異都の猿
いったい何が
俺を動かす
配点(楽しさ)
side知佳
横浜羽沢の体育館、そんなにでかくないのね。
練習するぶんにはフツーにできるのだが、マジで試合するとなると足りないのだ。
というわけで最初に女子がやって、次に男子がやることになった。
え?結果?
瞬殺でしたけど何か?
ほとんど私1人で勝ったようなものだ。
そりゃ他のみんなの助けもあればこそ、だけど。
横浜羽沢の女子は男子ほど圧倒的ではないのだ。
そして今、その男子と現日本最強が激突しようとしていた。
「今回は勝たせてもらうぞ」
「勝つのは俺達だ。先輩たちがいなくても、俺達は強いってことを見せてやるよ」
壮君が小野寺を睨みつけて言う。
うんうん。
男子だねぇ。
好きだよお姉さん、そういうのは。
しかし浦話は厳しい気がする。
横浜羽沢には小野寺も神代も残っているのに、浦話にはあの2人の3年がいないのだ。
聞けば現在、1日15時間勉強に没頭しているらしい。
進学校ってすごいねぇ。
切り替えが早すぎるよね。
浦話はインサイドに新しく2年1人と1年1人を投入していた。
つまり浦話は今、1年を3人、スタメンで出しているということだ。
これって来年が恐すぎるね……
壮君は当然、調子を上げる。
植松もまだまだ成長できる。
そして他の1年2年も、強い学校と練習や試合をすることによってさらなるレベルアップを図ることができる。
そこまで狙っての起用だよね。
壮君はそこらへん容赦ない。
先輩とか後輩とか、全然気にしてない。
でも、
「いっけぇ!勝ってこい川口!」
「ガンガン行けよ!」
「押忍ッ!」
誰もがそれを当然としている。
年上が出るのではなく、強いヤツが試合に出る。
当然のことだけど、難しいこと。
それを平然と行える今の浦話は、
強いよね。
誰もが勝利を目指しているわけだから。
ボールが上がる。
弾いたのは壮君だ。
強いね。
身長も190超えで高校生の中では十分デカイ。
その上身体能力が他を引き離している。
ジャンプ力も当然。
軽く相手センターの上を行く。
弾かれたボールは島田がとり、植松へ。
植松がボールを運ぶ。
しかし小野寺がつく。
ここでスティールされない時点で植松の強さがわかる。
普通なら小野寺にマッチアップされた瞬間にボールが奪われるのだ。
それを植松はキープし続けている。
押し込み、ビハインドバックでボールを隠し、スクリーンをぶち当てて小野寺を引きはがし。
必死でボールを運ぶ。
小野寺が強すぎるよね……
小野寺が1年の時点で敵はいない、とまで言われたのだ。
壮君がいなければ奇跡の3連覇を成し遂げていたはずだし、3年連続MVPという記録も達成していたはずなのだ。
しかし今小野寺が向かい合うのは、それを阻止した男だ。
現在、日本最強のバスケットマン。
たぶんプロと比べてもまったく劣らない強さを見せる。
「行くぜ」
「来な」
壮君がユラユラと揺れる。
まず、ドライブで開始した。
1対1には絶対的な自信がある。
小野寺がそれに反応して動いた瞬間、スピンムーブが決まった。
一瞬で右から左に移動する。
それを読んでいた神代がブロックに行くが、
「まず1本だ」
壮君はステップを踏み切ってボールを放り上げる。
フローターは当然のように決まる。
スピンムーブからのフローター。
目線は揺れまくっているし、頭動きっぱなしだし、リングを見たのは一瞬だろう。
そんな難しいシュートを壮君は1発で決める。
壮君のショット成功率はずば抜けている。
しかし横浜羽沢も負けていない。
すぐに切り替えて小野寺にボールが渡る。
小野寺がボールを運ぶ。
植松がつくが、まったく相手にならない。
すぐに3pラインを割られる。
壮君がマッチアップにつく。
小野寺がパワードリブルを開始する。
肩を壮君に押し付けて、思い切り押しまくる。
小野寺のムッキムキな筋肉が壮君に襲い掛かる。
壮君はそれを平然と迎え撃つ。
喜美ちゃんほどではないけれど、壮君のバランス感覚もすごい。
小野寺の力をいなす。
小野寺が神代へパスアウト。
神代がシュートフェイクを入れる。
島田が飛び上がってしまう。
神代はそこに体をぶつけながらシュートを打つ。
シュートのほうは外れるが、2スローを貰った。
「悪い、壮」
「気にしないでください。積極的にいった結果ですよ。攻めた上でのミスなら全然オッケーです」
「壮、全然の後には否定じゃないとダメだ」
「押忍」
進学校ってすごいねぇ!
