三百十三話 選択肢のない選択
「え? スピード狂が試合放棄?」
「うん、時間魔法使って速く走ってたことがバレたから、そのまま逃げたみたい」
突然、ネレスがやって来て衝撃の事実を伝える。
「スピード狂の強い所は足が速いことじゃないんだ。勝てない相手とは決して戦わない。危機察知と逃げ足の速さで一桁ランキングに入ってきたんだよ」
「そ、そうなんだ」
なんかどこかで聞いたことがあるようなフレーズだ。ゴブリン王の親戚とかじゃないよね、スピード狂。
「レイアに時間魔法をカットしてもらう作戦も無駄になったな。ロッカやカルナたちにも余計な心配をかけてしまった」
「ああ、そのことなんだけど、時間系の能力をカットできるってすごいことなんだ。ちょっとお願いがあるんだけど、キミからレイアさんに頼んでくれないかな?」
「え? 何を?」
「時間のカットを」
んん? なんか嫌な予感がするぞ。
「時間を操るのも、カットするのも、ヘタをすれば大惨事になりかねない。ミッシュ•マッシュ戦でも過去に戻って、もう少しでカルナを失うところだった。スピード狂と戦わないなら、もう時間に関わる能力は、全部封印したいと思ってるんだ」
やんわりと、それでいて揺らがない決意を乗せて、はっきりとお断りする。
「うん、それは凄くいいことだね」
「だろう? じゃあ俺は次の戦いまで、のんびりドラマ鑑賞でも……」
さりげなく去ろうとしたが、肩を、むんず、と掴まれた。けっこう強い力で、ちょっぴり痛い。
「うん、凄くいいことだからカットしてほしいの。間違った時間の流れを、ね」
ね、のところで、肩に指が、ぐっ、と食い込んだ。
意地でも俺を逃がさないつもりか。
「間違った時間の流れって?」
「無限に加速した時の果て。想像もつかないような遥かな未来。蒼穹天井のさらに上、誰も辿り着けない時間の監獄に、その人は閉じ込められてしまったの」
どこが間違っているのかわからないが、取り返しのつかない事態に陥っているのだけはわかる。
「その人は誰なの? 何をしてる人なの?」
「さあ? 本当の名前なんてもう誰も覚えていない。本人ですら、ね。わたしと一緒。名無しよ」
嫌な予感はどんどんと膨れ上がっていく。
そこにいる誰かを解放してはいけない。
全身が震えるほどの警戒音が体内で鳴り響いていた。
「その人、もしかして『あのお方』とか呼ばれてない?」
「さあ? 呼ばれてたような、呼ばれてないような」
絶対呼ばれてるよっ!!
姿を見せないと思ったら、そんなところに閉じ込められてたのっ!? これ、絶対、出さないほうがいいやつだよっ!!
「えー、丁重にお断りします」
「断らないよ、キミは。だって、そこにいるのは……」
ネレスがまるで俺を抱きしめるように近づき、ボソリと、しかしハッキリと衝撃の事実を耳元で告げる。
「え? う、嘘だろ?」
「嘘だと思うなら、文字の力で確かめればいいよ」
座標。検索。蒼穹天井。その果て。監獄。
『一件、ヒットしました、【屋根裏宇宙】、ご覧になられますか?』
感知できないはずの場所を文字の力が簡単に見つけてしまう。見たくない。見たくないけど見ないわけにはいけない。
「は、はい、閲覧します」
文字の力は、自分のもので息をするように使っていた。だから、こんなふうに使用時に敬語で返すことなど一度もなかった。だけど、そうしなければいけないほど、その場所を覗くことに、禁忌を感じていたのかもしれない。
文字が頭の中に、映画を観るように映像を流してくる。
そこにあるのは、ただ一つの小さな星と無限に広がる宇宙空間。
星には、どこかで見たことのあるような、景色が広がっている。
全ての界層から取り寄せたと思われるゲームや漫画、アニメやドラマのDVDが散らばっていた。
何百インチもある巨大なテレビの前で、誰かがドラマの最終回に嗚咽を漏らしている。
背後からなので顔はわからないが、見なくても、それが誰かは確信していた。
「ね、本当でしょ?」
答えることも、頷くこともできず、ただ呆然と立ち尽くす。
なんでこんなことになった?
無限に加速した時の果て?
想像もつかないような遥かな未来?
蒼穹天井のさらに上、誰も辿り着けない時間の監獄?
だから俺は時間を操る能力を使ってはいけない、って、あれほど、みんなにっ。
「……ネレスは、誰が『あのお方』を閉じ込めたのか知ってるの?」
「うん、でも内緒。たぶん、言ってほしくないんじゃないかな。『あのお方』もキミも」
ああ、そうだな。
たぶん、こんなことができるのは1人しかいない。
そして、その答えを俺は望んでない。
「で、どうする? カット、お願いしてくれる?」
微笑んで首をかしげるネレスに、俺は黙って頷くという選択肢しかなかった。




