第百五十五話 奮起
勇気を持つのは大変だった。
すなわち突然の来訪者を出迎えるという行為に対する勇気である。
無論ソアリーナもフェンネもこのまま放置しておきたいという強い欲求に駆られているのだが、それをすると延々このまま家の外でわめき続けるであろうという確信めいた予感がしたために却下となる。
となればどちらかが扉の前へと進み出なければいけないのだが……。
ソアリーナとフェンネが無言で見つめ合う。言葉には決してならなかったが互いに言いたいことは十分に伝わってきた。
ややして、ソアリーナがギュッと目をつぶると決心したように椅子から立ち上がる。
聖女として後輩に当たるという立場的な理由と、良くはなったものの未だ病床の身にあるフェンネを案じたからだ……。
「あの、どちらさまでしょうか……」
恐る恐る扉を開け、おっかなびっくりで訪問者を確認するソアリーナ。
意外な事に扉の前に現れたのは年若い少年だった。
無論ソアリーナもフェンネも彼のような少年に心当たりはない。
忘れているという可能性ももちろんあったが、扉の向こうからでも分かるほど個性的な人物だ。流石にその可能性は低いだろう。
二人の訝しむ表情を見たのか、その少年は意思の籠もった強い瞳と明らかに大きすぎる声量で自ら名乗りを上げる。
「俺だ! 繰腹だ! 繰腹慶次!」
両手を腰に当てて、どうだと言わんばかりに宣言する少年。
その姿は奇妙としか言い様がなかった。
理由は簡単だ。繰腹の名前はゲームマスターのものだ。ソアリーナもフェンネもそのことをよく覚えていたし、忘れることはなかった。
その名前をこの少年が名乗っている事が不思議だ。彼が本人だとしても、一体どのような理屈でここまで幼くなってしまったのか。
少なくとも、元々少年だったという話は聞いた事がない。レネア神光国で彼と直接であった事はないため事実を勘違いしていたという線もあるが、繰腹はそこまで若い男ではなかったはずだ。
訝しみの視線で胸を張る繰腹を見つめるフェンネ。
一方のソアリーナも困惑がありありと分かるような表情で繰腹と名乗る少年を見守るばかりだ。
だから状況に変化が起きたのは彼が理由ではない。その彼に付き従い、勝手にずかずかと家の中に入ってきた少年の後ろにいた娘だった。
「エラキノ……」
フェンネが若干の驚きと、そして多分な懐疑を含んだ声音で小さく漏らす。
だがもう一方の変化は劇的だった。
「生きていたのですかエラキノ!」
「ぐえっ!」
その姿を視認するやいなや、ソアリーナは駆け出す。途中で彼女にぶつかって弾き飛ばされた繰腹が潰されたカエルに似たうめき声を上げ転がるが、その事にすら気づいていない様子。
慌てた彼女は興奮気味にエラキノに話しかけようとする。
ソアリーナとエラキノの関係性は一言で表すのは難しい。ただ互いに互いを想い合う友人関係であった事を間違いない。
少し見た目の色合いと髪型が違った事が気になったが、ソアリーナにとってはそんなことはどうでもよかった。
何が起こっているのかは不明だ。だがまずは親しい友人との再会を喜ぼう。
そう考え言葉を選ぼうとした矢先。
「残念。これはエラキノちゃんではありませ~ん!」
「えっ、け、けど姿は……。あ、あの、もしかして何か怒っているの? 私が早く見つけに行かなかったからとか……」
悲劇の後の別れ。死んだはずのエラキノが復活した理由、そして彼女が自分を拒絶している理由。何もかもが分からない。
聖女とは言えソアリーナはまだ年若い娘だ。こんな状況でまともな判断が出来るとも思えない。事実彼女はその瞳に涙を浮かべ始め、何を言って良いか分からずギュッと唇を固く結ぶばかりだ。
その様子を見てザンガイは大きくため息を吐いた。
ちなみにこの状況の説明が出来そうな繰腹は部屋のすみで伸びている。
「面倒くせぇ女だなぁ。コレはさっさと話を進めたいんだ《理解》。これでどう? 分かった? 巷で人気の分からせって奴よ」
=GM:Message===========
GM権限行使。
聖女ソアリーナと聖女フェンネは違いを把握した。
―――――――――――――――――
瞬間、今回のこの状況に関する情報がソアリーナとフェンネの脳裏に刻み込まれる。
理解させられたというよりも、それははじめから知っていたと誤認する程のものだった。
内容は目の前の存在がエラキノではなくザンガイという抜け殻だということ。
端的に言えばエラキノとは別人という一点のみの限られた情報だけだったが、それは完璧で疑いようのない事実として二人の聖女の脳裏に刻み込まれる。
このことでようやくある程度の気持ちの整理が付いたソアリーナだったが、逆にその理解が次から次へと疑問と混乱を生んでいく。
では一体どのような事情があって繰腹とザンガイはここにやってきたのか?