フリースロー2本が決まる。
神代だし当然か。
浦話の攻撃。
すぐに植松から壮君にボールが渡る。
壮君はドライブを仕掛けてインサイド2人と小野寺を引き付けてからバウンドパスでゴール下に入ってきた川口にボールを出す。
すぐに小野寺が反応した。
ゴール下から決めようとした川口に小野寺が襲い掛かる。
怖ッ!
筋肉の塊が襲って来るのだ。
しかし川口が飛び上がり、筋肉に殴られながらボールを押し込んだ。
カウントワンスロー。
小野寺としては、ゴール下で気持ち良く仕事はさせねぇぞ、という意思表示だろう。
しかし川口はそこから決めた。
1年であそこに立っているだけはあるねぇ。
実力もあるし、肝が据わっているというわけ?
ちょっといいかも。
後で食事に誘おうかな?
当然費用は向こう持ち。
side沢木
「いいぜ川口!練習が効いてるぜ!」
「あぁ!まさかあんな練習が役に立つとはな!」
あんな練習とは何か。
「おら川口!テメェそれでもチ○コついてんのかぁ!!」
「押忍!」
「おらおらどうしたぁ!アァン!?」
受験勉強でストレス溜まりまくった井上先輩、部長とゴール下で戦いまくるというものだ。
受験勉強は恐ろしい。
善良な人をバーサーカーに変えてしまう。
「おらっ!」
ドゴォ!
「ぐはっ!」
ファール気味の肘鉄がぶち込まれる。
「今のファール……」
「あぁん!?審判見てねぇよ馬鹿野郎ッ!」
コーチ兼審判役の俺は首を振る。
「いつでも審判が見てくれると思うなよ……!」
「こんなんしょっちゅうだぜ!?」
2人がボコボコと川口を殴る蹴る。
虐待じゃあないですよ。
「押忍!」
「それでも決めるのがテメェの仕事だ!」
「押忍!」
「ただでさえ壮に点を取られているんだ!相手は俺らの点を止めようと必死になってディフェンスしてくるんだよ!」
「押忍!」
「わかったら歯ぁ食いしばれ!」
「押忍!」
「まだだ!テメェホントにチ○コついてんのか!?」
「押忍!」
「……ホントか?」
「やめてくださいよ人を男の娘みたいに言うのは!」
誤解がないように言っておくが、正真正銘男だ。
顔は濃いし、ムキムキのマッチョだ。
これで女でもまったく嬉しくない。
知佳が女だとわかるのと似たようなものだ。
「らあ!もう1本だ!」
「押忍!」
「行くぜ俺達……!」
今、頼れるフォワードはいない。
精神的支柱はもういない。
ゴール下を間違いなく制圧してくれる先輩はもういない。
だから必死で補う。
「戦えよお前ら……!」
「「「「押忍!」」」」
今、俺達は王者ではない。
挑戦者だ。
今目の前にいるチームが王者なのだ。
だからこちらは全力だ。
「大技決めるぞ植松!」
side知佳
壮君が大技を発動する。
見ればわかる。
目に楽しさが宿ったからだ。
楽しんでるね。
植松が鋭いアリウープパスを出す。
そこに壮君が飛びつく。
「っしゃあああぁつ!」
決まった。
壮君は飛ばせたら誰も止められない。
大技が決まり、さらにテンションが上がる。
いいよ、壮君。
見てるこっちも楽しくなるよ。
「知佳ちゃん。あの沢木くん、彼女いる?」
「彼女ですか?彼女はいないですね」
嘘は言っていない。
「いないの?よっしゃ!」
嘘は言ってませーん。
でもこれで壮君が受けたらイリヤちゃんにばらしてやろう。
試合はさっそく殴り合いの展開になった。
横浜羽沢は弱い浦話のインサイドを攻めまくる。
小野寺は壮君が抑えているが、他の4人も強い。
とくに宮澤がいい。
「っらぁ!」
ダンクを決めて吠える。
豪快なスラムダンクだった。
「構やしねぇ!」
浦話は植松、壮君、前田のパス回しで決めた。
どんどん速くなっている。
浦話の得意な形だ。
アップテンポに敵を引きずり込んで点の取り合いをする。
壮君という絶対的な点取り屋がいるからできる戦術だ。
しかし横浜羽沢もそれに対応できる。
アップテンポについていけるのだ。
「神代!」
「任せろ!」
神代の3pが決まる。
流石最高のシューター。
まさに一流だ。
しかし再び壮君にボールが渡り、一瞬で切り込む。
3人に囲まれるが、そこから右腕1本を掲げてスナップでボールを放つ。
リングに吸い込まれていく。
なんちゅう技だ。
「同じ2点だピョン」
この状況でボケかましてきたーッ!!
