舞台の決着場

side楓

喜美が来る。

さっきまで遠くにいた。

一瞬で目の前まで詰めてきた。

次の瞬間、飛び上がっていた。

ボールがリングに流し込まれる。

クソ……尻上がりに調子を上げてくる奴だ。

「美紗！」

「わかってる！」

美紗からボールを受け取る。

３ｐラインに寄ると喜美が来た。

私は円香にパスを出す。円香から中に入った梨華へパス。

しかし沙耶がプレッシャーをかけに来た。

パワードリブルで押すがびくともしない。

と、美紗が切り返しのステップで織火を振り切りフリースローラインに侵入した。

そこでボールを受け取る。

そのまま軽くシュートを放つ。

当然決まる。

「「「「「美紗！美紗！」」」」」

会場が美紗コールで揺れる。

しかし喜んでいるヒマはない。

すぐに喜美が走り出している。

織火からのロングパスが繋がりそうになる。

「させるかああああぁ！！」

私は思いっ切り飛び込んでボールに手をかける。

奪った。

ターンオーバーだ。

飛び込んだので当然体が床に叩き付けられる。

痛みに顔をしかめるが、すぐに目で仲間を探す。

手首のスナップで千晴にパスした。

千晴がそのまま咲とのミスマッチを活用して決めた。

よしっ！

奪ってやった。

「フフフ、１回で終わり？」

しかし２発目のロングパスが来た。

織火の奴……なんて博打打ちだ！

強気過ぎる。

そしてその強気は成功した。

喜美にボールが渡った。

私しかいない。

私と喜美の１on１だ。

喜美の体が左右にユラユラと揺れる。

落ち着け……相手はどう出る？

まず大前提としてドライブで来る。

この状況ではそれ以外ありえない。

次に右に来るか左に来るかだが……

いや、待てよ？

来たところを止めるのではない。

来させたところで止めるのだ。

私は左に重心を傾ける。

これでアンタは間違いなく右に来る。

好むと好まざるに関わらず、アンタは来るしかないんだ。

ほら来た。

じゃあ次は？

一気に右によって、今度は右に重心を傾けて、左にスピンムーブで抜きに来るのを止めればいい！

喜美が右を抜きに来る。

寄る。

喜美がやはり左のスピンムーブを発動した。

読んでやったよ……！

しかし左に寄った瞬間、喜美のスピンが止まった。

スピンを止めた！？

喜美はそこから逆にスピンを始める。

「ちょっと待てよ……」

私の右を抜き去って楽々決めた。

スピンムーブフェイクだと？

日本人が出来る技じゃねえだろ……

side喜美

フフフ、以前に西条の知美にやられた技よ。

あの後悔しかったから兄さんに教えてもらったのよね。

「こんなん簡単だ、喜美。クルッと回ってポイって投げろ」

「フフフ。クルッと回ってポイね？」

「クルッと回ってポイ！」

「クルッと回ってポイ！」

「クルッてポイ！」

「狂ってポイ！」

「狂って！」

「狂って！」

「狂え！」

「あびゃばあああああ！！」

「庭先で兄妹で何やってるんだい……」

狂ったように練習してたら母さんにぶん殴られた。

「あびゃばああああ！！」

「うわッ！？何だコイツ！？」

しまった。

あの時のことを思い出してしまった。

「フフフ、アンタが何してるのかわからないけれど、もう私は止められないわよ？」

side智子

そこからは殴り合いだった。

蓮里はエースだけで得点を重ねていく。

その動き、まさに鬼神だ。

それに対して先輩たちは５人全員でのオフェンスをしていた。

全員でパスを飛ばし合い、確実にフリーになった先輩が決めていく。

そしてここぞという場面は楓先輩が決めた。

「らぁッつ！」

「やるじゃないのよ……！」

楓先輩と相手エースの激突はもはや舞踏の域に達していた。

どこか整然とした美しささえ感じる。

「名雪先輩……私もああなりたいです」

「うん。私もだよ、智子ちゃん。頑張ろうよ。練習」

「はい」

相手エースが１人で先輩たちを撹乱する。

そこから唐突にノールックのパスが出た。

相手シューターへのパスだ。

相手シューターはすぐにシュートを放つ。

外れるが、センターがリバウンドを取ってガードに戻す。

ガードはそこからシューターに出すフリをしてから銀髪に出した。

銀髪が放ち、今度こそ決まる。

蓮里はやっぱり強い。

あのエースだけじゃないってことがわかる。

でも栄光だって強い！

「栄光！栄光！」

side楓

蓮里９８ー９３栄光

残り５０秒。

５点差で迎えた私たちのオフェンス。

交代を繰り返して来た私たちだが、今ここに立っているのがベストメンバーだ。

美紗がいて、円香がいて、千晴がいて、梨華がいて。

そして私もいる。

そう簡単には折れないぜ……！

行くぜ蓮里。

栄光は負けんぞ……！

美紗が合図を出し、全員が動く。

私は梨香にぶつかりながら喜美をこそげ落とす。

ボールをもらい、リングを見ながら右にパスを出す。

受け取った円香だすぐに右の千晴に出す。

千晴が３ｐを放つ。

決まれ！

「「「「「っしゃあああああ！！」」」」」

声が重なる。

３ｐが決まった。

蓮里９８－９５栄光

