用いてTRPGの戦力を取り込むのは既定路線だった。
「繰腹くん。僕は今回君と敵対じゃなくて同盟を組もうと考えているんだ」
「同盟……だと?」
繰腹が不思議そうに首をかしげた。両隣の聖女は拓斗の言葉にピクリと反応したが、それだけだ。
どうやら今回の決定権を全て繰腹に一任しているらしい。
余計な口出しをしてこない分ありがたい。横やりで場が混乱し話が流れてしまうことが最も悪いパターンだと考えていた拓斗としてはこの状況は歓迎すべきものだった。
「例のサキュバスの件さ。全陣営会談に参加していた繰腹くんなら分かると思うけど、正統大陸連盟とは完全に敵対関係になった。いずれ暗黒大陸の国家と雌雄を決しないといけない訳だから、戦力は多ければ多いほどいい」
拓斗にしては少々無理をして勢いよく喋る。
実際のところ完全に敵対関係になったのはSRPG勢力とRPG勢力だ。繰腹含めたTRPG勢力はどちらかというと蚊帳の外である。
その点を突かれると不味いため拓斗は強引に話を進めていた。もっともTRPGも完全に傍観者という立場に居ることはできない。
いずれ正統大陸連盟とは決着を付ける必要性があるため無関係ではいられない。
頭を下げるか手を取るか、正面からぶつかるか地の果てまで逃げるか。
彼らとて、決断は早いほうが良い。
無論拓斗としては味方になってくれることが最上ではあったが。
「お互い遺恨は一旦脇に置いといて、こちら側につかないかい? あのサキュバスたちには苦労させられているんだ。どうせ繰腹くんも現状では後先がないことは分かっているんだろう?」
繰腹が難しい顔をしている。
拓斗の言葉を吟味しているのだろう。微妙に居心地が悪そうなのは彼自身判断に迷っている為か……。
拓斗はこれならばもう一押しとばかりにトドメの言葉を放つ。
「それとも――そちらの聖女たちをサキュバスに差し出すかい?」
変化は劇的だった。
だがそれは拓斗が思っていたものと違う。意思の籠もった瞳が拓斗を射貫く。
怒りでは無い。それは覚悟をした者の目だった。
(まずったな。ビビりまくっているから無理矢理連れて来られたのかと思っていたけど、ヘタレたまま覚悟を決めたパターンか……)
繰腹は、何かを確認するように背後に視線を向ける。
彼の仲間――二人の聖女と一人の残骸に向けて、確認する。
背後ががら空きだったが拓斗はその様子をただ眺めるだけだ。
大儀式の効果で危害は加えられないし、よしんば可能だったとしても拓斗のプライドが許さない。
「お前が言えよ、お前が頭だぜ♪」
「男を見せなさい」
「頑張って下さい、ケイジさん……」
やがて彼の仲間からの激励にも似た突き放しにあい、繰腹は拓斗の方へと向き直る。
拓斗も、そして彼が連れてきた配下も、その様子をただじっと見守るばかりだ。
「余計なお喋りで場をかき回そうとしても無駄だぞイラ=タクト! その手は食わねぇ! お、お前を倒して! 俺は世界一になる! そうしてこの戦いに勝利して、エラキノを復活させるんだ!」
「いや、別にエラキノの復活は僕を倒さなくても出来ると思うけど……」
「お、おう……」
なんとなくやりたいことは伝わってくる。
復讐と言うよりはかつての戦いで失った誇りを取り戻したいのだろう。
この世界では様々な手段で死者を復活させることが出来る。それは非常に困難を伴う場合が多いが、とは言え不可能という訳ではない。
だからこそ繰腹の目的の中にイラ=タクトとの決着という概念が浮かんだのだろう。
復讐ではなく決着だ。
確かにプレイヤーとしては好感が持てる考えだが、ここはすでに現実世界。
拓斗としてはそのような感傷や葛藤に左右されるよりも、まずは目の前の問題に目を向けて欲しいという気持ちがある。
そして目の前の問題とはすなわち正統大陸連盟への対処だ。
「だ、だってさフェンネ」
「何故私に聞くの? 格好悪いわよ」
繰腹は混乱しつつある。拓斗は手応えを感じていた。
どうやら聖女の二人は完全に繰腹の好きにさせるつもりらしい。どういう考えかは分からないが拓斗にとって都合が良いのは確かだった。