「そ、そう……。そう、ですか。本当にエラキノではないのですね。ただ似ているだけの抜け殻。……失礼しました」
落胆はあった。だが希望を抱きすぎると裏切られると理解していたからか、ソアリーナは自身の悲しみが思ったほど大きくなかったことに驚いた。
もしかしたらすでにエラキノの事も過去になりつつあるのかもしれない。その事は悲しむべきことだが、それよりも今は目の前の状況を整理することの方が大切だ。
ソアリーナはザンガイへと謝罪をし、彼女をマジマジと見つめながらその言葉の続きを待つ。
ザンガイもソアリーナが落ち着いた事で満足したのか、早速本題を切り出し始める。
「そうそう。コレはあくまで添え物。あくまでマスターにくっつく残骸。本題はこっちなのさ! さっきアンタにはねられて転がっている情けない男……いや大丈夫? 生きてる?」
部屋のすみでピクリとも動かずに伸びている繰腹にようやくザンガイとソアリーナが気づく。自分の行いに気づいたソアリーナが慌てた様子で介抱に向かい、その背中越しに冷や汗を流しながらザンガイが様子を窺う。
ソアリーナが軽く揺すってみるが一切の反応がない。嫌な予感が二人の脳裏をよぎる……。
状況を打破したのは、この場におけるもう一人の聖女。フェンネ=カームエールだ。
「一応生きているわ。そして……彼がゲームマスターだという事も今知った」
ソアリーナとは違い、油断なく状況を見守っていた彼女はそう静かに告げる。
フェンネの能力は読心。人の心はあまりにも複雑で醜悪だからと彼女はあまりこの能力を使いたがっていないが、この場において使用を控えるという選択は無い。
自分たちの安全の為に、早く状況の理解と主導権の取得をしておくべきだ。
そのような判断のもとに会話中に密かに行われていた読心は、確かに目の前の少年がゲームマスターであり繰腹慶次本人であるという事を指し示している。
本人が自分を繰腹であり元ゲームマスターであると思い込む狂人でなければの話……だが。
一方でフェンネの言葉に眉を顰めたのはザンガイだった。
彼女はなんとか意識を取り戻し、うめき声を漏らしながら復活を遂げようと気合いを入れ直していた繰腹から顔を上げ、フェンネの方を見やると酷く面倒くさそうに吐き捨てる。
「あー、心を覗く能力か。コレの方はブロックしておくかな。マスターはどうでもいいや」
=GM:Message===========
ゲームマスター権限行使
ザンガイに対する《読心》判定を永続却下します
―――――――――――――――――
今度はヴェールの奥でフェンネが眉を顰める番だった。
何らかの能力の発動を感知したからだ。
そう、それはゲームマスターが使っていたような馬鹿みたいな奇跡の発動にも似ている。
だがどうして? 自分の推測が正しければイラ=タクトの策略によりかの力は失われているはず。
自陣営の敗北は間違いない。であれば取れる手札はあまり多くは無い。
だがフェンネの考えとは裏腹に、ザンガイの心はまるで強大な力に防がれているかのように闇に包まれ見通すことができない。
少しばかり不機嫌そうにフェンネを見るザンガイと、彼女に最大級の警戒を抱きながらいつでも飛び出せるようベッドの上で身構えるフェンネ。
緊張の糸をぶった切ったのは、ようやく復活を果たした繰腹だった。
「助かったぜザンガイ! こうなりゃ話は早ぇ! あの時はすまなかった!」