今のオフェンスはあまり時間をかけなかった。

残り４０秒ある。

蓮里がオフェンスを使い切っても、まだ余裕がある。

そこで３ｐを決めれば逆転だし、２ｐでも延長に持っていける。

だがそのためには、蓮里のオフェンスを止めなくてはいけない。

つまり、目の前のこの女を止めろということだ。

「……ッ！」

目の前の女の顔にもはや笑みはない。

口元をキュッと結んだ、真剣な顔だ。

コイツ……カッコいい顔もできんじゃん。

喜美が突っ込んでくる。

どうする。

ダブルチームでつけばアッサリパスを出される。

それは先ほど証明された。

となれば、私１人で止めにいくしかないのだ。

私は思い切って右に出る。

喜美も右に出た。

しかし喜美はそこからスピンムーブを発動させる。

しかし私だってこの試合中なんどもその技は見ている。

いい加減止められるはずだ。

頼む。

動けよ体。

目では追えているんだ。

体が動くかどうかの勝負。

引き伸ばされた時間の中を必死で動く。

手を伸ばす。

あの女に手を届かせようとする。

しかし、

「っらあああああっ！」

そこから喜美が更なる加速を入れた。

伸ばした手は空を切り、喜美が跳ぶのをただ眺めることだけしかできなかった。

蓮里１００ー９５栄光

side喜美

決まったわね。

そう思う。

今のオフェンス、結構時間を使ってやった。

残り時間は２３秒。

栄光はファールゲームをするしかなくなった。

栄光のオフェンスはすぐに切り込んできて、私たちはあまり止めようとしなかった。

下手にファールをして、３点プレイにされるのが最悪だ。

３ｐだけを警戒して、さっさと中に切り込ませて決めさせた。

織火が私にスローインして、栄光が私にファールする。

これで私が外せばまだ希望はあるのだけれど、

「っと」

私にそれを願うのは少し難しいことだ。

ましてや試合終了直前の私だ。

外すわけが無いのだ。

きっちり２本を決める。

栄光はすぐにボールを投げ入れて、３ｐを放とうとしたが、その前にブザーが鳴った。

「やったあああぁ！！やりましたよ喜美ッ！お兄さんなしで勝ちましたよ！」

「勝った！勝った！」

「いやっほうううううううう！！」

「ナイス！」

４人が喜びの声を上げる。

それで私も勝ったのだと実感した。

「勝ったわねぇ」

どちらかというと残念だ。

もう少しやっていたかったのに。

「楓、アンタ……」

と、楓の感想を聞こうと振り返ると、地面に突っ伏している楓がいた。

顔を床にこすりつけて、何度も拳で床を叩いている。

「次、楽しみにしてるわよ」

だからそれだけ言って私は自陣に戻っていった。

side美紗

「楓……」

楓の隣にしゃがみこみ、優しく声をかける。

楓は顔を床に当てたまま、フルフルと首を振る。

「楓」

だから私はただ名前を読んで、肩に手を置く。

「……っくしょう」

「うん」

「畜生……！」

「うん……」

私も目から涙が溢れ出す。

悔しい。

たまらなく悔しい。

「負けたんだ、私たち」

「畜生、畜生……！！」

自分に言い聞かせるように言う。

「楓、美紗」

「先生」

「……」

私は立ち上がって、涙を拭いて先生を見る。

「先生。私たちのキャプテンは楓しかいません。楓をキャプテンから外すことだけはやめてください」

頭を下げる。

「お願いします！」

「アンタ……」

「先生、私からもお願いします！楓は完璧でした！私が……私が……」

「円香のせいだけじゃないよ。先生。私からもお願いします」

「みんな……」

「見苦しいですよ。責任の奪い合いはやめなさい」

凛とした先生の声が響く。

さすがに怒っているか。

２回も同じ相手に負けたのだから。

「貴方達は、最高のプレイをしました。これほどのプレイは見たことがありません」

みんなが意外そうに顔を上げる。

「貴方達は強い。私が受け持ってきた、今まで見てきたどの栄光よりも強いです」

先生は楓の肩に手を置く。

「楓。顔を上げなさい。貴方は最高のプレイをしたのですから、胸を張ればいいのです」

「……はい」

「貴方達は最高のプレイをしました。であれば、負けたのは監督である私の責任です」

「そんなことないです！」

「いえ。そうです。ですから、明日からはもっと厳しい練習にします」

全員が顔をしかめる。

しかしその顔は全員が嬉しそうだった。

「這い上がりましょう。この負けが、いつか大きな財産になっているはずです」

「「「「「はい！」」」」」

「私たちは多く失敗する。だから成功するのです」

「「「「「はい！」」」」」

「では皆さん、次は勝てます」

「「「「「はい！」」」」」

先生が蓮里のほうに歩み寄る。

「いい試合でした」

「こちらも、いい試合をさせてもらったわ」

喜美と握手する。

「１２月に、決勝で会いましょう」

「フフフ、楽しみにしているわ」

「次に勝つのは我々栄光です」

先生がにやっと笑って言う。

確かに負けはした。

でも、得たものも多かった。

私たちはもう後ろを振り返らない。

これからは前だけを見る。

１２月の県予選を目指して……