ここで一気にたたみかけよう。
拓斗は内心でほくそ笑み、果たし合いのくせにどこか軽くなったこの珍妙な空気に内心で拍手をしながら歓迎する。
「繰腹くん。実のところ僕も復活させたい仲間がいて、その道しるべは出来ているんだ。君が協力をしてくれるのなら対価としてエラキノの復活に協力してもいい。TRPG勢から先制攻撃を受けた僕の、最大限の譲歩だよ」
これで決まれば上等。
殺し文句とはよく言ったものだ。TRPGは言葉を用いてゲームをプレイするシステムだ。
ならば言葉で彼を弄し、自陣営に取り込んだとしてもある意味でTRPGらしい戦い方とも言える。
最低限の労力で最大限の効果を。
どうせ後々情報のすり合わせや最低限の協力関係を築くために面倒な交流が控えているのだ。
最初の一歩くらい楽に進めたい。
これは拓斗の本心だ。本当に楽に済ませたいと思っているし、繰腹にはいろいろ複雑な感情はあるが特段憎しみや敵意を抱いている訳ではない。
相手がどう思うかはさておき、拓斗は真剣に仲間として繰腹の取り込みを考えてる。
同時に――。
(まぁ、一筋縄じゃいかないだろうけどね)
拓斗の説得が無駄であることもどこかで理解していた。
「ダメだ。ここでなし崩しにお前の仲間になったら俺はダメになる。まだ昔の決断の出来ない弱い俺に逆戻りだ。――お前と決着を付けると決めた。だから俺はお前と決着をつけるんだ!」
やはりこうなったか……。
拓斗としてはさほど不思議ではない返答だった。
確かに今の繰腹は相変わらずヘタレた様子で、場合によっては仲間たちにも助けを求めようとするほど優柔不断な部分が目立っている。
だが敗北が彼を成長させたのか、彼には一本何か芯の様なものが通っているのを拓斗は感じていた。
決して折れることの無い、強く大きな一本の芯だ。
これは最悪、物別れに終わる可能性も考慮しなければ……。
拓斗は内心で歯噛みしながら、その様子を一切出すことなく端的に事実を告げる。
「だが残念なお知らせだ。僕は現在大儀式という魔法を使用している。これはマイノグーラを連合から守る為の暗黒大陸を包み込む巨大な結界だ。そしてこの結界は双方の敵対行動を完全に止める効果がある」
そう、どちらにしろ最初から果たし合いは不可能なのだ。
双方の同意があろうが、無かろうが、大儀式の効果は全て等しく妨害する。
中立NPCなど例外はもちろんあるが、繰腹たちがTRPG勢力である以上関係無いことだ。
つまりどうあがいてもここで決着を付けることは不可能だったのだ。
「そんな事が……」
「心が読めないのもそれが理由かしら?」
ここにきて初めて聖女たちが動揺の言葉を漏らした。
心が読める――聖女フェンネは読心の奇蹟を神より授かっている。
だが当然心を読むという行為も敵対行動に入る。彼女だけ除外される理由は何処にも無かった。
「お、おおっ! すげぇんだな! だがな! 俺の方がすげぇぞ!」
繰腹が気炎を上げる。
どちらかというと小動物の威嚇の方が近いが……。
拓斗はいまいち意図が伝わっていない状況に思わずため息を吐き、未だ混乱の最中にある繰腹へと懇切丁寧に説明してやる。
「いや、そうじゃなくて。決闘ももちろん敵対行動に当たるって事。僕らは相手に攻撃が出来ない」
「試してみても?」
「どうぞ、ご自由に」
拓斗の説明に反応したのは聖女フェンネだった。
どうやら繰腹は当てにならないとしびれを切らしたらしい。
拓斗としてもどうもぐだぐだとして空気になりかけているこの話に早く決着を付けたいために快く了承する。
サキュバス軍勢の強力無比な攻撃でさえ防いだ大儀式だ。聖女の力でどうこうなろうはずもない。
「では遠慮無く」
「貴様――っ!」
と同時にギィンと強力な衝撃が眼前ではじける。
その音に少しばかりドキリとしたが、それまでだ。
むしろ突然の事に激昂するアトゥを念話で諫める方が厄介だったかもしれない。
「理解して貰えたかな?」
「ええ、そうね。恐ろしい能力だわ」
どうやら満足したようだ。