家中に響き渡る絶叫。そして唐突な土下座。
ゴンと床に頭をぶつける音が軽快に響く中、繰腹はソアリーナとフェンネに向かって彼が考え得る限りの誠意ある謝罪を行った。
無論、彼の中ではちゃんと筋道の通った男らしさあふれる潔い謝罪ではあったが、向けられた二人は困惑しかない。
唐突に昔の知り合いを名乗る少年がやってきた上で、盛大に土下座をしているのだ。
百歩譲って彼が繰腹慶次本人であることを認めたとしても、いきなり土下座される理由はどこにもないように思えた。
そしてその理由は、フェンネが思わず読心の能力を持って彼の真意を推し量ろうとしてなお、煩雑として要領を得ない奇妙なものだった。
「頭の中がごちゃごちゃよ。もう少し整理しなさいな」
フェンネが呆れた様子で指摘する。だが繰腹は土下座の姿勢のまま。
顔を上げるでも無く、むしろ額を床に擦りつける意図でもあるのかと思われんばかりに密着させている。
「そんな暇はねぇ。どうすれば良かったのか、何を言うべきかずっと迷っていた。けど、全部俺が悪い。全部俺の責任だ。すまなかった。それしか言えねぇ」
ここに至って、ようやく、そしてなんとなく……二人の聖女は彼が言わんとしていることを把握し始めてきた。
彼は言っているのだ。イラ=タクトに敗北したのは自分の責任だと。自分が弱かったせいでこの様な状況になっているのだと。
それは彼女たちから夢を奪ったことも含まれるのだろう。だがそれよりも、あの日夢を語り合っていた三人の胸中には、ここにはもういない一人の少女の笑顔が浮かんでいた。
あの騒がしくも好感の持てるあの少女の笑顔が……。
「エラキノは帰ってこないのですよ。もう忘れようとしていたのに、どうして今更来るんですか」
落胆にも似た感情でソアリーナが問いかける。もう忘れようと、全て忘れて生きていこうと決心した矢先だった。普段ならこれほど批難めいた口調をするような娘では無い。
後でも先でも、もう少し取り繕った対応が出来ただろう。
だが全てを諦めたこの日この瞬間に来るのだけは、納得いかないものがあった。
「一緒にイラ=タクトをぶっ殺してもらおうと思ってな♪」
だからザンガイの言葉にソアリーナは久方ぶりに激昂しそうになった。
いきなり何を言い出すのかと。まだそんな事を言い出すのかと。特にだ、繰腹が言い出したとしても許しがたい言葉だが、その言葉がザンガイと呼ばれるこの少女の口から出てきたことが許せなかった。
何も知らない。皆の関係も知らない後から参加してきた偽物が何を言い出すのか。
ギリッとソアリーナが歯を食いしばる。そして彼女には到底似合わぬ罵声を持ってこの場からの退出を命じようとした時だった。
「黙れザンガイ。俺が話している」
「くひっ!」
繰腹が静かに……、だが明確な怒りの籠もった声でザンガイの挑発を断じた。
その言葉に込められた意思に思わずソアリーナはゴクリと唾を飲み込む。それは部屋の奥でこの様子を見守るフェンネも同じだ。
この男はここまで畏怖を感じさせる男だっただろうか? ゲームマスターとして念話で会議に参加していた時もここまで畏れを抱くような人物では無かったはずだ。
確かにあの頃より彼は弱っている。
裁定の権能を奪われたことも、少年の実体を得てこの場で情けなく土下座している事も。
そのどれもこれもが彼の弱体化を示唆しており、事実その認識は間違っていないはずだ。
だがどうしてだろうか?
