中盤の覚醒者
これが己と
叫べる者
配点(覚醒)
3Q
蓮里54ー52栄光
side美紗
こちらのオフェンスで開始される。
すぐに私にボールが回る。
ガードだから当然か。
目の前に織火が立っている。
懸命にこちらの動きについて来るが、膝がガクガクだ。
肩で息をしている。
ごめんね。
実験するようで申し訳ないけれど。
私はその場で数回のドリブルをしながら集中する。
感情を発露させるのではない。
思い切り、気合いを出すのでもない。
ただ内面に意識を傾けて。
心を落ち着けて。
余裕を感じて。
凪にして。
そして、水が流れるが如く動き出す。
私としては勢いよく出たつもりはない。
止められる速さだと思う。
しかし織火はその場から1歩も動けていなかった。
目だけが私を追っている。
「ヘルプ!」
喜美に叫びと共に沙耶がディフェンスに来る。
どうしようか。
力は込めない。
ステップを踏む。
ステップフェイクを軽く入れた。
いつものような気合いの入った大袈裟なフェイクではない。
本当に軽めの、ちょっとしたフェイントだった。
沙耶を抜いた。
そのままジャンプして流し込んでやる。
「フゥ、こんなものですね」
そううそぶいてやる。
内心はドキドキだった。
私、何か掴みましたよね、今。
確かにこの手に掴んだ感触がある。
「いいぞ美紗!」
「ナイス!」
「ええ、ディフェンスしっかりしましょう」
声をかけてやる。
ゾクゾクする。
これが私だ。
私の本気だ。
強い私だ。
ああ、これが私だ!
覚醒した。
side喜美
美紗の目つきが変わった。
自信に満ちた目になる。
あの目を私は見たことがある。
インハイの準決勝、横浜羽沢戦で覚醒した時の兄さんの目だ。
マズイわね……
美紗が覚醒した。
同点にまで追いつかれた。
「負けるわけにはいかないのよ……!」
イリヤからボールを受け取る。
思い出しなさい。
私は沢木喜美。
沢木の女。
常勝を義務付けられた一族の当主。
「負けたくない……!」
ドライブを開始。
だがディフェンスについた楓を振り切れない。
構わない。
外で咲が呼んでいるのが見えたから。
咲にフックパスを出す。
咲の伸ばした手にすっぽり収まり、そのまま放たれる。
目の前から敵が襲い掛かって来るのに、気にしないように打つ。
その強気が相手には意外だったようだ。
勢い余って手を叩いてしまう。
しかも3pが放たれたギリギリ後で。
ボールの軌跡は揺るがず、ファールを貰った。
ボールはリングに収まる。
フリースローを決めれば4点プレイで一気に突き放せる。
決まる。
しかし栄光がすぐに走りはじめる。
再び美紗にボールが渡る。
仕方ない。
「私が相手してやるわよ」
織火を朱鷺につかせる。
そして美紗と対峙した。
「早めに叩かせてもらうわよ?」
「もう遅いですね」
美紗が腰を落として私の目を見る。
自信に満ちている。
外すわけがないと確信している。
絶対に決めて来る。
そう直感した。
兄さんの化け物タイムと似た感じだ。
「よし」
美紗が動き出す。
それはゆっくりとした動き。
しかし唐突な動きだった。
「ッ!?」
感覚がズレる。
感覚がぐちゃぐちゃに掻き回される。
「ぐっ……!」
判断できない。
右か、左か。
感覚が働かない。
「ガァ……クソが!」
私は意志の力でその感覚を捩じ伏せようとする。
しかし間に合わなかった。
美紗に抜かれる。
感覚が元に戻る。
前に走り出す。
恐らく美紗は止められない。
だから、私がすぐに決める。
後ろを振り向く。
イリヤがボールをぶん投げた。
流石!
完璧ねッ!
レイアップを決める。
「クソ……さらに調子を上げるかよ……」
楓に呟きにウインクで返す。
私は尻上がりに調子が出る。
この時間からの私が本当の私だ。
「覚悟しなさい、栄光!」
sideイリヤ
点を見る。
蓮里66ー66栄光
3Q、残り時間3分チョイ。
栄光は完全に美紗を中心にしてきた。
美紗は自分で抜き、たまにパスも出す。
喜美も止められない。
しかしだんだん反応できるようになっている。
どうしようかな。
ポイントカードとしての訓練は受けていない。
完全にフォワードとして鍛えられた。
でも壮と織火がベタベタしていないかいつも監視していたら少しできるようになった。
私の嫉妬心のおかげだね。
これで栄光が負けたら
敗因『イリヤの嫉妬』
とか記録されるのだ。
後世の人々は何があったのかと疑問に思うだろう。
やっぱり嫉妬は大切なんだよね。
壮に会ったらうんと嫉妬してやろう。
とりあえず知佳お姉さんと密会してたことに嫉妬しないとね。
フフッ、お兄ちゃんを踏み付けるの楽しみ!
