三百三十一話 転落
「タクミ君、今日の晩御飯は何がいいかな?」
「あー、お昼はこってりした肉料理だったから、夜はあっさりしたのがいいなぁ。あ、でもちょっとは食いごたえがないと、さみしいかな」
脂っこいのは嫌だけど、お腹はそこそこすいてきている。
「なるほど、それじゃあ豆乳鍋なんかはどうかな? 野菜を中心にして、軟骨のつみれ団子を入れてみるよ」
「おお、いいねぇ。ナイスなチョイスだよ。でも豆乳なんてあったかな?」
「大豆が余っていたので数日前に作っておいたんだ。ついでに豆腐も出来たから、一緒に入れてみるね」
うん、さすが俺。正確には漫画版の俺。惚れ惚れするほど優秀だ。
「あ、あと洗濯物が乾いてたら畳んどいてくれる? 棚に入れるのは左からパンツ、シャツ、靴下の順番ね」
「おっけー、煮込んでる間にやっておくよ」
うんうん、よきかなよきかな、よし、俺はさっきまで読んでた漫画の続きを……
『タッくん、最近サボりすぎちゃう?』
「えっ、ち、ちがうよ。あのタクミがどれくらいの能力を持ってるか探ってるんだよ。決して自分が楽したくて家事を全部任せてるんじゃないんだよっ」
ほ、ほんとだよ。ほんとだから、そんな重力を操作したような圧力を浴びせないで。
『はぁ、タッくん、ほんまにそうやったとしても、もうちょいちゃんとしたほうがええで。このままやと、みんな、タッくんやなくて、あのタッくんを好きになってしまうで』
「ははは、何を馬鹿な。いくら似てると言っても、この世界でのタクミは俺なんだ。みんな、そんなことくらいわかってるはず……」
「ああっ、そこそこっ、いいでござるよっ、あのタクみんっ」
隣の部屋から、ロッカの艶かしい声が聞こえてくる。
「ええっ、一体何をっ!?」
『だからいうたやん。あーあ、ロッちん、とられてしもた』
そ、そんなはずはない。
ロッカに限って、そんなこと絶対ない。
咄嗟に限られた文字の力で隣の壁を透視する。
「ああ、そこでござるよっ、そのふくらはぎの真ん中らへんがたまらないでござるっ、もっと強く足首からしぼるように揉んでほしいでござるっ」
「はい、ロッカさん、こうですねっ、ぐぃーといきます」
な、なんだ、ただマッサージしてるだけじゃないか。
俺はてっきり……
『安心してる場合とちゃうで。ロッちんがタッくん以外に身体を触らせるなんて初めてやで。このまま、ぼー、としてたら、全部とられてしまうかもしれへんよ?』
「ま、まさか、考えすぎだよ、ロッカに限って……」
『ロッちんだけやないからな。ヌルハチやサシャもなついてる。タッくんやと遠慮して言いにくいことも、あのタッくんにはいえるねん』
た、たしかに、ロッカが俺にマッサージなんて頼んだことがない。おかしい、こんなにも親しみやすいフレンドリーな師匠なのにっ。
『タッくん、気づいてないかもしれんけど、文字の力使うようになってから前より怖くなってるで。前のただ弱いだけのタッくんのほうが、みんな話しかけやすかってん』
「バカなっ、確かに俺はちょっと文字の力に溺れて暴走してたけど、ヌルハチに負けて、1番大切なものに気づいたんだっ」※1
そう、傲慢で図に乗っていた俺はもういない。今の俺は強くなったまま、優しい心を持つ、真のナイスガイに成長したはずだっ。
『ちがうで、タッくん。ちゃんと反省したん最初だけやで。すぐに調子乗って大切なもん忘れてしもてるで』
「がーーーーん」
思わず口で言ってしまった。確かに思い当たる節がある。チョビ髭にも言われたが、そんな俺に愛想が尽きて、球に封印した界層ランカーたちも逃げ出してしまった。※2
「あ、あのタクミにはそういうとこはないのか?」
『あのタッくんは、出会った頃のタッくん、そのものや。ひ弱で誰かが守ってやらんと、すぐに死んでしまいそうな、それでも自分のことより他人を優先する、うちの大好きやったタッくん、そのものや』
「が、がびびーーーん」
ヤバい。足元から崩れ落ちそうなくらい動揺している。カルナの口ぶりからすると、すでにあのタクミに惹かれまくってるんじゃなかろうか。
「め、目を覚ませカルナ、あのタクミは偽物っ、本当の俺は俺なんだぞっ」
『うん、それが真実でも、前のタッくんはそんなこと言わへんで』
がががががーーーーーん、と、もはや声に出す気力も無くなっている。ヤバい、ヤバすぎる、これもあのタクミの戦略かっ!?
「ちょっ、ちょっと俺も晩御飯の支度、手伝ってこようかな、あと洗濯も……」
しかし、そこには甲斐甲斐しくあのタクミを手伝うサシャやヌルハチの姿があった。
2人とも最近の俺には見せない笑顔をあのタクミに向けている。
『もう手遅れやない?』
紐が緩んだのか、自ら断ち切ったのか。
カルナが鞘ごと、がちゃん、と地面に転落した。
※1 タクミがヌルハチに負けて1番大切なものに気づく部エピソードは、第八部 三章「閑話 愛」に載ってます。よければご覧になってみて下さい。
※2 球に封印した界層ランカーたちが逃げ出したエピソードは、第十部 一章「三百二十二話 髭枠」に載ってます。よければご覧になってみて下さい。
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