彼が放ったその言葉。そしてそこに含まれる意思。
その重みを感じてしまうと……。
この瞬間だけは、彼が全てを支配するゲームマスターであると納得させるような、そんな凄みのような何かがあった。
「そういうのはどうでもいい。イラ=タクトは確かに俺の敵だ。仕返ししてやりてぇと思っている。その前にお前達に謝りたい。今はそれだけだ」
繰腹の覚悟は、真摯なる謝罪という形で表れている。
「ずっと会ったら何を言おうかと迷っていたんだ。けど俺は馬鹿だから上手く言葉にできねぇし、本当は何がダメだったのかもちっとも分からねぇ。だから、すまねぇ!」
あの時あの場所。集まった者達はそれぞれ野心があった。あくまで目的の中で互いの思惑が一致しただけの関係にすぎない。
だとしても繰腹は責任は自分にあると考えていたのだ。なぜなら彼だけがあの状況をどうにかする術を持っていたから。
彼だけがどうとでも出来るだけの力を持っていたから。
イラ=タクトによる突拍子のない手段でのGM権限剥奪。あの瞬間繰腹は頭が真っ白になって呆然としていた。
戦闘中という本来であればすぐに次の手を打たねばならない、一秒という時間の価値が普段の何倍にもふくれあがれるあの時に、ただ唖然として焦りで動くことを止めてしまったのだ。
繰腹は己の不甲斐なさを呪う。
ザンガイの助力によりTRPGの能力が持つ無限の可能性を知った今となっては、あの程度の苦境はどうとても出来たと理解できる。
少なくともTRPGの能力にはそれだけのポテンシャルがある。
愚かだったのはその使い手。いくら名馬駿馬の類いであっても乗り手が半人前であれば駄馬に成り下がる。
その半人前の乗り手が繰腹慶次という男だ。
いや半人前という評価すら不相応だろう。半人前ならたどたどしいながらも馬を必死で動かそうとするのだから。
だから繰腹はここに来た。
全てを謝罪するため。己の覚悟の甘さと、それによってもたらされた苦しみと悲しみから目を逸らさぬため。
「もういいのよ。全て終わったことよ。謝罪は受け入れるわゲームマスター。だからもう帰ってちょうだい。何度も言うけれども、私たちにとっては終わったことなの」
「いいや、終わっちゃいねぇ!!」
フェンネの拒絶は、更に強い拒否によって押しつぶされた。
ここまで強引な様は見たことがない。以前のゲームマスターはどこか浮き足だった何か自分を取り繕うようなものがあった。それは彼が持つ虚栄心のようなもので、それが原因で腹を割った話が出来ていなかったことは事実だ。
だが今の彼にはそれがない。ただむき出しの感情を持って、なりふり構わずぶつかってきている。
「俺が、俺がまだここにいる! フェンネの約束も忘れてねぇ。ソアリーナの夢も忘れてねぇ! もちろんエラキノの事も! そしてみんなで約束した事もだ!」
繰腹は叫ぶ。ようやく顔を上げ、ソアリーナとフェンネを交互にしっかりと見据え、自分の覚悟を述べるかのように。
先程からの叫びはやけにうるさく耳障りであった。だがこの叫びはどうしてかそのような不快感が無い。
反論する暇も与えず、繰腹はただ真摯に己の覚悟をぶつける。
それしか出来ぬかとでも言わんばかりに、それをする事が最善だとでも言わんばかりに。
「虫のいい話だと理解している。けど、もう一度チャンスをくれ! エラキノを取り戻す! そしてお前らの――俺たちの夢を全部叶える!」
大言壮語もここまでいくと笑ってしまう。
ソアリーナはともかく、フェンネは呆れたようにこの小さな愚か者を見やる。
すでに物語は終わりを迎えているのだ。これ以上あがいたところでどうなると言うのか?
「無理よ。あの時と今で何が違うというの? 強大な相手を打ち倒すだけの何かが、今の貴方にあるというのかしら?」
「お前らがいる!」
いや前回もいただろうと、フェンネは思った。思ったが勢いだけで発言している彼に言っても大して効果はないだろうとも同時に思った。
正直なところフェンネとしてはさっさと帰って欲しいというのが本音だ。本音をぶつけてくる今の彼は多少好感は持てるものの、それでどうにかなるほどこの世界は――イラ=タクトは甘くない。
下手に彼の言葉に乗って更に状況が悪化しては元も子もなかった。
だが繰腹はそんなフェンネの内心など知らない様子で必死に勧誘を継続する。