と同時に相手側に拓斗の言わんとしていることが伝わる。拓斗がいくら言っても繰腹にはイマイチピンと来ないだろうが、仲間であるフェンネが伝えれば対応も変わるだろう。
拓斗としてもそれを望んでいたし、フェンネ自信もその腹づもりであった。
「どうするのケイジ? これじゃあ出来て舌戦が関の山よ。残念ながら口での戦いは貴方に万の一つも勝ち目が無いわよ。というよりもすでに一敗しているわ」
「そ、そんな事無いですよケイジさん!」
「い、いや……まぁ、どうするんだ?」
完全に硬直してしまった。
おそらくイラ=タクトと決着を付けるということのみを考えここまで来ていたのだろう。拓斗が策を弄して戦闘の回避を目論むことまでは予想していたとしても、そもそも戦闘行動が不可能であるとまでは予想できなかったらしい。
二人の聖女たちからも動揺が伝わってくる。
ここが決め所だなと拓斗は一気呵成にまくし立てた。
「というわけで一旦こちらに合流しないかい? いろいろと積もる話もあるだろうし僕らは一度敵対した関係だ。確かに仲良くとは行かないだろう。だが背中に刃を隠しながらも握手は出来る。君たちの目的の為にも、一旦サキュバスの軍勢をどうにかしないといけない」
相手の反応を窺う。困惑が多い。
拒絶では無い辺りすでに拓斗の術中にはまっているとも言えた。
とりあえずは棚上げという方向性に持って行き、後はなし崩し的に戦力を取り込めば問題ない。
確かに背中から刺される危険性は付きまとうが、彼らの目的がエラキノの復活にあると判明した以上どうとでもなる。
そう、思われたが――。
「いいや、違うね。全然違う」
今まで一切黙して語らなかったザンガイより、ここで横やりがはいる。
一同の視線がザンガイに向かう。
彼女は実に楽しそうに、だがどこか不快感を帯びた表情で嗤っている。
(ここで入ってくるか。やっぱりTRPG勢力のヴィットーリオ枠か? とは言えここからかき混ぜる手はほぼ無いに等しい――)
=Message=============
〈!〉エラー番号447(異常な操作が行われました)
〈!〉既存魔術効果に例外処理が加えられました。
〈!〉一時的にイラ=タクトと繰腹慶次の戦闘が可能となります。
〈!〉本操作によるゲームバランス破損は【軽微】レベルです
―――――――――――――――――
「――っ!?」
「んあ? なんか変な感じがしたぞ? なんだこれ?」
刹那、あり得ない介入が発生した。
それはエターナルネイションズのシステムを通じて拓斗にも伝わる。
この超常的な、自分たちの理解の範疇、そのずっと外に存在する感覚は拓斗も経験があった。
途端に拓斗の顔が歪む。
悪い予想の中で、最悪の予想が当たっていたからだ。
(おいおい……とんだ厄ネタじゃないか繰腹くん!!)
呆けた顔でキョロキョロとしながら辺りを見回す繰腹に恨みの籠もった視線を向ける。
無論本人は気づいていない様子でひたすら首をかしげながらザンガイに質問してる。
「今回だけだ。限定的に戦闘不許可の設定を書き換えた。悪いけど、コレはマスターの良いところが見たいんだ。残念だけど付き合ってくれよな!」
カラカラと笑うザンガイに繰腹が余計な事をするなと叱責している。
だが拓斗はそれどころではない。相手の言葉を信じるのであれば、大儀式の効果は消え去りすでに互いの攻撃が届く事となっているのだから。
そしてその危機感は拓斗の護衛としてここまで無言を貫いていた配下の者たちも同じである。
「拓斗さま、私もでます……!」
少し慌てた様子で、アトゥが背中から触手を出しながらそう宣言する。
だがそれは悪手だ。
「いや、アトゥは控えておいて欲しい」
確かにここでアトゥを出すことも出来るだろう。
だがそれをすると間違いなく向こうの戦力が参戦してくる。二人の聖女はまぁ種が割れているので対処はたやすいが、決闘を見届けたいとのたまうザンガイがどう出るかが不明だ。
無秩序な争いの拡大は拓斗も望むところではない。
ザンガイを恐れている訳ではない。
