二百二十八話 RE:弟子の弟子がきた
「やっと二人きりになれましたね、タクミさん」
うん、強制的にね。
物語的に重要だったはずのシーンが全部カットされたからね。
サシャなんて、あれだけために溜めて登場したのに、なにもしないまま、どっか行っちゃったからね。
「最初から、最初に会った時からこうすればよかった。タクミさんに近づくものは、全部、排除すればよかった」
「だから、やり直すの?」
「そう、今度はずっと私とタクミさんだけの物語。もう誰にも邪魔されない。アリス様でさえっ! 全部、カットしてみせるっ!」
うん、こわい。
まあ、レイアは最初に弟子入りした時から、言うこと聞かなくて怖かったんだけどね。
今はもう、その時が可愛らしく思えるくらい怖すぎる。
長い黒髪に少し切れ長の瞳は、紅く血走り。
腰には魔剣ソウルイーターでも聖剣マサムネでもない、禍々しくドス黒い変な刀を携えていた。
白い和風に描かれた紅い牡丹ぼたんの花が、誰かの返り血で広がり咲き乱れている。
うん、やっぱり超こわい。
なんで、こんなふうになってしまったんだろう。
「あー、レイアさんや」
「はいっ、タクミさんっ」
昔と同じように話しかける。
でも近い。
もう顔と顔がくっついてしまうくらい近い。
距離感もバグってる。
どうしようか。
正直に怖いと言ったら、どうにかなっちゃうんじゃなかろうか。
でも……
「こわいよ、レイアじゃないみたい」
「え?」
固まった。
固まったまま、レイアが動かない。
風が吹き、稲穂が揺れる。
田圃の中心で、俺とレイアが、まったく動かないまま、しばらく時が流れていく。
「え?」
もう一度、レイアが同じ言葉を口にする。
まばたき一つしていない。
こわいよ。このシーンこそ、いらないからカットして。
「だ、だから、今のレイア、超こわいよっ、ほら昔みたいに、みんなと仲良く笑っていたレイアに戻ってくれよ」
「……昔、みたいに」
目線がどこも向いていない。
ぎょろぎょろと、血走った瞳が左右別々に動いている。
「昔、みたいに……」
うん、同じことを二回ずつ言わないでね。
こわいよう。帰りたいよう。
「あの頃の私はただタクミさんの隣にいるだけで嬉しかった。本当は違うのに、いつまでもずっとタクミさんのそばにいられると思っていた。どれだけたくさんの人が集まっても、タクミさんが誰を選んでも関係ない。ただ、そばにいれるだけで私は幸せだった」
パキパキと周りの空気が凍りついていく。
風に揺れていた稲穂も、いつのまにか止まっていた。
「でもそれは間違いだった。失ってみて初めてわかる。あの時、私はタクミさんに近づく者を全部排除しなければならなかった。クロエも、カルナも、ヌルハチも、サシャも、……そしてアリス様も」
みんなで一緒にいた頃の思い出が、一枚絵のように次々と流れていく。
だが、それが同時にパリンパリンと砕けて割れていく。
「だから、今度は私一人だけ。いらないものは全部、ここに捨てていく」
「いらないものなんて、一つもないよ」
おそるおそるレイアの頭に手をのばす。
抵抗されたら、どうしようもないが、レイアは素直にそれを受け入れる。
「触られたら、タクミさんの力で多大なる影響を及ぼすのでは?」
「ごめん、それ嘘だったんだ」※
もうなにも隠さない。
たとえ、それが俺にとって最悪の結果になろうとも、レイアの勘違いを直さないといけない。
「俺は最初から宇宙最強なんかじゃなかったんだ」
「嘘ですよ。そんなの、私やアリス様が気づかないはずないじゃないですか」
狂気を含んだ笑みの中で、カシャカシャという音がレイアの内から聞こえてくる。
まさか、俺に対して都合の悪い記憶を全部カットしているのか?
「タクミさんは、ずっといつまでも永遠に宇宙最強なんですよ」
ぞわっ、と背筋が怖気立つ。
レイアがボルト山に来てからの5年間。
魔剣カルナを除いて、ここまで身近で俺を見てきたのは、レイア一人だ。
気づいていないはずはなかった。
たまにくるクロエですら、俺が最強であることに、多少なり疑問を抱いていたはずだ。
俺が最弱だったことをレイアがまったく気が付かないなんてありえない。
いつから?
いや、もしかして出会った最初から?
レイアはずっとカットを使って、俺を宇宙最強だと無理矢理思い込んでいたのか?
「レイア、俺はっ!」
「はじまりますよ」
はじまる? なにが?
キュルンっ、と周りの景色が反転していく。
いつのまにか、空中に信じられない数の時計が浮いていた。
大きいもの、小さいもの、丸型、四角型、様々な時計。
だが、一つ共通点がある。
すべての時計が右回りではなく、凄まじい速さで左回りに逆回転していた。
「世界逆行っ!? いや、違うっ、これはっ!!」
一分間なんてもんじゃない。
見えないほど高速で過ぎゆく景色は、あっ、という間に何年もの時を逆行している。
「やり直しです」
すべての禁魔法の封印を解除しないと発動しない完全なる第六魔法が発動したのかっ!?
そこにいないはずなのに、まるですぐ隣にいるみたいに六花の存在を近くに感じてしまう。
高速に戻る景色と共に、頭の中からいろんな記憶が飛び消えていく。
ああ、ダメだ。それは絶対に忘れちゃいけない記憶……
「貴方様が剣聖アリス様のお師匠様、大剣聖タクミ様でございますね」
「は? いや、人違いじゃないか?」
草が生い茂る俺の足元に、まだあどけなさの残る少女が跪ひざまずいている。
もうすぐやって来る冬に備え、洞窟の前で肉を塩漬けにしていた時のことだった。
長い黒髪に少し切れ長の瞳。年は十五、六歳くらいだろうか。背には少女の身長とさほど変わらないような剣を背負っている。確か、東方の剣でカタナと呼ばれているものだ。着ている衣服も東方の、紅い牡丹ぼたんの花が描かれた白い和服だった。
「いいえ、人違いじゃありません、タクミさん」
初めて会ったはずなのに、その少女は俺を見て、実に嬉しそうに微笑んだ。
※ タクミに触ると多大なる影響を及ぼすエピソードは、第一部 序章「二話 最速で卒業してほしい」をご覧になってください。