しかしすぐに横浜羽沢も返す。
植松がディフェンスにつくが、宮澤に気を取られた。
小野寺、その一瞬を逃さない。
小野寺が決めた。
「っしゃあっ!来いよ浦話!受けて立つ!」
「大技2回目だ」
浦話が返す。
植松が一気に切り込み、川口にボールを出す。
川口が相手センターを押しのけてボールを押し込もうとする。
しかしリングに嫌われてボールが弾かれる。
そこに壮君がぶっ飛んできた。
「入ってろッ!」
片手で飛んだボールをリングに叩き込む。
はいボケ2回目ー!
というか今、どこから飛んできた?
フリースローラインから一歩で飛ばなかった?
頭おかしくなった?
笑顔で殴り合う浦話と横浜羽沢。
激闘といか、もはや高校生のプレイではない。
横浜羽沢が小野寺が押し込んでからのノールックで宮澤にパス。
宮澤がダンクを決めに行くが、それを壮君が弾く。
零れたボールを植松が拾い、走った前田にロングパスが通る。
豪快なスラムダンクが叩き込まれる。
「返すぞ!」
横浜羽沢のオフェンス。
小野寺がボールを数回ドリブル。
そしてドライブをする。
壮君を抜きに行く。
壮君もついていくが、小野寺が当たりながら決めた。
フィジカルは強いよね。
浦話の反撃。
植松から前田に。
前田から島田に。
島田がシュートフェイクを入れて、神代を釘付けにする。
その隙に壮君へパスを戻す。
壮君がすぐにドライブで中に侵入してステップを踏み切って飛んだ。
ダンクに行く。
そこを宮澤がさっきやられたお返しとばかりにブロックに飛び上がる。
壮君はそれを見てダンクに行くのを止めた。
ボールを下げてブロックをかわしてリングを通過する。
しかしそこから体を捻り、後ろのリングにボールを叩き込んだ。
ダブルクラッチダンクバージョン!?
「テンション上がってきたああああぁあ!」
「すげぇぞ沢木!というか今の何!?」
「止めるぞ!」
「どんだけ派手だろうと、2点だピョン。軽く決めるピョン」
あ、小野寺が反撃した。
試合はますます加速していく……
side沢木
「「「「「ありがとうございましたぁ!」」」」」
「「「「「ありがとうございましたッ!」」」」」
試合が終了した。
5点差でこちらの負けだ。
勝てると思ったんだがな……
やはりインサイドがいないのは厳しかったか。
最初は負けると予想していたものの、かなり競ったのでひょっとして行けるのでは?と期待を抱いた。
その結果がこれですよええ!
「笑えよ、知佳」
「笑わないよ壮君。すごかったよ!」
「すごくねぇよ。最後に小野寺の3pプレイを許した……あれさえなければ……!」
小野寺はやはり王者で、エースでキャプテンだった。
4Qの勝負強さは俺に匹敵している。
「畜生……小野寺が浦話にきてくれればなぁ」
「無理だ。俺は分数の計算ができない」
「あ、小野寺」
小野寺が来た。
「いい試合をさせてもらった。壮」
「こっちもだ。これであいつらも危機感抱いただろ。このままだと、ウインターカップで優勝できない」
「ウチもいい刺激になった。インサイド2人が欠けてもここまで強いとはな」
小野寺がフッと笑う。
カッコイイ!
男の俺も惚れるかっこよさだ。
なんかニヒルな感じでカッコイイ。
「1年を3人か。来年が怖いな」
「今年のウインターカップで勝てなきゃ意味がない」
「そうだな」
小野寺、いいヤツだなぁ。
「この後食事でもどうだ?すぐに帰るわけじゃないんだろ?」
「あーえーっと……知佳さん?」
「あ!前田君?ちょっと遊びに行こうよ!私、横浜初めてなんだ!一緒に回ろ?」
「はい!」
俺は頷いて小野寺を見る。
「男同士、仲良く行こうか」
「そうだな」
side喜美
帰りの電車に揺られている。
楓とメアド交換して今軽く話し合っているところだ。
「っつうかアンタの兄貴、どうだったんだ?」
「兄さんの負けみたい。知佳姉さんから連絡入ったわ」
「へぇ。あの勝負の鬼が負けたのか」
「ええ、でも兄さんあんまショック受けてなかったみたい」
「そうか?あの勝負の鬼が?泣きじゃくりそうなもんだが」
「アンタみたいに?」
「そうさ。本気なら当然さ」
「そんなものかしら?」
負けたことがないからわからない。
「というかアンタ、あの猿抜きでよく戦えたな」
「自分でもビックリよ。体は勝手に動くのよね」
「才能野郎め」
「悔しかったら勝ちなさい」
そこまでやり取りしていたら、駅に到着した。
急いでみんなをたたき起こしてホームに放り出す。
ふぅ、とため息をつく。
これは12月の県予選、楽勝とは行かなそうね……
お墓参りに行っていました
壮としてはある程度覚悟していた敗戦ということで
ここからウインターカップに向けて調節していきます。
ここから文化祭編でこの長い章も終わりですねー