ザンガイが何をしでかすか分からない以上、こちらのバックが何をしでかすか分からないからだ……。
「あー、コレが言うのもあれだけど、今回はイレギュラーってことで頼むよ。コレは出来るだけ傍観者でいたいんだ。以後余計な行動は慎むから、さ!」
緊張の高まりを感じたのか、ザンガイがバツが悪いと言った表情で言い訳してくる。
その言葉をどの程度信頼して良いか甚だ疑問だが、拓斗としてはこれ以上緊張のエスカレーションをもたらさない為にも一旦は話に乗る。
「いいだろう。決闘を認める。ただし一つ条件がある」
そして、相手へのけん制を放つ。
やられっぱなしは癪に障るからだ。
「なんだ? 決闘に条件なんてあるのか?」
「ザンガイの死だ。正確にはこの盤上からの排除。余計な外野が出しゃばると面白くないからね」
「ど、どうしてだ! コイツ関係無いだろう!」
繰腹が慌てた様子で反論してくるが、その程度の文句では拓斗を動かすには足りない。
「関係あるさ。現にさっき介入してきたじゃないか。それに――僕がどう言おうが君の仲間でしょ? 仲間に責任は持ちなよ」
ぐっ、と繰腹が唸りながら黙る。
拓斗もここで引くわけには行かない。双方の関係性がこじれたとしても、ザンガイという存在をどうにかしなければならなかった。
すでに拓斗の中で優先順位は入れ替わっている。
予想外の出来事は常に起こりうるものだ。だがこんな不本意な形でとは思っていなかった。
現在も脳裏を探る気配が聖女フェンネより飛んでくる。
《イラ神の権能》が無かったら全て知られていたなと内心で冷や汗をかきながら、常にイレギュラーばかり起こしてこちらを翻弄してくるTRPG勢を内心で罵倒する。
本当に、本当に厄介な奴らだ。
拓斗は、ただただそれだけを強く思う。
「ってかコレがやったのはただ単に制限を外しただけだぜ? 如何にもな理由を付けてこっちの掛け金をつり上げてさ~。本当は決闘したくないだけじゃないの~?」
「介入したのなら、介入されることも覚悟しろって事だよ」
最後通告だ。
こちらを挑発していたザンガイから笑みが消える。どうやら彼女にとってもあまり好ましくない言葉だったらしい。
舌打ち一つ。それはザンガイか、それとも繰腹か。
だが、決断は下された。
「――ダメだ。ザンガイは仲間だ。すげぇムカつくヤツだし、すぐ俺を馬鹿にするし、エラキノと間違えたら容赦なくゲンコツを食らわせてくるが、コイツは俺を信じて付いてきてくれた仲間だ」
嫌な予感がする。
拓斗は意識を切り替える。交渉から戦闘のそれに。
明らかに空気が変わり、その場に居合わせた一部の者たちは急速な緊張感の高まりに思わず動揺の表情を見せてしまう。
「負けを意識しながら勝負に挑むのかい? 自分が勝ってみせると宣言しないの?」
「違ぇよ。仲間はトロフィじゃねぇって言ってんだ」
ああ、最悪だ。繰腹慶次が覚悟を決めた。
これは良くない。本当に良くない。
拓斗が警戒する勢力の、拓斗が警戒するプレイヤーが、本当の意味で覚悟を決めてしまったと。
もはや言葉を弄して相手をけむに巻く時間は終わった。
これはもう、決着が付くまで止まらない。止められない。
「お前もなかなかいいが、だがコイツには劣るよイラ=タクト。繰腹慶次は最高のプレイヤーなんだ。そうだな……世界一位と言ってもいいかな!」
ザンガイによるその言葉が挑発であることは拓斗もよく理解していた。
だがそれでも尚、放置しておくことは出来ない。
「仕方ない。優先順位の問題だ。死んでも恨まないでね」
ここまで不愉快な気分になったのは久しぶりだと拓斗は己の冷静な部分で自分を見つめていた。
その源泉が何であるかは拓斗もよく分からなかった。
ただ今は目の前の戦いに集中するのみだ。
拓斗は一歩踏み出す。そうして自らの自己認識をイラ=タクトから少しばかり《イラ神》へとずらす。
ずるりと、おぞましき闇の気配と力が、濃密な影となって拓斗から湧き出す。
「……こっちの台詞だ!」
繰腹は恐怖を覚悟で押し殺し、拓斗から目を逸らすことなく戦いの始まりを宣言した。