思いっ切り踏み付けてやろう。
あ、でも軽く顔を踏むのもいいかも!
「イリヤああああぁ!!はよ回せえええぇ!」
沙耶の声で起動する。
シュートクロック残り10秒を切った。
喜美が私にサインを出す。
頷いて咲にパスを出した。
咲が素早くシュートフォームに入る。
相手が目の前に来たが構わず打った。
「すごい……」
決まった。
side喜美
蓮里69ー66栄光
Yeah!
さすが神の御加護!
エロの神様はいるのよ!
まるで導かれるかのように決まった3p。
あの数字こそ神の証69ッ!
エロ神最高ッ!
ザ・エロス!
エロブレス!
エロの御加護を!
エロの他に神は無しよねひゃっほう!
side智子
「な、何!?」
蓮里のシューティングガードが決めた瞬間、蓮里のエースとポイントカードが同時に叫んだ。
「「エロブレス!」」
意味がわからない。
気づいたけどあのエース、狂ってる。
そしてそんな狂ってる人達に先輩たちが負けるわけがないのだ。
私はまだバスケ部に入ったばかりだ。
バスケのことはまだよく知らない。
ルールも頑張って覚えようとしているが、ごちゃごちゃになる。
3秒と5秒ってどっちがどっちだっけ?
チャージング?カウント?ハイピック?ロール?
英語は知らんのです。
でも先輩たちが強いということだけはわかる。
しかし6月、私は先輩たちが負けたのを見た。
有り得ないと思った。
あんなに強い先輩たちが……
あのあと、3年生と4年生で集まった。
先輩たちでさえ勝てない相手がいるのだ。
私たちが5年生、6年生になったとき、今のままで勝てるのだろうか?
夏休みに入っていきなりメニューがきつくなった。
先輩には何度も鳴かされた。
とくに楓先輩が一番激しかった。
あれだけ練習したのだ。
負けるなど有り得ない。
今コートの上では先輩たちが必死で戦っている。
必死という言葉がまさしく似合う。
死に物狂いだ。
そんな先輩たちのために私ができることはただ1つだ。
「先輩ッ!頑張ってください!」
声の限りに応援し続けるだけだ。
とにかく声を出すんだ。
今の私にはそれだけしかできないのだから。
「栄光あれ!」
「栄えあれ!」
「光あれ!」
「勝利あれ!」
叫ぶ。
先輩たちのオフェンスだ。
美紗先輩がボールを持つ。
今日の美紗先輩はすごい。
いつもすごいのだけれど、今日は特にすごい。
さっきから楓先輩も止めているような相手を抜いている。
「美紗先輩ファイト!」
美紗先輩が3pライン付近で少し止まる。
そして唐突に動き出す。
さっきからあの繰り返しだ。
右で楓先輩が相手の銀髪を振り切ってフリーになった。
でも美紗先輩は自分で行く。
相手のエースはまだ動かない。
目では追っているのだが体が動き出さない。
さっきからずっとあの調子だ。
美紗先輩のテンポについていけないのか?
「名雪先輩!どうして相手エースは動かないんですか?」
「うん!?わかんない!たぶん美紗先輩がフェイント入れているんだろうけど……」
と、名雪先輩が目を凝らす。
名雪先輩はあともう少しでベンチに入れるかもしれないという、実力のある4年生の先輩だ。
名雪先輩ならわかるかもしれない。
「うん。ほんのちょっとだけフェイント入れてるね。でもほとんど意味がないフェイントだと思うんだけど……」
フェイントに関しては習ったことがないからわからない。
美紗先輩がエースを抜いた。
「っさぁ!こっからだよみんな!」
「「「「「栄光あれ!」」」」」
美紗先輩の声にみんなで返す。
しかし今の攻防、
「名雪先輩。相手エース、だんだん反応が速くなっていませんか?」
「え?そうだった?結構余裕で抜いてたみたいだけど……」
「えっと、何かわざと抜かれた感じがしませんでした?」
私は思ったことを言う。
「どうして?」
名雪先輩が真剣な声で問う。
「えっと、あの相手エース。なんだか表情が変わるのがだんだん早くなっているんです」
「表情?」
「はい。あのエース、割とコロコロ表情が変わるんですよね。それで最初美紗先輩が抜いたときはずっと驚愕の表情だったのに、途中から余裕の表情が混じってきて」
「……今はどうだった?」
「美紗先輩が動いた瞬間だけ顔をしかめましたけど、すぐに余裕ありげな表情に……」
どうしてあんな綺麗な顔ができるのだろうか。
おっぱいだろうか。
おっぱいがあの余裕の源か。
「智子ちゃん。ひょっとしたらすごいこと発見しちゃったかも」
しかし名雪先輩がそう真剣な声で言った。
これが将来、栄光の栄光時代を築き上げる伝説のエース、智子の才能が垣間見えた瞬間だった……!