「俺は馬鹿だ。馬鹿で愚かで調子乗りだ。だからしくじった。これは俺の甘さが原因だ。誰も頼らず、自分一人で――あの力があればなんとでもなると思った馬鹿野郎の甘さがこの状況を招いた……」
繰腹はここに来るまでの道のりの間に、何故このような状況になってしまったのかを必死で考えていた。
今の境遇に不満を抱くという意味では無い。何故自分は敗北し、自分に付いてきてくれた者達は悉く不幸になってしまったのか? という事だ。
夜遅くまでウンウンと難しい顔で唸り続ける繰腹をザンガイはたいそう馬鹿にしていたが、繰腹が答えを得るのは比較的簡単だった。
それは彼の中にある、ある種の甘えと呼ぶべきものが原因だったからだ。
「今までもそうだったんだ。ギャンブルで勝つとすぐ調子に乗る。最後の最後まで気を抜くべきじゃないのに、途中で気を抜く。自分をよく見せたくて、勝てない勝負でも平気でやる。そんな人生を覆せると思っていたんだが、結局俺は俺のままだったらしい」
人はそうそう簡単には変われない。
変われたと思ってもそれは一時のものであったり、本質的には変わっていなかったりと、そんな場合が殆どだ。
彼は――繰腹は己の弱さを認めた。認めた上で、ここから巻き返す方法を模索したのだ。
それがまずはケジメを付けること。先の戦いの不始末を謝罪し、真の赦しを請うことである。
「だから、俺には俺を止めてくれる仲間が必要だったんだ。俺が暴走したときにぶん殴ってくれる、そんな仲間が。俺一人じゃ無理だ。最強だと勘違いして何でもできると傲慢になって、自分一人でわがまま放題好き放題動いてあの結果だ。お前らと、エラキノの話をもっと聞いとくべきだった。あんなに近くにいたのにな……」
確かにあの時の繰腹は一歩引いた距離にいた。
殆どがソアリーナとフェンネと、そしてエラキノで決めたことばかりだ。繰腹は話を聞いているのか聞いていないのか分からなかったし、ゲームマスターとの調整はエラキノがしていたので二人の聖女も大して気にする必要はなかった。その状況を変えたいと、繰腹は訴えかけているのだ。そこに勝機があると必死に。
「今度はしくじらねぇ。お前らの力を全部借りて、失ったものを取り戻したい。そのためにはめちゃくちゃ話も聞く。分からなかったら分からないって言うし、ヤバかったらヤバイっていう。もうかっこつける時は終わりだ! この中で俺は一番弱いし一番頭が悪い!」
ずいぶんと情けない言葉が出た。
だがソアリーナもフェンネも、そしてザンガイもそれを笑ったりからかったりすることはなかった。ただ真剣に、一人の男の謝罪と決意を受け止めていた。
「だからそんな俺を助けてくれ!! 一生のお願いだ!!」
ゴンっと、繰腹はまた床に額を打ち付ける。
「ソアリーナ、フェンネ。全てを取り戻すために、俺にはお前らが必要なんだ!!」
そして大声で、もうこれ以上は何もないと言わんばかりに締めくくった。
……ほんの少しばかり時間が流れ、まず口を開いたのは何故か心配そうに繰腹を見守っていたソアリーナだった。
「本当に、エラキノを助けてくれると約束してくれますか? 全部取り戻すと、誓ってくれますか?」
「ああ、お前に誓うし、俺にも誓う。そしてエラキノにも誓う。もう逃げねぇ。全力で考えて、全力でやる。めちゃくちゃ頑張るつもりだ。お前らさえ助けてくれれば、俺はどんな敵にだって勝ってみせる!」
何やら嫌な予感がする。
フェンネは軽率な決断をしようとしている流れの二人に危機感を抱き、慌てて繰腹の心を読む。彼の内に秘めるよこしまな思い晒してしまえば、ソアリーナもその考えを改めるだろう。
だがいざ繰腹を読心して驚愕する。
「驚いた。彼、本気よ。本気の本気で今の台詞を言ってるわ」
それは嘘偽りの無い繰腹慶次の本音だった。
彼は本気で謝罪していたし、本気で自分が愚かだと認めていた。だが何よりもフェンネが驚いたのは、ソアリーナとフェンネが合流すればそれだけで勝利への道が開けると本当に信じて居たからである。
「フェンネさま。私、もう一度彼を信じてみようと思うのですが……」
「驚いた。貴女も本気? さっきの言葉もう忘れたの? これが悪い男の典型的な見本よ。だまされるとひどい目にあうわ」
おずおずと、だが期待にわずかながら瞳を輝かせるソアリーナを見て、フェンネは頭を抱える。どうしてこうなったのか。自分が止めるべきだったのだろうが、今となっては後の祭りだ。事実ソアリーナは本気になってしまっている。
「か、彼はそんな人じゃないと思いますし。エラキノのマスターですから私たちが協力すれば……」
「呆れた……」
本当にしょうがない奴らだとフェンネは呆れた。もうどうにでもなれと匙を投げたと言っても良い。何やら嫌な予感がひしひしとするが、それはどちらかというと平穏の遠ざかりと面倒毎の到来を告げるものだ。
「フェンネ……。ど、どうかな? 協力してくれるかな? こう、お前が頷いてくれれば丸く収まるっていうか、こう、良い感じにまとまるんだが……」
「嫌よ……」
「フェンネェ~……」
情けない声で繰腹が縋ってくる。
勢いと口八丁が聞かないと知るや否や泣き落としだ。おそらくテコでも動かないつもりだろう。
そしてここにソアリーナの援護も入るのだ。事実彼女はソワソワとしながら繰腹とフェンネを交互に見ながら会話に入り込む隙を探している。
フェンネは大きな大きなため息を吐いた。
「嫌だけど、そのまま放り出して野垂れ死なれても目覚めが悪いわ。仕方ないから面倒見てあげる。かわいらしい見た目にそぐわず大きな大人のお守りなんて、本当に貧乏くじばかりだわ。私の人生」
諦めにも、嘆きにも似た想いだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
ただ、ひたすら呆れはあったが。もうどうにでもなれ……フェンネは完全に事態の収拾を諦めていた。
「ありがとうフェンネ! お前の事も幸せにするからな! 俺が二人を幸せにしてみせる! 約束だ!」
「は、はい……よろしくお願いします」
「驚いた、二人とも本気で言っているのね」
「俺の事はケイジと呼んでくれ。もうゲームマスターじゃない。ただの愚かな、だが覚悟の決まった一人の人間。繰腹慶次だ!」
「はい、ケイジさん!」
調子に乗る愚かさを知ったとつい先程言っていたのは繰腹慶次だ。
全く成長していないらしい。
フェンネは再度ため息を吐く。どうやら彼の性格を矯正するのは自分の役目らしい。
ソアリーナは何やら悪い男に絶賛騙されている最中だし、あのザンガイという不思議な少女は自体が思う通りに進んだためかニコニコとただ楽しげにこの光景を眺めている。
サッと繰腹が立ち上がり、自信に満ちた声で如何にソアリーナとフェンネの二人が得がたい仲間であるか、可能性に満ちた素晴らしい存在であるかを、自分にとって大切な存在かを語り始める。
その賞賛の言葉に頬をほんのりと赤らめ始めたソアリーナを見ながら、フェンネはわざとらしく嫌みを言う。
「ケイジ、あなたゲームマスターよりジゴロの方が向いているんじゃない?」
「ありがとう、ソアリーナ。ありがとうフェンネ。そして見てるか天国のエラキノ。俺はもう勝ったも同然だ。今に見てろよイラ=タクト。俺たちが力を合わせれば怖いもんなんて何もねぇ。勝利の道筋、ここに見えたぜ……」
「はぁ……」
繰腹は聞いていなかった。ケイジと呼んだこと――少しは認めてやったこともどうせ気づいていないのだろう。フェンネはまたため息を吐いた。
ただ、何故か、悪い気はしない。
「まずはそのすぐ調子にのる厄介な性格の矯正からかしら……」
「うぉおぉぉぉおぉ!! やるぞエラキノぉぉぉぉぉぉ! 待ってろよぉぉぉぉ!」
繰腹が気炎を上げ、ソアリーナが紅潮した表情で繰腹を応援する。
ザンガイは何やら自慢の我が子の晴れ舞台に感動する親馬鹿の如く腕を組みながらウンウンと頷き、フェンネはうるさいわねとばかりに窓の外を眺める。
こうして、かつてTRPG勢力と呼ばれた者達は再集結した。新たなる決意と覚悟を胸に抱いて。
ひたすらに声のうるさい、調子に乗る愚かで馬鹿な男を頭に据えて――。
なおこの後あまりの騒がしさにクレームを入れに来たパン屋の主人にこっぴどく叱られ早速意気消沈する繰腹慶次。
その後もあれやこれやと能力の使い方やイラ=タクトを打倒する方法についてダメ出しを食らうのだが……。
彼の、彼らの物語はここからまた始まるのであった。
=Message=============
以下のユニットがプレイヤー繰腹慶次に合流しました。
華葬の聖女ソアリーナ
顔伏せの聖女フェンネ=カームエール
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